19.フリードリヒの後悔
フリードリヒは魔王の五男として生まれた。
他の兄弟と違い髪が淫魔特有の桃色だったので、昔はかなり苦労した。
ヤリチンだのビッチだの、そこまで言うなら本当になってやろうと自棄になった時期もあった。
けれどそれも昔の話で、千歳を超える頃には何とも思わなくなっていた。
黒髪に黒い瞳をもつ弟が誕生したと聞いたのはそんな頃だ。
魔王の指示でアーデルハイドのために城を増築し、そこで蝶よ花よと育てられているという。
当時は大して興味も湧かなかったので、他人事のように弟の噂を聞いていた。
ある時兄弟で唯一仲のいいイザヤが熱心に水晶玉を見つめていた。
ド派手な見た目に反して、どこまでも根暗な兄だ。
どうせ禄でもないことに決まっている、と思っていたのだが。
「フリードリヒ、少し協力してほしいんだが」
「絶対に嫌だ」
反射的にそう返すと、イザヤはゆっくり首を横に振った。
「アーデルハイドが心配だから、何かしてやりたいんだ」
「はあ? 冗談だろ。魔王の後継者になることが内定してる上、俺たち兄弟の中で一番良い環境で育ってるらしいじゃん」
「これを見てもか?」
イザヤに促され、フリードリヒは仕方なく水晶玉を覗き込んだ。
そこに映っていたのはだだっ広い部屋の隅っこで幼児が一人遊びをしている姿だった。髪と目の色から、この幼児がアーデルハイドのはずだが。
「……乳母や使用人は?」
「いない。魔王が孤独に育てるよう命じているらしい」
「まさか、生まれてからずっとか?」
「少なくともこの一週間、使用人がアーデルハイドに話しかけているのを見たことはない」
相変わらず、魔王のすることは狂っている。
イザヤも同じ考えなのか、苦い顔をしていた。
「会いに行ってみる?」
それは、ほんの少しの同情と好奇心からの提案だった。
魔王からどんなお叱りを受けようと、かつての自分と同じ目をした弟が放っておけなかったのだ。
率直に言うと、二歳の弟はとてつもなく可愛かった。
「天使はここにいたのか……!」
なお、イザヤのブラコンはこの日に発症した。
普段は彼に苦言を呈しているが、正直その気持ちは分からなくもない。
幼いアーデルハイドは初めて見るフリードリヒたちに、花が咲いたような満面の笑みを浮かべたのだ。
生い立ち上卑しい視線や軽蔑される言動には慣れていたが、純粋な好意を向けられるのは新鮮だった。
「俺たちはアーデルハイドの兄だ。兄様って呼んでごらん」
「あに、にいしゃま? ……あにしゃま!!」
純真無垢な笑顔を向けられ、この時ばかりは弟のあまりの可愛さに、イザヤと一緒に悶えてしまった。
こうして二人の兄はあっという間にアーデルハイドの虜になってしまった。
それ以降、可能な限り毎日アーデルハイドの顔を見に行くようになった。
そして教育的な事情を考慮して、一人称を"俺"から"僕"に変えたし、なるべく綺麗な言葉を使うように意識もした。
偶にボロが出てアーデルハイドに真似された時は、どうにか頼み込んで直してもらったけど。
あの頃は、本当に幸せだった。
しかし、アーデルハイドが六歳になった時、彼の態度が急変した。
「兄上。迷惑なので、もうここには来ないでください」
可愛い弟の言葉に頭を強く殴られたような衝撃を受けた。
部屋には鍵をかけられ、全力で拒絶された。
誰かになにか吹き込まれたのかと考え必死に問いかけたが、答えてくれることはなかった。
───結果的にアーデルハイドと顔を合わせることがなくなり、城の異変に気づくのが随分遅れてしまったのだ。




