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死にたがり魔族の逃避行  作者: 米奏よぞら
第三章

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17.大きすぎる代償

 様子のおかしいルーカスを見て、アイザックが心配そうに声をかける。


「ルカ様、その本は?」


「封魔の書だよ。さっき魔族の兄上に頂いたんだ」


「魔族の兄上?初めてお聞きしますが、信用できるんですか?」


「イザヤ兄上は少し変わってるけど、僕に危害を与えることはないよ」


 言葉を選びながらも言い切ると、アイザックが片方の眉を僅かに持ち上げる。


「魔界のご家族とはあまり関わりがなかったとお聞きしていましたが」


「フリードリヒ兄上とイザヤ兄上だけは違うんだ。特にイザヤ兄上は、僕にだけブラコンだったから」


「ブラコン……?」


「幼い頃に一度だけ兄上の部屋にお邪魔したんだけど、僕の隠し撮りやぬいぐるみが沢山あって怖かった」


「それはブラコンではなく過激なストーカーでは?」


「うん、そうかもしれない」


 魔王城にいた頃はアーデルハイドに取り入るための演技だと思っていたが、フリードリヒの話を聞く限り違ったようだ。だから危険なものならプレゼントしないはずなのだが。

 先程のページを訝しげに眺めていると、アイザックが覗き込んできた。


「何も書かれていませんね」


 不思議そうなアイザックの言葉に驚きの声を上げて振り返った。


「この文字、見えないの?」


「逆にルカ様には何か見えているんですか?」


「僕を主として認めるって」


 そう言った途端、次のページに再び文字が浮かび上がった。


[ルカなぞいう勇者の弟子は知らん。我の主は魔王の後継者であるアーデルハイド様、ただお一人である]


 ───なるほど、最早驚きを通り越して冷静になってきた。


「アーデルハイドの名に於いて命じる。封魔の力による代償を示せ」


 意識的に低い声を出すと、見開きのページに次々と文章が記された。


(勝ったな……)


 誇らしげに笑っていると、アイザックがわざとらしく明後日の方向を見ていることに気がついた。


「アイク?」


「いえ、お構いなく」


 声をかけると、お得意のアルカイックスマイルを返された。


「俺は空気の読める男ですから。例え主が厨二病に目覚めても見て見ぬふりしますよ」


「違うよ?これが封魔の書の適切な使い方なんだって」


「そうなんですね、相変わらず何も書かれていませんが」


「分かった、そこまで言うなら読みあげるよ」


 顔が赤くなっているのを感じながら、本に視線を落とす。


「『ご存知の通り、封魔の力は全ての魔法を無効化したり、二倍にして反撃したりできる特別な力であります。一方で、その力の行使にあたり代償があるのもまた事実。以下に、二つの項目で纏めさせて頂きます』」


「二倍にして反撃できるとか、チートすぎません?」


「それは僕も思ったけど、今いいところだから黙ってて!」


(やっぱりアイザックは元気な方が似合うな)


 すっかり元通りの専属護衛にルーカスは満足気に頷いた。






 ♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢






 一、封魔の力を完成させるためには全ての属性の耐性をつけなければならない。

 二、カウンター(無効化した魔法を二倍の威力で放出する)を用いる場合は、寿命が削られる。


 だって、と顔を上げるとアイザックが顎に手を当てて何やら考え込んでいた。


「二つ目が重いですね」


「そうかな?僕は別に構わないけど」


 けろっとして答えると、アイザックが訝しげな目を向けてきた。


「この質問はよろしくないかもしれませんが、魔族の寿命ってどれくらいなんでしょうか?」


「途方もなく長いってことしか知らないな。例えばイザヤ兄上は二千くらいだし、フリードリヒ兄上も一千とかだったかな。一万歳になると長寿と言われてた」


「ルカ様は?」


「まだ九歳だよ。……あ、そういうことか」


 この時になって漸くアイザックの言わんとすることを察し、手元の本に話しかける。


「一回のカウンターでどれくらいの寿命が削られるの?」


[誰だお主は。我はアーデルハイド様の質問にしかお答えしないからな]


 その言葉にすっと真顔になり、わざとらしく咳払いをした。


「アーデルハイドの名に於いて命じる。先程の質問に答えろ」


(この本、とても疲れるかもしれない)


 そんなことを考えながら遠い目をしているうちに、新しい文章が浮かび上がっていた。


[千回のカウンターで約一年分の寿命を消費します。ちなみに、アーデルハイド様のように黒の瞳をもつ魔族の寿命は一億年です]


