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死にたがり魔族の逃避行  作者: 米奏よぞら
第三章

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23.分からない

 テオドールたちが通されたのは、綺麗な状態で保たれたルーカスの部屋だった。

 大きな面積に対して必要最低限の家具しか置かれていないそこは少し素朴すぎる印象を受けたが、むしろルーカスの嗜好が色濃く出ているようにも感じられる。


 ちなみに当人である彼はフェリクスの片腕のなかですっかりしおらしくなっていた。


 フェリクスに向かい合ったカウチの片方を勧められ、おそるおそる腰掛ける。普段は猫背気味なテオドールだが、豪傑の圧倒的なカリスマオーラにあてられただけで、その背中は真っ直ぐに伸びていた。

 やがてアイザックが四人分の紅茶を運んできて、カウチに挟まれたローテーブルの上にそれぞれ配置する。だが、それに手を伸ばす勇気もなく、なんとなくカップに描かれたお洒落な模様を眺めていた。


「お前は、テオドールといったか?」


「ひゃ、ひゃい!」


 フェリクスに真正面から見つめられ、テオドールの頭は真っ白になる。しかし思いきり噛んでしまったことで、少年の顔は羞恥の色に染まった。

 完全に揚がって空回りする姿に小さく吹き出したのは、それまで大人しくしていたルーカスだ。


「テオドール、フェリクス相手に緊張してるの?」


 可笑しそうに笑うルーカスを軽く睨むと、それすらも面白そうに声を上げて笑われる。そんな彼は、これまでで一番上機嫌に見えた。長い間ずっと溜め込んでいた苦しみから解放されて、少しは楽になったにちがいない。

 それにも関わらず、まだ何かを抱えていそうだと疑ってしまうのは考えすぎだろうか。


「今の俺はルカの父親としてここにいる。息子の恩人として、どうか気楽に接してくれ」


 強面を和らげて微笑むフェリクスに、テオドールは慌てて否定する。


「恩人なんて、そんな大層なことはしておりませんよ! 恐れ多いです!」


「いや、テオドールには深く感謝している。愛息子を助けてくれて、本当にありがとう」


「いえ! その、…………はい」


 慈愛に満ちた瞳で告げられた言葉を拒否することもできず、おずおずと頷く。


(俺が勝手にやったことだし)


 ルーカスの傍にいることで、知らず知らずのうちにテオドール自身も救われていたのだ。

 少し後ろめたい気持ちになり、そっとフェリクスから視線を外すと、途端に静寂が訪れる。しかし、それは緊張の糸が張り詰めたものではなく、どこまでも穏やかで心地よくなるような空気感だった。


「……僕に、何も聞かないの?」


 周囲の沈黙に耐えかねたように、ルーカスが静かに呟いた。それに対して、フェリクスは朗らかな笑みを浮かべ、不安そうにする息子の頭を優しく撫でる。


「お前が無事に帰ってきてくれただけで、今は十分だ。お前の身に何があったかは、追々話してくれればいい。……だが、ルカを襲ったシャルルという魔族についてはできれば教えてほしい」


 嫌なら無理に話さなくていいから、と付け加えるフェリクスの言葉に、ルーカスはゆっくりと首を横に振る。


「だめだよ。…………これは、僕の口からちゃんと言わないと」


 そう言ったきり、何かを考え込むように黙り込んでしまったルーカス。どこか思いつめた表情をする彼の目から一筋の涙が伝い落ちる。

 見えないものと葛藤しているような彼に、フェリクスが心配そうに声をかけようと口を開く。


 その時、微かに震えるルーカスの薄い唇から、か細い声で衝撃的な言葉が紡がれた。



「───僕は多分、シャルルを、黒魔法で殺したんだ」


 彼の告白を耳にして、テオドールは思わず目を見開いたまま固まってしまう。その一方で、フェリクスとアイザックは想定内と言わんばかりに、暗い顔をするルーカスを冷静な態度で見つめていた。


「魔界に連れていかれた後、シャルルに言われたんだ。フェリクスと出会ってからの日々は全部幻覚魔法の産物で、虚構のものだって。その言葉にひどく動揺した反動で黒魔法が覚醒して、気がついたらシャルルが……」


「なんだ、その馬鹿げた話は」


 本能的に震え上がってしまうほど圧のある声で、フェリクスが問いかける。しかし、有無を言わせないように凄む反面、その表情には哀愁が漂っていた。


「お前は本当に、俺たちを幻の存在だと思うのか?」


「………………分からない」


 ぽつりと呟かれたルーカスの言葉に過剰に反応したのは、それまで無言を貫いていたアイザックだ。綺麗な顔を悲しみに歪ませて、すっとカウチから立ち上がる。


「もう、いいですよ。ルカ様がそこまで頑なになられるのであれば、俺たちの絆は所詮その程度、きっと幻だったのでしょうね」


 紺藍色の瞳には、諦めの感情が見て取れる。いくら辛抱強い彼でも、ここまでの拒絶は我慢の限界だったのだろう。

 そのままテオドールの前を通り過ぎ、部屋から出ていこうとするアイザック。そんな彼をフェリクスが引き止める気配はなく、ルーカスに至っては呆然としていて、この状況を理解するのに手一杯なようだ。


(ここで俺が追いかけても、何て声をかければ……)


 頭ではそう思うのに、無意識のうちに身体が動いていた。


「あの、フェリクス様! 一旦失礼いたします!」


 見栄えの良くない形式的なお辞儀をすると、すぐさまアイザックの後を追うように部屋から飛び出した。



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