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死にたがり魔族の逃避行  作者: 米奏よぞら
第三章

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26.ちんちくりんの決意

 アーデルハイドの母親――マディは、魔王の十三番目の妃だった。

 彼女の実家は貴族の中でもかなり地位が低かったが、極めて珍しい黒色の瞳を持っていたことで特例的に娶られたという。

 絶世の美人といった感じではなかったが、魔王は金髪黒眼の彼女をいたく気に入っていた。

 基本的に他人に興味を示さない魔王が、食事をする際はマディと一緒がいいと言い出した時は、暫くの間城中がその噂でもちきりだったほどだ。

 マディも最初は困惑していたようだが、毎日熱心に愛を囁かれるうちに絆されていき、やがて相思相愛の仲へと発展した。

 しかし、二人の間に待望の第一子が生まれた翌日、マディは魔王城から姿を消した。


黒髪黒眼の息子(アーデルハイド)が生まれたから、もうお前は用済みだと告げただけだよ』


 柔和な笑みを浮かべる魔王に、魔族たちは漸く彼の思惑に気が付いた。だが、その時には既に手遅れで、非常に稀有な遺伝子を利用するために弄ばれた哀れな寵妃は既に行方をくらませていた。


 それから数週間、魔界中の兵士たちが失踪した妃を見つけるために奔走したが、全て無駄に終わった。

 成果がない以上、マディ捜索の優先度は日に日に落ちていく。既に魔王の興味が失われていることも周知の事実であったため、泣く泣く捜索は打ち切られてしまった。

 彼女が生まれたての王子を連れていかなかったのがせめてもの救いだ。重臣たちも、後継者の喪失という最悪の事態には至らなかったことにこっそりと胸を撫でおろしていた。


 だが、騒動はこれで終わりではなかった。

 それまで彼女の失踪に興味がなかったはずの魔王の様子が急変したのだ。


『どうして、マディは僕のもとへ帰ってこないんだ……?』

『あんなに僕のことを愛していると言ってくれていたのに』


 突如として寵妃の喪失を嘆き始めた魔王の言葉を真面目に聞く者はいなかった。

 試し行動だかなんだか知らないが、彼の言動は魔族のまともな理解が及ばない領域にあったのだ。

 そのため、まるで腫物に触るように魔王と接する部下たちは、彼の次なる思惑にも無関心を貫いた。


『君がこんな酷い事をしたんだから、僕が君が愛していた存在(アーデルハイド)を傷つけても文句は言えないよね』


 こうして、魔王は密かにマディへの復讐を画策していたのだ。


 第七王子が魔王からの愛に依存するしかない環境は、はっきり言って異常だった。だが、幼いアーデルハイドに甘い言葉をかけて溺愛する魔王の姿は、傍目から見れば子供を愛する父親のそれでしかなかった。

 マディ失踪時に異常な言動を繰り返す魔王に不信感を抱いていた皆は、漸く落ち着いたのかと安堵していた。


 ――それが、後に大きく掌返しをするための入念な前準備であったとも知らずに。






 ***






「――っていうのが、ルーカスが追放されてから知った話だ」


「そんな、自分勝手な……!」


(魔王にとって、ルーカスは復讐の道具でしかないっていうのか?)


 当たり前のように母からの温かい愛情を受け取って育ったテオドールには、魔王の感覚が微塵も分からなかった。

 あまりの怒りに声を震わせると、フリードリヒは申し訳なさそうに目を伏せる。


「僕が、もっと早い段階で魔王の企みに気がついていれば……」


「それは違うぞ」


 アイザックに代わって過去を悔いるフリードリヒを止めたのは、少し離れた場所で静かに胡坐をかいて座っていたイザヤだ。

 そこについ先程までの厄介オタクの影はなく、彼の鮮やかな赤色の瞳には優しい光が宿っていた。穏やかに微笑んだ顔は、非常に頼もしい兄のそれである。


「天使は、魔界を出たことで勇者と出会い、ルーカス・カディオとして新しい家族や仲間を得ることができたのだ。……これは、不幸続きであった弟の人生において必然の出来事であり、このうえないほどの幸福であったように見える」