「僕の余命長すぎるでしょ」


 アイザックに説明すると、やはり同様の感想を口にする。


「チートカウンターは心置きなく使えそうだね」


「ルカ様は一億年生きなくていいんですか?」


 面白がった顔で聞くアイザックに白い目を向ける。


「冗談じゃない。この九年もやっとなのに」


「あはは、では頑張ってカウンターで余命を削ってください」


「うん、そうする。全属性の耐性についてはフェリクスに相談しないとな」


「耐性ってどうやってつけるんでしょう?」


「確かに。……どうするの?」


 また低めの声で封魔の書に問いかける。


[何度言われても、我はアーデルハイド様の仰ることしか聞かんからな]


 それに対して何の反応も返さずに黙って見つめていると、暫くしてさらさらと文字が書かれた。


[耐性は、各属性の中級以上の魔法を浴びることで獲得できます]


「魔法を浴びる?」


[例を挙げてご説明するなら、開けた場所の中央に立ち、そこに向けて中級以上の魔法を撃ってもらうのです]


「それって僕死なない?」


[魔族は生命力が極めて強いので大丈夫です。魔法を浴びる瞬間は非常に強い痛みを感じると思われますが、それは我慢してください]


 あまりの衝撃で、言葉が出てこなかった。


「ルカ様?」


「なんか、中級以上の魔法に一回撃たれたら耐性がつくらしい」


[いえ、我が主。最上級魔法なら四回で済みますが、上級魔法なら十回、中級魔法なら二十回撃たれてください]


 ショックのあまりアイザックに伝える余裕もなく、ベッドに突っ伏し思いっきり叫んでしまった……。






 ♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢






 どこまでも広がる地平線を穏やかな気持ちで眺める。


「世界はこんなにも美しかったんだ……」


 静かに感動していると、突然辺りが暗くなった。上を向くと頭上には黒い雲が広がり、数多の稲光が見える。

 本能が逃げろと警鐘を鳴らしていた。


「魔王を倒すため魔王を倒すため魔王を倒すため魔王を倒すため魔王を倒すため魔王を倒すため魔王を倒すため魔王を倒すため魔王を倒すため」


 ぴかっと一際明るい光がこちらを目掛けて落ちてきた。


「魔王を倒すため魔王を倒すため魔王をた、っぱり無理!」


 間一髪のところで雷から逃れ、詰めていた息を吐き出した。


「危なかった……」


「危なかったじゃありませんよ!なんで避けてるんですか!?」


 駆け寄ってきたアイザックが大袈裟に溜め息をついた。


「だって、雷こわいし」


「じゃあ火属性の魔法に変えますか?」


「もっと嫌だ。水ならいけると思う」


「残念ながらフェリクス様は水属性の上位魔法は使えないそうです」


 完全に詰んでいる状況にルーカスが頭を抱える。


「ルーカス」


 慣れ親しんだ声に顔を上げると、フェリクスが無表情でこちらを見下ろしていた。

 いつもルーカスの前では笑顔が絶えない彼にしては珍しいな。

 そんなことをぽやっと考えていると、冷たいアイスブルーの瞳に射抜かれる。


「次避けたら二度と付き合わねーからな」


 それだけ言うとフェリクスは背中を向けて戻っていく。

 身体が力の抜き方を忘れてしまったように動けなかった。


「アイザック、フェリクスがこわい」


「あはは、普段がルカ様に甘すぎるんですよ。フェリクス様は怒らせるとまじで怖いですから、頑張ってください」


 何故か楽しそうに笑いながらアイザックはフェリクスの後を追いかけていった。


 もうやめよう、魔王討伐なんて無謀な夢を語るのは。

 自身の目が虚ろになっていくのを自覚しながら、そんなことを考えた。




 その数分後───



「ゔああああああああああああああっ!」


 座っていた体勢から後ろ向きに大の字で倒れ込んだ。

 身体中がピリピリと痺れていて動かない。

 無駄に頑丈なせいで想像を絶するような痛みでも気を失えないのがつらすぎる。

 なぜ自分がここまで体を張らなければいけないのか。

 身体のあちこちが悲鳴を上げていてもこれだけは心の底から言いたかった。


「っ、魔王の、くそったれーーーー!!」


 ルーカスの渾身の叫びに遠くから二人分の拍手が送られる。


 ふと痛みがなくなったことに気がつき起き上がると、全身の火傷が殆ど治っていた。


「魔族逞しすぎてこわい」


 思わず呟くと、アイザックの元気な声が聞こえた。


「ルカ様、もう回復しましたよねー?フェリクス様が次は三連続でいくそうでーす!」


 遠目に見える顔は少年のようにキラキラと輝いていた。

 なぜあいつはあんなに楽しそうなのだろう。

 仕える主が雷に撃たれるのがそんなに嬉しいのか。


「お返事がないなら、五連続にしますよー!」


「お前なんか、クビにしてやるーー!!」





 ────こうして、カディオ邸での賑やかな日々は過ぎていった。



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