22.再会
(……ルーカスの片思いなのか? それにしては、ルーカスとアイザック様の温度差が気になるな)
不思議に思いアイザックを見ると、彼もまた困惑したような表情をしていた。そしてテオドールの視線に気がつくと、否定するように小さく首を横に振る。
なんとなく気まずい空気に耐えかねて口を開こうとした時、馬車がゆるやかに停止した。
「あ、到着しましたよ」
アイザックの声にハッとして窓の外へ目をやると、そこには眩い朝日をバックにして、左右対称の巨大な邸宅があった。
茶色い外壁に沢山の窓が取り付けられた建築は貴族のものに思われるが、その周りを取り囲む広大な敷地には風情の感じられるものが一切なく、非常に質素な印象を受ける。短く刈られた緑色の芝生には抉られて地面の土が露出しているところも散見された。
アイザックに続いて馬車を降りようとして、未だ立ち上がる気配がないルーカスからの視線を感じる。僅かに首を傾げると、彼は少し俯いて口を開いた。
「……フェリクスは、僕のことを覚えてるかな?」
明らかに震えている声に、テオドールは安心させようと柔らかく微笑んで見せた。
「覚えておられますよ、絶対に!」
不安症な彼のために、敢えて確実な言葉を選んで言い切る。
ルーカスは暫く黙っていたが、やがて大きく深呼吸をした後ゆっくりと頷いた。その表情を見る限り、漸く覚悟が決まったようだ。
「テオドールがそう言うなら、信じてみる」
その言葉はテオドールの自己肯定感を満たすのに十分な効力を持っており、無意識に頬が緩みそうになるが、すんでのところで我慢する。
ルーカスの何気ない言動に一喜一憂するのは、なんだか癪に障る気がしたからだ。
「そういう人たらしなところ。気をつけないと、いつか後ろから刺されますからね!」
僅かに赤くなった顔を誤魔化そうと捨て台詞を吐いて、そそくさと馬車から降りる。そんなテオドールに小さな笑いを零しながら、ルーカスも続いた。
気を取り直して辺りを見渡すと、黒い柵門の傍にアイザックが立っていた。
「こちらですよ」
緊張した面持ちのルーカスが後ろからついてきているかを定期的に確認しつつ、アイザックの案内に従う。平静を装ってはいるが、テオドールの心臓は自然と速いテンポで脈打っていた。
"生きる伝説"と呼ばれる勇者と対面するのだ。ルーカスに関する心配と冷徹と評される勇者への畏怖が共存しても平常心でいられるほど、彼の肝は据わっていなかった。
正面の大きな扉が開かれると同時に、その向こうにいた金髪で男が目に入る。長身な上、服越しでも分かるほど立派な体躯をした彼は、まさに"英雄"と呼ばれるにふさわしい出で立ちをしていた。
厳格そうな顔つきの彼はテオドールの後方を見ると、そのアイスブルーの瞳を揺らした後、ぎこちなく破顔する。
「ルーカス、おかえり」
「…………っ」
涙を堪えたようなフェリクスの声に対して、ルーカスの返事はない。故意に無視をしているというより、極度の緊張によるもののようだった。
テオドールは静かにそんな彼の背後まで移動し、自信なさげな背中を少しだけ強く押す。
(頑張れ……!!)
ルーカスが頑なにフェリクスたちを信じようとしない理由は分からない。それでもこうして正面から向き合えば、彼らの愛が本物であると確信できるはずだ。
固唾を飲んで見守るなか、フェリクスがおそるおそるルーカスに近づき、彼の身体を宝物のように抱き寄せる。
「……ルカ。帰ってきてくれて、ありがとう」
僅かに震える背中を優しく撫でながら、フェリクスは父性が滲む声音で小さく呟いた。それまでずっとされるがままだったルーカスだが、やがて遠慮がちに大きな背中に手を回す。
「フェリクス、ごめん…………ごめん、なさいっ……」
静かに泣き崩れるルーカスを目の前にして、テオドールはそっと視線を外した。
きっと、ルーカスはシャルルを信じていたわけではない。実の父のように慕っていたフェリクスに拒絶されるのを恐れるあまり、最も心が傷つかない方法を選んでいただけだったのだろう。
(不器用にも程があるな……)
幼い子どものようにフェリクスに縋って泣くルーカス。そんな姿から敢えて目を背けるのは、自身と重ねて思わず嫉妬してしまいそうだからだ。
───決して、ルーカスのためではない。




