15.覚醒
時は十年ほど遡り───
フェリクスと出会ったあの日から、一年の月日が過ぎた。
アーデルハイドは今、ルーカス・カディオとして生きている。
木々に囲まれた閉鎖的な空間で、アイザックと睨み合う。
ぱきっと小枝が折れる軽い音を合図に、互いに切りかかった。
暗殺者の英才教育を受けているアイザックにかすり傷をつけられたら勝ちというこの訓練。
昨日までの二十日間で勝てたのはたったの一回だ。
「ルカ様、せっかくの可愛らしいお顔が険しくなっています。もったいない」
「可愛くない!黙ってやれ!」
「俺はルカ様のお顔結構タイプですよ?」
「きもい!」
力いっぱい剣を振るうが、アイザックに余裕でかわされた。
ふっと笑った顔がめちゃくちゃかっこいい彼の顔に苛立ちが募る。
前に出すぎたと気づいた時には遅く、アイザックの肘がルーカスの腹に入った。
地面に倒れて、そのまま手足を投げ出す。
「はぁ……。これで一勝二十敗」
「今日の敗因は感情的になりすぎたところですね」
「アイクが煽るからでしょ」
「何度も同じ手に引っかかるルカ様が面白……いえ、全てルカ様を思っての言葉ですよ」
「ふざけるなよ」
アイザックの肩を軽く叩くと、今度は避けずに受け止められた。
「ルカ様に負けるとフェリクス様にひどく扱かれるので、ご容赦ください」
「アイクから見ても、フェリクスって相当強いんだ?」
「勿論。例えるなら、アリと太陽ですね」
「じゃあ、そのアリに勝てない僕って」
「塵ですね」
心底楽しそうに笑うアイザックを見て、こいつ絶対クビにしようと心に決めた。
その時だった────
「っ、ルカ様!」
突然アイザックが叫び、ルーカスを押し倒す。
なんだよ、と声をあげようとした瞬間、目の前を巨大な炎がものすごいスピードで通り過ぎた。
「ルカ様、俺が前に出るのでお逃げ下さい」
「なっ、そんなこと」
「逃げろって!」
言葉通りルーカスを背後に、魔法の飛んできた方向へナイフを構えるアイザックの背中は大きな火傷を負っていた。強く吹いた風が血の匂いを運んでくる。
震える足をどうにか動かし、必死で走った。
暫くすると前方から膨大な数の火球がこちらに飛んできているのが見えて、思わず立ち止まる。
ルーカスはまだ魔法に対抗できる術を持っていなかった。
「くそっ」
(なんか出ろ……!!)
そう祈りながら、奥歯を噛み締めて両手を前に伸ばす。
魔力がないルーカスにとって、無意味な抵抗のはずだった。
火球が掌に触れた瞬間、ぱっとその姿が消える。
唖然として自身の手を見つめている間に、百個以上あった火球は全て消滅していた。
「今、魔法を無効化したのか……?」
その声が震えていることに気がつくと同時に、内側から熱いものが込み上げてくる。
しかし喜んだのも束の間、突然身体から力が抜け意識が遠のいていった。
♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢
目を覚ますと、見慣れた部屋のベッドで横たわっていた。
そして何故かフェリクスがルーカスの右手を握り、静かに眠っている。
「フェリクス?」
何かあったのかと思い呼びかけると、フェリクスがはっとして起き上がった。
「ルカ、目が覚めたのか。良かった……」
そう言ってフェリクスがルーカスを抱きしめて額に口付ける。
一方でルーカスは色々と思い出し、顔を青ざめさせた。
「アイクは無事なの?」
フェリクスの腕を掴んで尋ねると、落ち着かせるように頭を撫でられた。
「あぁ。ひどい火傷を負っていたが、今は治療して安静にさせている」
「そうなんだ、良かった……」
「良くないのはお前だ。一晩中高熱にうなされ、その後三日間目を覚まさなかった。どれだけ心配したことか」
「それは、ごめんなさい。あの時はとにかく必死だったから」
火球を無効化した話をすると、フェリクスはとても驚いたような顔をしていた。
「ルカは魔力がなかったよな?」
「うん。八歳の時の魔力量測定で0っていう数字が出てたから、それは確かだよ」
「分かった、色々調べてみるよ。ルカはしばらく安静にしていてくれ」
「じゃあ、アイクと大人しく遊ぶね」
「アイザックもかなりお前を心配してたぞ。……今から呼んでこようか?」
こくこくと何度も頷くと、フェリクスが柔らかく微笑んだ。
あの奇妙な出会いから一年間、彼は自分を実の子どものように扱ってくれている。
きっと目覚めていない間もずっと看病してくれていたのだろう。
「フェリクス、心配かけてごめんなさい。あと、いつも本当にありがとう」
突然のことだったからか、フェリクスは不意をつかれたような表情をした後、甘い微笑みを浮かべた。
「そろそろ父様と呼ばれたいな」
「それは調子に乗りすぎ」
思わず顔を顰めると、フェリクスが声を上げて笑った。
♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢
フェリクスが部屋を出た後、ルーカスは自身の掌を見つめていた。
「魔法を無効化って、もしかして最強じゃない?」
そんな独り言をこぼしてニヤついていた時だった。
「アーデルハイド」
とっくに捨てた名前を呼ばれ、強烈な悪寒が走った。
聞き間違いでなければ、この声は五番目の兄にあたるフリードリヒのものだ。
おそるおそる顔を上げると、案の定そこにはフリードリヒの姿があった。
濃い桃色の髪に赤い瞳をもつ魔族。
彼は比較的温厚な性格で、かつてのアーデルハイドにとって一番頼れる存在だった。
「久しぶり。元気そうだな、可愛いアーデルハイド」
そう言ってフリードリヒは美しい笑みを浮かべた。




