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死にたがり魔族の逃避行  作者: 米奏よぞら
第二章

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10.嫉妬

 黒魔法。

 それは、初代魔王が多くの人間を虐殺した際に使ったとされる禁忌魔法だ。

 黒魔法で撃たれた者は、強烈な痛みに苦しみながら命を奪われてしまうらしい。

 何より厄介なのは、たったの一撃で千の生命を消し飛ばすという、その威力だ。


 黒髪赤眼の魔族に襲撃された時、ルーカスからは黒い魔力が微かに感じられた。

 どれも初めて見るものばかりだったが、とりあえず怯える彼を宥めようと思い、そっと肩のあたりに手を置いた。

 その瞬間、びりっと感電したような感覚があった。

 反射的に手を離すより先に、ルーカスによって大きく振り払われる。

 そして、彼の腕に触れた肘の辺りにも先程と同様の痛みが走った。


 最初はなんてことなかった痛みは徐々に熱をもち、冷や汗が吹き出した。

 ルーカスがこちらを見ていないのをいいことに、黙り込んで俯き思いきり顔を顰める。

 テオドールの右腕がじわじわと蝕まれていくのが分かった。


 それが黒魔法だ、と直感するのに時間はかからなかった。


(ルーカスにバレないうちに教会へ行って、聖魔法を受けないと……!)


 宿の部屋へ入るなり、ルーカスはベッドの隅っこで膝をかかえて丸くなってしまった。

 右腕を身体の後ろに隠すようにしながら、必死に普段通りの調子で声をかける。


「俺、夕飯の買い出しに、行ってきますね」


「…………いってらっしゃい」


 ルーカスがこちらに視線を寄越さず返事をする。

 今にも叫びたいほどの激痛に耐えていたテオドールは、少し安堵しながら宿を出た。






 ♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢






 痛みに顔を顰めながら地図を片手に教会を目指していたテオドールは、途中で冷静になって足を止めた。


(黒魔法を浄化してくださいなんてお願いしたら大騒ぎになって、ルーカスにバレるかもしれない)


 しかし、テオドールは聖属性魔法を扱うことができないため、どうしても教会に頼るしか方法がなかった。


「どうすれば……」


 うまく回らない頭を必死に使っていると、突如背後から聞き覚えのある声がした。


「あの、テオドール様」


 初めて来る土地で名前を呼ばれたことに驚きつつ振り返る。

 そこにいたのは、かっこよすぎる専属護衛・アイザックだった。

 どこか気まずそうな表情をする彼に、思わず目を大きく見開く。


「アイザック様……? え、本物ですか?」


「本物ですよ」


「まさか、俺たちの後をこっそりついてきたんですか? 全然気がつきませんでしたけど」


「こう見えて、ストーキングは大の得意なんです」


「え、やば」


「素でドン引きするのやめてください。……というか、その状態でよくそれだけ口が回りますね」


 呆れたようなアイザックの視線が右腕に向けられ、咄嗟に身体の後ろへ隠す。


「……なんの話ですか?」


「ライオネルから襲撃された際におケガをされたのでしょう?」


 ライオネル、というのはあの黒髪赤眼の魔族のことだろうか。

 アイザックが名前を認識しているということは、やはりルーカスが狙われていたのか。


 あの時も監視されていたのなら、テオドールが右腕を負傷したことを知っているのも納得できた。

 しかし、ケガの原因が黒魔法ということまでは分かっていないようだ。


 素直に説明してよいものかと考えていた時、急に周囲の音が消える。

 はっとして顔を上げると、いつの間にかテオドールとアイザックは辺り一面が真っ白な空間にいた。


「え、な、なんで!?」


「フリードリヒ様、予告のない転移は心臓に悪いのでやめてくださいよ」


「うるせー。緊急事態なんだよ」


 困惑するテオドールをよそに、突如姿を現したのは先程助けてもらった魔族だった。

 フリードリヒは、無遠慮にテオドールの右手を掴み、長い袖を肩口まで引き上げた。

 晒された肌は半分ほどが真っ黒に染まっている。

 慌てて抵抗しようとするが、肘や手首を動かすことはおろか、掴まれた部分の神経も麻痺していた。


「絶対に、治してやるからな」


 可愛らしく整った顔立ちで静かに微笑む姿が、ルーカスのものと重なる。


(もしかして、ルーカスの兄弟?)


 ぼーっとする頭でそんなことを考えている間に痛みの感覚すら分からなくなってくる。


「これは、何の魔法なんです? ライオネルってここまで強かったんですか?」


 黒く染まった右腕を見て驚きの声を上げるアイザック。

 フリードリヒはテオドールの頭を優しく撫でながら口を開いた。


「黒魔法だよ。これをかけたのはライオネルじゃなくて、アーデ…………ルーカスだ」


(今フリードリヒ様が言いかけたのって、ルーカスの本名か……?)


 彼らは、テオドールの知らないルーカスの全てを知っているし、彼をとても大切に思っている。

 その事実がこの現状を酷く滑稽に見せた。


 危機的状況に陥って漸く、自分の本音に気がつく。



 テオドールは、ずっと嫉妬していたのだ。



 ルーカスの過去を知るアイザックたちと、


 彼らから愛されておきながら逃げ続けるルーカス自身に。



 ───徐々に薄れゆく意識のなかで、テオドールは乾いた笑いを零した。

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