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死にたがり魔族の逃避行  作者: 米奏よぞら
第二章

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13.ルーカス・カディオの物語

 僕の名前はアーデルハイド。


 れっきとした魔王の後継者だ。


 城の中ですれ違う使用人はもちろん、六人の兄たちも僕の前では頭を垂れる。


 それは、僕が至高の黒髪と黒い瞳を持っているから。


 ───たったそれだけの理由で尊ばれた。



「アーデルハイドは特別なんだ」


 幼い頃からそう教えられていた。



「お前が兄たちと関わることで彼らの卑しさが引き立ち、笑われてしまうよ」


 そう言われたから兄たちとは関わらなかった。



「お前が誇らしい」


 魔王は赤い瞳を和らげて、いつもそう言っていた。

 彼だけは、僕自身を認めてくれていると信じていた。



 でも、僕に魔力がないって分かった途端、皆の態度が一変した。



「黒の瞳を持っていながら魔力量0とは、とんだ恥さらしだな」


 数年ぶりに対面した長兄の言葉に、胸がきつく締め付けられた。



 あまりの居心地の悪さに街へ逃げると、瞳の色ですぐにバレて笑われた。


「初代魔王の再来と言われていたのに、ただの無能じゃねえか」



【第七王子アーデルハイドを魔界から追放する】


 魔王は最早僕を視界にも入れたくないのか、それは書面での通知だった。



 ───魔界がこんなに醜い場所だなんて、知らなかった。







 ♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢







 人間界の森に逃げ込んで、数日が経った。


 アーデルハイドはそこで死を待っている。


 魔族の寿命は途轍もなく長いから、できたら森の獣に襲われて死にたい。


 家族も、友人も、味方もいない。

 そんな自分には生きている価値がないのだ。


 静かに両手を広げて、崖の先に立つ。

 あとは強い風に背中を押されて、落ちるだけ。

 恐怖も後悔も、何もなかった。


(やっと、楽になれる)


 そう思っていたのに───



「お前、死ぬ気か?」


 それは、少し掠れた低い声だった。

 答えるのが面倒くさくて聞こえないふりをしていたのだが。


「俺に先を譲ってくれないか?」


 予想外の言葉に思わず振り向くと、そこには無精髭を生やした若い男がいた。

 彼のひどく窶れていたが、水色の瞳だけ異様に澄んでいるのが印象的だった。

 男はアーデルハイドの顔を見て、僅かに目を見開く。


「魔族……」


 不快な単語を聞いて無意識に奥歯を噛み締めた。


「魔族はこの高さだったら痛いだけで、死ねないと思うぞ」


「……じゃあ、貴方が僕を殺してよ」


 彼の腰に下げてある短剣を見つめながら、挑発するように笑って見せる。

 すると男はアーデルハイドから視線を逸らし、小さく溜息をついた。


「悪いな。これ以上魔族を殺したら、天国の妻と息子に会えなくなりそうなんだ」


 そう言って男が自虐的な笑みを浮かべる。

 その顔はやけに見覚えがあり、頭の中にまさかという考えがよぎった。


「勇者の、フェリクス・カディオ?」


「……だったら何だ」


「貴方が死んだら、誰が魔王を倒すの?」


「知らねーよ。俺はもう疲れたんだ」


 いっそ清々しいほどの顔で言い切るフェリクスを見て、言葉を失った。

 勇者ともあろう男が堂々と世界平和を放棄すると言ったのだ。


(どうして、そんなに自由でいられるんだろう)


 無意識のうちに、彼を羨望のこもった眼差しで見つめる。


「なぁ、お前はなんで死のうとしてるんだ?」


 その問いかけに、一瞬で現実に引き戻された。

 静かに俯いて、重い口を開く。


「僕は黒髪黒眼で生まれたから、魔王にふさわしいって言われてたんだ。でも魔力量検査で0って数字が出た瞬間、史上最悪の期待はずれ認定されて魔界から追い出されちゃった」


「だから死ぬのか?」


「……僕はもう、アーデルハイドとして生きるのが苦しいんだ」


 自然と口から出た言葉に、自分で納得してしまった。


 容姿を理由に敬われる存在として生きていたアーデルハイド。

 魔王から愛されていると愚直に信じていたアーデルハイド。

 全てが虚構だったと知り絶望したアーデルハイド。


 それらの過去を消し去りたい。


 感情のない瞳でそう言うアーデルハイドの目の前で、フェリクスは片膝をつき手を差し伸べた。



「俺に、お前の復讐を手伝わせてくれ」


 脈絡のない言葉に、思わず眉を寄せる。


「復讐なんてしない。僕は今すぐ死にたいんだ」


「俺もお前もどうせいつかは死ぬ。それならとんでもないことやらかして、派手に死のうぜ」


 先程まで飛び降り自殺しようとしていた人間のセリフとは思えない。

 アーデルハイドはわざとらしく腕組みをした。


「じゃあ貴方は魔王を倒して勝手に死んだら?」


「……もし本気で魔王に復讐したいなら、俺が全力でサポートする」


 フェリクスの真剣な眼差しに、無意識に息を呑んだ。



 復讐したい気持ちが全くないといえば嘘になる。


『アーデルハイド。僕とイザヤはずっとお前の味方だって覚えてろよ』


 そう言って笑っていた桃色の髪をした兄の姿を思い出す。


 孤独だったアーデルハイドにとって彼らはとても大切な存在だった。


 でも魔王の言葉を信じたせいで、兄たちを拒絶して傷つけてしまったのだ。


 ───もしアーデルハイドが黒髪黒眼でなければ、彼らと普通の兄弟になれたのだろうか。



「もし魔王を倒したら、魔族のきもい価値観ってなくなるのかな……」


「きもい価値観?」


「何色が偉くて何色が卑しいとか、そういうおかしな考え方だよ」


「……それこそ、お前の出番じゃないか?」


 フェリクスの柔らかい笑みに、アーデルハイドは瞬きした。


「尊いはずの存在が魔界に反旗を翻したとなれば、その価値観はひっくり返るだろうよ」


 私欲に濡れた復讐ではなく、苦労していた兄たちのために革命を起こせるかもしれない。

 勇者の言葉は、魔族の少年の心に小さな明かりを灯した。


「魔力がなくても、魔王は倒せるの……?」


「俺も魔法は苦手だが、それ以外を極めて勇者になった。やる気と根性があればどうにでもなる」


「なんか、急に適当じゃない?」


「いいから黙ってついてこい。……お前の名前なんだっけ?」


「んー。…………忘れたから、フェリクスの好きなように呼んでいいよ」


「なんだそれ」




  ───この出会いからアーデルハイドはルーカス・カディオと名乗り、フェリクスのもとで鍛錬に勤しむようになったのだ。



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