21.地雷……?
「でも、どうせなら俺よりフェリクス様に雷を落とされる方が応えるでしょうから、カディオ邸へ到着するまでこの件については口を噤んでおきましょう。……テオドール様もご内密にお願いいたしますね」
そう言って笑みを深めるアイザックに、テオドールはそれ以上言葉を発することができなかった。
アロヴィンで同じような流れになった時はルーカスと喧嘩中だったこともあり、"是非ともガツンとやってくれ!"という思いがあった。
しかし、今回はテオドールの憶測を勝手に話したことでルーカスが流れ弾を食らおうとしている。
(本当にごめん……! アイザック様がルーカスの態度に傷つかないようにと気を回しただけなんだ)
ルーカスのいる宿へと歩みを進めるアイザックの後ろ姿を見ながら、自身の失態にこっそりと溜息をついた。
突然押しかけてきた元専属護衛に、案の定ルーカスは露骨に嫌そうな顔をする。アイザックはそれに一切構わず、散らばった荷物を素早く纏め始めた。
「テオドール。良い案って、もしかして……」
「あ、アイザック様が旅費を出してくださるそうですよ!」
わざとらしいほど明るい声を出すテオドールに、ルーカスが訝しむような視線を向ける。黒い瞳に心の内を見透かされそうで、すっと顔を逸らした。
隠し事をしていますと言わんばかりの態度に、ルーカスの目がますます細められる。
「そ、そうだ! アイザック様。せっかくの機会ですし、馬車に乗ったらカディオ邸にいた頃のルーカスのお話を───」
(この話はルーカスにとって地雷では……?)
慌てて口を閉じるが、アイザックは楽しそうに快諾した。それに対して、ルーカスはフードを目深に被って俯き、その表情を隠してしまう。
彼の複雑な心情を知っているにも関わらず、余計なことしか口走らない己に思わず両手で顔を覆う。
そんな二人の空気を読まず、旅人にしては少量の荷物を抱えたアイザックに背中を押され、重い足取りで宿を出たのだった。
テオドールの自己嫌悪は長くは続かない。塞ぎ込んでうじうじと悩むのは元々性にあわないのだ。
それが彼の致命的な短所であると同時に、最大の長所でもあった。
貸切状態の馬車に揺られながら聞くルーカスの話は、非常に興味深いものばかりだった。そのため、宿での気まずい空気などは頭の片隅に追いやって、アイザックの方へと無意識に身を乗り出す。
「そして、撃たれた時の痛みより回数をとったドMなルカ様は上質な最上級魔法を求めて、魔法学校へご入学されたのです」
「え、もしかして裏口入学ですか!?」
魔法学校には大陸中から才能溢れる魔法使いの卵がやってくるという。そんな彼らをふるいにかけるため、入学試験の難易度は極めて高いことで有名なのだ。
(ルーカスは頭良さそうだけど、倍率百倍越えを勝ち抜けるほどには到底見えないんだよな)
わりと失礼なことを考えているのが分かったのか、正面にいるルーカスが不満そうな顔をしてそっぽを向く。
「それが残念なことに、違うんですよー」
「何が残念なんだよ。というか、なんでアイクはシストラにいたの?」
苛立ちを顕にした声音でルーカスが隣に座るアイザックに問いかける。
「ルカ様たちを追いかけてきたからに決まってるじゃないですか」
「……この前言ったよね? もうアイクは必要ないって」
「あはは、そういうことはご自分で資金を稼げるようになってから仰ってくださいね」
ごもっともな返しに、ルーカスがぐっと押し黙った。思わず笑いそうになり堪えていると、フードの下から覗く口元がへの字に曲げられる。恐らく黒い布越しにこちらを睨んでいるのだろう。
「あ、光魔法で馬車の窓をマジックミラーにしておきますから、もうフードを外しても大丈夫ですよ。気がつくのが遅くなってすみません」
小さく詠唱して微笑みかけると、ルーカスは首を横に振る。
「いや、何かの拍子で誰かに見られるかもしれないし、このままでいいよ。……ありがとう」
素っ気ないながらも告げられた感謝の言葉に苦笑するテオドールに、アイザックが怪訝そうな顔をした。
「そこまで警戒する必要がありますか? 三年前は隠してすらいませんでしたよね? ……なんなら、リア様に褒められて嬉しそうにしておられましたのに」
「……リア様?」
初めて耳にする名前を思わず反復すると、アイザックはニヤリと悪そうな笑みを浮かべる。ちらりとルーカスの顔を伺うと興味なさげに窓の外を眺めており、彼を止める気はないように見えた。
「リア様は、ルカ様の婚約者様で、初恋のお相手ですよ」
「え!? ルーカスの、婚約者……!?」
「はい、そうです。ルカ様のデレデレっぷりといったらもう、見ているこちらが恥ずかしくなるほどで」
「……アイク、やめて」
突如硬く強ばった声で咎められ、アイザックはすぐさま話をやめる。
アイザックの隣へ視線を移すと、窓際に片肘をついて気だるそうにしたルーカスの姿があった。普段から行儀の良い彼にしては珍しい行動に驚き、思わず声をかけてしまう。
「ルーカス、どうしたんですか? 馬車酔いしたんですか?」
「別に。少し嫌なことを思い出しただけだよ」
そう言って平気そうに口角を持ち上げるルーカス。一見いつもと変わらない笑顔は、その裏に大きな痛みを孕んでいるように感じられた。




