24.強火担、現る
考えるよりも先に身体が動き、アイザックの後を追うようにして部屋を飛び出したテオドールは、すぐに異様な光景を目撃した。
広い廊下にはすでにアイザックの姿はなく落胆しかけた彼だったが、視界の端で捉えたそれに思わず眉根を寄せる。
銀糸のように美しい長髪を左肩のあたりで一つにまとめているその男は、老若男女構わず魅了してしまいそうなほど麗しい容姿をしていた。白磁器のようなきめ細やかな肌と、これこそが黄金比だと言わんばかりの派手な顔立ちが、彼のもつルージュ色の瞳をより神秘的にみせている。
ルーカスやフリードリヒのように魔族には美しい造形をした者が多いというのは有名な話だが、その中でも彼の見目が一線を画していることは自然と察せられた。
もし、彼の長い脚で街中を悠然と歩く姿を見たのであれば、テオドールも驚いて二度見、三度見くらいはするかもしれない。でも、せいぜいその程度だ。
しかし、そこまでの美男がルーカスの部屋の壁に張り付くようにして聞き耳を立てている様子は、どう見ても不審者のそれであった。
「へ、変質者……!?」
「ふん、この私がそんな下等生物に成り下がるわけがなかろう」
無意識に後ずさりながら呟いたテオドールに、美男は真剣な表情を崩さないまま返答する。傍から自身がどのように映っているのかを自覚できていない彼に、警戒レベルは最大値まで跳ね上がった。
(絶対に目を合わせたらいけないタイプだ……!)
顔を引きつらせながらも下手な刺激を与えないように距離を取ろうとするテオドールをちらと見た後、何を思ったのか美男は大層誇らしげに胸を張る。
「私は、紛うことなきアーデルハイドのあにしゃまなのだから」
彼の言葉を聞いた瞬間、じりじりと後ろへ下げていた足が止まる。彼の正体に心当たりがあったからだ。
”あにしゃま”という少し変わった呼称を心底幸せそうに口にするこの美男の名前は、おそらく―――
「まさか、重度のブラコンと噂のイザヤ様ですか……?」
「いかにも」
微塵も褒めていないのに何故か嬉しそうにするイザヤ。その意味を問うのは、なんとなく怖かった。
それに聞いたところで、理解できる自信もない。
ルーカスの兄であると知った以上、彼をそのまま放置して立ち去るわけにもいかなくなる。……たとえそれが、相当ヤバい男であろうと。
(一度部屋の中へ戻って、フェリクス様に報告するべきか?)
つい先程出てきたばかりの大きな茶色い扉を眺めて思案していると、テオドールの頭上から覚えのある声が聞こえる。
「おい、変態。こんなところにいて、うっかりルーカスと遭遇したらどうするんだよ」
突如、いつか見てひどく感動した闇魔法の黒い渦が二人の間に現れ、その向こう側からフリードリヒが姿を見せた。しかし以前までの穏やかな雰囲気とは異なり、今の彼は幾分か機嫌が悪そうな表情をしている。
「そんなに険しい顔をしていたら、アーデルハイドに怖がられてしまうぞ。……欲求不満か?」
十二歳の少年の目の前で平然と配慮に欠けた発言をするイザヤに対して、フリードリヒは呆れたように大袈裟な溜息をついた。
「どこかのアホ兄貴が弟の部屋の前で怪しげな行動をしてたら、誰だってこうなるっつの」
「安心しろ。私は壁越しに中の会話を盗聴していただけだ」
「………………あっそ」
あくまで自分は悪くないと澄んだ瞳で言い切る兄に、最早つっこむことすら億劫そうなフリードリヒ。
常に余裕そうな笑みを浮かべた彼はとてもかっこよかったが、感情を顕わにした今の方が人間味(魔族だけど)があって何倍も親しみが持てた。
二人の会話の邪魔をしないように息を潜めていると、徐に深紅の瞳がこちらへ向けられる。
「アイザックなら僕の小世界にいるけど、テオドールも来るだろ?」
小世界というのは、何度か連れていかれた真っ白な空間のことだろうか。
アイザックが急に姿を消したように見えたが、フリードリヒが転移させていたようだ。
(でも、なんでフリードリヒ様がアイザック様を……?)
気心の知れた相手へ確認するような口調に戸惑いつつも、テオドールはこくりと頷く。すると、それを見た彼は柔らかく微笑んで、指をパチンと鳴らした。
不思議と脳内にこだまするような音に気を取られているうちに、三人はまとめてお馴染みの真っ白な世界にいた。
何度見ても幻想的な魔法に胸躍らせていると、少し離れた場所にいるアイザックを発見する。しかし、常に隙のない振る舞いをする彼にしては珍しく、豪奢な赤い椅子に完全に身を預けるようにして座っている。
気だるそうに溜息をつく姿は、普段の彼からは想像できないほど暗く、ひどく落ち込んでいるようだった。
「俺は、どうしてあんなことを……」
両手で顔全体を覆い、悔恨が滲んだ呟きをこぼすアイザック。その様子に、漸くフリードリヒの行動に合点がいく。
同じくルーカスの幸せを願う者として、深い傷を負った彼を放っておけなかったのだろう。
いざアイザックを目の前にすると、余計に掛けるべき言葉が見当たらず、それをもどかしく思いながら口を噤んだ状態で下を向く。
その時、テオドールの隣から良くも悪くも空気を読まない声がした。
「私の天使に嫌味を吐くとは、万死に値する」
唯一無二の美貌に薄ら笑いを浮かべるイザヤから放たれた言葉に、テオドールの背筋が凍りそうになったのは言うまでもない。




