18.アーデルハイドの兄
「そして、撃たれた時の痛みより回数をとったドMなルカ様は上質な最上級魔法を求めて、魔法学校へご入学されたのです」
「え、もしかして裏口入学ですか!?」
魔法学校には大陸中から才能溢れる魔法使いの卵がやってくるという。
そのため、入学試験の難易度が極めて高いことで有名なのだ。
(ルーカスは頭良さそうだけど、倍率百倍越えを勝ち抜けるほどには到底見えないんだよな)
だいぶ失礼なことを考えているのが分かったのか、正面にいるルーカスが不満そうな顔をしてそっぽを向く。
「それが残念なことに、違うんですよー」
「何が残念なんだよ。というか、なんでアイクがシストラにいたの?」
苛立ちを顕にした声音でルーカスが隣に座るアイザックに問いかける。
テオドールたちは今、馬車に揺られていた。目的地は無論、カディオ邸である。
***
時は少し巻き戻り、数時間前のこと───
黒魔法についての情報が載っているかもしれない魔法書がカディオ邸にある。
そう告げたルーカスは複雑そうな表情で俯き、やがて首を横に振った。
「でもカディオ邸って王都にあるから、シストラからだと路銀が勿体無いよ。やっぱりこの話はなかったことに」
「なりませんよ! ……うー、俺が王都観光をしたことがないばかりに転移魔法が使えな……あ、良いこと思いつきました!」
手を叩いてベッドから降り、テオドールは部屋を飛び出した。
宿を出ると、澄んだ夜空の下で辺りは飲み屋街へと様変わりしている。
既に千鳥足になっている男をすんでのところで躱しながら、大きく息を吸い込んで、腹の底から声を張り上げた。
「アイザック様ー! いらっしゃったら、返事してくださーい! アイザック様ー!」
人混みを掻き分けながら懸命に進んでいると、突然両手が空を切った。それと同時に周囲の喧騒が一瞬にして消える。
気がつけば、見覚えのある真っ白な空間に立っていた。
「ここって、あの時の───」
興味津々にきょろきょろと辺りを見渡していると、突如何もないところに黒い渦巻きが出現する。
そこから出てきたのは、綺麗な桃色の髪と深紅の瞳をもつ魔族──フリードリヒだ。
「どうした、まだ痛みがあるのか?」
心配そうに眉根を寄せる彼は、少し屈んでテオドールの顔を覗き込む。
その魅惑的な美貌に見惚れる……わけではなく、少年は無邪気にきらきらと目を輝かせた。
「今のってもしかして、闇属性の転移魔法ですか!? すごい! かっこいいですね!」
きゃっきゃっとはしゃぎだすテオドールに、フリードリヒが虚をつかれたような顔になる。
しかし、魔法オタクはここで止まらなかった。
「他にはどんなことができるんですか? 闇魔法は魔族しか扱えないせいか、資料があまりなかったので、ずっと気になっていたんです!」
「……分かった。近いうちに宮廷魔法使いに書かせたレポートをプレゼントするから、今は違う話をしてもいいか?」
その時になって漸く彼の浮かべる笑みが引き攣っていることに気がつき、大人しく後ろへ下がった。
興奮気味だった熱が急激に冷め、途端に気まずい沈黙が訪れる。
「…………ルーカスのお話ですか?」
おそるおそるフリードリヒを見上げると、彼は優しい目をして静かに頷く。
そして徐ろに指をぱちんと鳴らして、テオドールをふわりと浮かばせ、どこかから取り出した高級そうなカウチに座らせた。
(か、かっこいいーーー!!)
向かい側の同じカウチに腰掛け、長い脚を組む魔族に思わず憧れの念を抱く。
「テオドールくん。君には感謝してもしきれない。弟を、助けてくれてありがとう」
慈愛に満ちた表情と予想していなかった言葉に、数度の瞬きを繰り返す。
「フリードリヒ様は、やっぱりルーカスのお兄さんなんですか?」
顔立ちや雰囲気がどことなく似ているため、そんな気はしていたが。
素朴な疑問に対して、フリードリヒは一瞬だけつらそうな顔をした。
「僕は、アーデルハイドの兄貴だよ。……だから、ルーカスの兄貴にはなれないんだ」
そう言って微笑む姿は、ルーカスが自虐する時のものとそっくりだった。
魔王に色々と吹き込まれていたせいで一時期は距離を置いていたようだが、そのわだかまりはもう解消されているはず。
それにも関わらず、彼がルーカスを敢えて遠くから見守る理由はなんなのか。
「……ルーカスが魔界から追放された際に助けなかったのは、何か事情があったんですか?」
少なくともルーカス本人はこの兄を慕っているような話し方をしていた。そして、その逆も然り。
(それなら、どうして……)
「可愛い弟すら守れなかった、全く頼りにならない兄なんだ、僕は」
ふっと自嘲した後、悔しそうに顔を歪めるフリードリヒ。その顔が、ルーカスに拒絶された時のアイザックのものと重なる。
「アーデルハイドは、すげー可愛くて」
「…………」
「何があっても、絶対に守ってやろうと思っていたのに──」
どこか遠い目をしたフリードリヒは、それから静かに彼らの過去を語り始めた。