「確かに、そうかもしれないが、ルーカスの心の傷は――」


「いい加減気づけ、フリードリヒ。天使が助けを求めているのは、我々ではなく、そこの小僧だ。どこぞの護衛のように直接手を差し伸べても救えないのであれば、陰ながら見守るしかあるまい」


 そう言ってこちらへ視線をやるイザヤの眼光は鋭く、テオドールの胸の内まで見透かされているようだった。

 真っ赤な瞳に自然と恐怖心が煽られたが、ここで目を逸らしてしまうほどの柔な覚悟でルーカスの隣に立っているつもりはない。


 暫く無言で睨みあっていると、やがてイザヤが顔を背けて、わざとらしい溜息をつく。


「魔界最強のあにしゃまよりこんなちんちくりんを選ぶとは、相変わらず天使の趣味は変わっておるな」


「ちっ、ちんちくりん……!?」


 聞き捨てならない単語に口をパクパクさせているうちに、銀髪赤眼の魔族はアイザックの方を振り返る。


「おい、護衛。貴様も以降の事はちんちくりんに一任するという方針で良いな?」


 その言葉にハッとして彼の視線の先を追うと、テオドールを不安そうに見つめる紺藍色の瞳と目が合った。

 アイザックは少し険しい表情で何かを考え込んだあと、徐に口を開く。


「俺は構いませんが、また魔王から刺客が送られてきた際はどうなさるんですか?」


「ふむ。……それに関しては私が対処しておくから、心配無用だ。よし、これで話はまとまったな。フリードリヒ、一刻も早くこの人間どもを小世界(ピース・ワールド)から放り出せ」


 ニヤリと不敵そうな笑みを浮かべたかと思うと、次の瞬間にはテオドールたちを煙たがるように手をヒラヒラさせるイザヤ。

 その態度に思うところがあったのはフリードリヒも同じようで、眉をひそめつつ苦言を呈する。


「イザヤ、自己中もいい加減に――」


「私は今、気が立っているんだ。つべこべ言わず、素直に従え」


 そう告げる彼は恐ろしいほど無表情だったが、赤い瞳だけはギラギラしていて、それがむしろ不気味に見えた。

 有無を言わせない圧力を直に受けたフリードリヒは呆気に取られていたようだが、やがて申し訳なさそうな表情をテオドールたちに向ける。

 その姿から察するに、普段からマイペースすぎる兄には苦労させられているのだろう。


「……悪いな」


「構いませんよ。貴重なお話も聞けましたし、非常に有意義な時間でした。フリードリヒ様の優しさには感謝してもしきれませんよ。ね、()()


「は、はい! ……え、アイザック様、今俺の事を」


 愛称で呼びましたか、と最後まで言い終える前に、フリードリヒが指をパチンと鳴らし、転移魔法が発動する。


 そして気が付くと、ルーカスの部屋の前に戻ってきていた。しかし、何故か一緒に転移したはずのアイザックの姿はどこにもない。

 がらんとした廊下を見渡して彼の姿を探していると、不意に扉が開く音がして、中からルーカスが出てきた。


 どこか晴れやかな表情をしている彼は、テオドールの姿を認めると、安心したような笑みを浮かべる。


「テオドール、丁度良かった。今から君を探しに行くところだったんだ」


「俺を、ですか? ……どうしてです?」


 わざとらしく尋ねるが、彼の顔を見た時点でその答えはなんとなく分かってしまっていた。


 どうしても、フェリクスやアイザックとの過去を信じられないというルーカス。

 でも彼は天邪鬼だから、内心ではかつての家族をとても大切に思っているのだろう。

 だからこそ、黒魔法という名の爆弾から解放されることをひどく切望しているはずだ。


 そんな、救いようもないほど不器用な男は、きっと――


「そろそろ、お暇しようと思って」


 なんの後ろめたさもなく、心優しい家族に大きな愛を返せるようになるその日まで。

 ルーカスは、ひたすら逃げ続けるのだ。


(そんなルーカスが辿り着く先は分からない。けど、幸せを掴むその日まで、口うるさい相棒として、彼の旅をともにしよう)


 ほのかに寂寥を滲ませて微笑むルーカスに、テオドールは密かに決心を固めた。




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