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死にたがり魔族の逃避行  作者: 米奏よぞら
第三章

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20.沈黙は金

「『魔王の言葉を信じた僕が勝手に拒絶したのに、魔界から追い出されそうになった途端頼りにするのはきもいから、フリードリヒ兄上たちには何も言わなかった』らしい」


「それは、なんともルーカスらしいですね」


 テオドールが苦笑すると、フリードリヒは自嘲するように口角を上げる。しかし彼の表情には、隠しきれないほどの寂しさが感じられた。


「ルーカス・カディオとして生きている時は本当に楽しそうで、安心してたんだ。けど、また魔王たちが未練がましくも色々吹き込んだせいで………………あいつは、赤い目を見ると酷く怯えるようになってしまった」


 ふと脳裏をよぎったのは、ライオネルの襲撃から二人を守った後に颯爽と立ち去るフリードリヒの姿だ。

 あの時の行動は、ルーカスを必要以上に刺激しないためだったのか。


(というか、薄々思ってたけど、ルーカスが信じ込んでる"シャルルに幻覚魔法をかけられていた"っていう話は多分、いや、絶対に何かの間違いだよな)


 必死になって逃げ続けるルーカスを、拒絶されても陰ながら見守る彼らの愛が偽物なはずがない。

 むしろ、どうして彼はあそこまでフリードリヒたちではなく、シャルルの言うことを素直に受け入れているのか。


 そこまで考えて、テオドールは漸く本来の目的を思い出した。


「そうだ! 俺、アイザック様にお願いしてカディオ邸へ連れて行って頂こうとしてたんでした!」


 初めての間近で見る闇魔法に魅了されたせいで、すっかり忘れてしまっていたのだ。

 己のアホさ加減に頭を抱えていると、フリードリヒが心底驚いたような顔をする。


「カディオ邸って、もしかしてルーカスを連れて?」


「はい、そうです。そちらに特別な魔法書があると伺って」


「あぁ、封魔の書か。……それなら、アイザックに路銀を遠慮なく強請るといい。ついでだから、あいつの近くに降ろしてやる」


 そう言って指をならそうとするフリードリヒに、慌てて立ち上がり、待ったをかける。

 最後に一つだけ、どうしても聞いておかなければいけないことがあるのだ。


「あの、フリードリヒ様は、人間の味方なんですか? それとも、やっぱり魔族の味方ですか?」


 別に彼を信用していないわけではないし、なんなら心強い味方だと認識していたいところだが。


 唐突な問いかけに対して、フリードリヒは優雅に組んでいた足を直し、静かに立ち上がった。

 こちらを見据える赤い瞳には先程までの悔いの色はなく、強い意志が宿っているようだ。


「僕とイザヤは、何があってもアーデルハイドの味方だ」


 芯のある声でそう告げた後、フリードリヒは柔らかい微笑みを浮かべる。


「弟を、頼んでもいいか?」


「……っ、はい!」


 テオドールの返事に小さく頷いたフリードリヒが今度こそぱちんと指を鳴らす。

 すると景色が一変し、瞬く間に見覚えのない路地裏に転移していた。


「フリードリヒ様。最後までかっこいい……!」


 天を仰いで恍惚としていると、探していた声が耳に入る。振り返ると、いつの間にかそこにはアイザックが立っていた。


「テオドール様、こんな場所でどうされたんですか?」


「え、今、どこから現れたんですか!?」


「そんな、褒めないでくださいよー」


「なんで照れてるんですか……? 俺、心臓がひゅってなったんですけど」


 未だ早い鼓動を落ち着けるように深呼吸して、改めてアイザックに向き合う。人様からお金を借りるのだ。失礼な態度で頼むことはできない。


「アイザック様。俺とルーカスをカディオ邸へ連れて行ってください!」


「…………ルカ様が、漸く帰ると仰ったんですか?」


 切れ長の瞳を大きく見開いたアイザックに、テオドールは曖昧に首を傾げる。


「"帰る"というよりは、"寄る"の方が正しい表現かもしれませんが」


「それでも構いませんよ! さあさ、ルカ様の気が変わらないうちに、早く出立いたしましょう。ご安心ください、旅費は全てフェリクス様が出してくださいますから」


 にこにこと嬉しそうに笑うアイザックに肩を抱かれて、促されるように歩き始める。彼にとっては念願が叶ったのだから、上機嫌になるのも当然に思われた。

 しかし、ルーカスの幻覚魔法の話が不意によぎり、咄嗟にアイザックの腕から抜け出す。


「あの、一つだけ、アイザック様たちに知っておいて頂きたいことがあります!」


 彼の正面に回り込み、ルーカスの現状について説明しようと必死に言葉を紡ぐ。


「ルーカスは、アイザック様たちと過ごした時間は全てシャルルの幻覚魔法によって生み出されたものだと思い込んでいるんです! だから、アイザック様たちを…………信じられないんだと、思い、ます」


「…………何を、言っているんですか?」


 その声音は明らかに怒気を含んでおり、テオドールは反射的に肩を竦めた。

 つい先程までの和やかな雰囲気から一転して、アイザックの瞳は絶対零度の冷たさを漂わせている。しかし、その奥には苦しくなるほどの切なさが滲んでいるように見えた。


「やはり、一度徹底的にしばく必要がありますね」


(ごめん、ルーカス。俺、間違えちゃったかもしれない……)


 宿で大人しく留守番しているであろう彼に向かって、テオドールは心の中で密かに手を合わせた。




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