09.ルーカスの秘密
アロヴィンを出発してからの一週間は、いつもより穏やかで、少し退屈な旅だった。
そしてテオドールたちは今、幸せの都・シストラにいた。
【ハネムーンで訪れると一生幸せになれる都市ランキングNo.1!】
このキャッチフレーズが有名なだけあり、周囲はいちゃらぶカップルで溢れている。
「……ルーカスって、彼女いたことないですよね? 『ルーカスくんは顔が可愛すぎるから、隣に立てる自信ない』って振られたことあるでしょ」
「………………なんで分かるの?」
「そういう顔してます」
「そうなんだ」
気の抜けたような返事に隣を見上げると、そこには見慣れた黒いローブの男がいる。
どう見ても恋人同士でない二人組はただでさえ浮いているのに、彼の怪しげな格好のせいで余計に目立っていた。
(どうせ来るなら、可愛い女の子と一緒が良かったな)
あちこちで見知らぬカップルが熱いキスを交わす異様な空間のなかで、テオドールは思わず遠い目をしてしまう。
「ねえ、ルーカス。なんで俺たち、マリー様から頂いた大金の多くを使って、リア充を観光してるんですか?」
「……死ぬまでに一度、ここへ来てみたかったんだ」
穏やかな表情で告げられた内容に返せる言葉が見つからず、静かに目を伏せて口を噤む。
この男は『ルーカス・カディオとして死ぬため』に旅をしているらしい。
魔王の血を引く第七王子として生まれた彼は、次期魔王として期待されていたにも関わらず、魔力をもたないことが判明すると、あっという間に魔界から追放されたという。
しかし、その後どのように生きてきたのか、なぜ勇者と同じ姓を名乗っているのか、どうして死を望むのかをテオドールは知らない。
だからといって、一向に口を割ろうとしない彼から無理やり聞き出す勇気もなかった。
(俺と二人でいる限りは、急に死のうとすることもないだろうし……)
漠然とした不安から目を逸らすように、精一杯の笑顔を張り付けてルーカスを見上げた。
「十二歳の少年がここにいるのは教育上よろしくないので、早く安い宿を探しましょう!」
そう言って颯爽と歩き始めると、彼は名残惜しそうにしながらもついてくる。
テオドールはともかく、ルーカスは十七歳なので恋愛ごとには強い興味があるのかもしれない。
どこか切なそうな彼の横顔を見ながら、密かにそんなことを考えた。
その時、二人の後方に膨大な魔力とあからさまな殺気を感知した。
反射的に振り向くと、こちらを恨めしそうに見つめる赤い瞳と目が合う。
細身の体躯が纏う魔力は人間離れした量と濃度な上、黒髪赤眼という容姿が彼の強さを証明していた。
「ルーカス。あの方は敵、ですよね?」
「………………」
「ルーカス……?」
目の前の魔族を警戒しながら隣を伺うと、顔面蒼白な彼が目に入った。
両腕で自身の体を抱き込み、不自然なほど震えている。
「……さい、ごめんなさい、ごめんなさい」
様子が豹変したルーカスに気を取られているうちに、魔族が強力な火魔法を放った。
咄嗟に水の防御魔法を張るが、火の威力が圧倒的なため、あっという間に蒸発してしまう。
(上級魔法が全く効かない!? どうすれば!?)
テオドールの目が絶望の色に染まった瞬間、大気の温度が一気に下がり、テオドールの身体からあと数ミリの距離で火球が凍りついた。
「ギリギリ間に合ったな。お前、大丈夫か?」
何が起こったか分からずに硬直していると、ぽんと肩に手を置かれた。
いつの間にか隣には桃色の髪に赤い瞳をした魔族が立っている。
怒涛の魔族フィーバーに、テオドールの思考は完全に停止しそうになる。
だが、最初に襲ってきた魔族の存在を思い出して辺りを見渡すと、既に彼の姿はなかった。
「さ、さっきの、魔族の方は……?」
「え、なんの話? というか、僕もう行かないと」
じゃあね、と氷の彫刻のような微笑みを浮かべると、ヒーローのような魔族は転移魔法で姿を消した。
まさに嵐のような出来事で、思わずその場にへたり込む。
(やっぱり、ルーカスが狙いだったのかな……)
ぼーっとする頭でそんなことを考えて、漸く彼の現状が思い出された。
「ルーカス!」
数メートル後ろで身体を縮こませている彼の元へ慌てて駆け寄り、声をかける。
「ルーカス、大丈夫ですか? 気分が悪いなら、すぐに近くの宿を」
「っ、触るな!」
彼の肩に優しく右手を添えると大きく振り払われ、突如沈黙が訪れる。
右手を握りしめて俯いていると、暫くしてルーカスが先に口を開いた。
「…………ごめん。……なんだか頭痛がするから、早く宿をとって休もう」
ぼそぼそと話すと、すぐに立ち上がり足早に歩き始めるルーカス。
テオドールは無言で彼の後を追う。
そっと開いた右の掌は薄黒く染まっており、振り払われた際に触れた箇所も酷く痛んだ。
それでも、ルーカスから黒魔法の流れ弾を受けたということは絶対に隠し通さなくてはいけない。
(『大切な人を守るため』ってこういうことだったのか……)
脂汗が滲むような痛みに耐えて、無理やり口角を上げる。
ルーカスを救うと決めた以上、自分が彼を精神的に追い詰めるわけにはいかないのだ。




