誓いの剣
魔族の残党を斬り伏せたエファトは、騎士団本部の地下へと降りていた。
リアンの案内で辿り着いたのは、かつての団長が私室兼兵装庫として使っていた部屋。
そこには、今なお清浄な空気と、誇りの香りが残っていた。
「……団長の剣を・・・」
リアンはそう言った。
「俺にか?」
「違います、僕に、です。いや僕じゃなきゃ駄目なんだ」
リアンの手は震えていた。だが、その目には迷いがなかった。
「団長は僕にすべてを託して死にました。だから……僕は、剣を受け継ぎたい。そうじゃなきゃ、前に進めない」
エファトは黙ってうなずき、祭壇のような台座に置かれた一本の剣へ視線を送る。
それは、見るからに異質な剣だった。鍛え抜かれた白銀の刃。柄に刻まれた“誇”の一文字。
魔を払う加護を宿すとされる古の神器、《セイグランス》――誓いの剣。
「……団長の剣か」
「はい。団長は、この剣とともに戦いました。そして、最後にこの剣を僕の前に突き立てて、こう言ったんです」
――「リアン、お前はまだ未熟だ。だが、この剣が必要になる日が来る。
お前だけが、未来へ進め。お前だけが……希望なんだ」
その言葉とともに、視界が揺れた。
リアンの記憶が、エファトに映し出されるように流れ込む。
◇ ◇ ◇
数ヶ月前――国が滅びる直前のローデン。
魔族の軍勢が迫る中、城下にいた団長リュセル・グレンハルトは、すでに決断していた。
「全軍、撤退線を引け。民を逃がす――優先は子どもと病人だ」
「団長、それでは……我らの数が足りません!」
「構わん。俺一人で十分だ」
リュセルの声には、一片の迷いもなかった。
「剣が誇りであるなら、その誇りは誰かを守ってこそ意味を成す。
無辜の者を捨ててまで振るう剣など、ただの獣だ」
リアンは、その言葉を聞いていた。
泣きながら、剣を抜こうとしていた少年の手を、団長は静かに止めた。
「リアン、お前はまだ斬るべき者を知らない。だから、生きろ。
生きて、剣を学べ。誇りを知れ。――そして、未来を斬り開け」
「いやだ……!僕も戦える!団長の横で、僕も……!」
「お前が俺の横に立つのは、今ではない。
俺の役目は、ここまでだ。お前の役目は、これから始まる」
そう言って、団長は《セイグランス》を地に突き立てた。
リアンの前に。それが、生きろという最後の命令だった。
そして団長は振り返らなかった。
城門をくぐり、ひとりで数十体の魔族の群れへと突撃していった。
騎士団長リュセル・グレンハルト。
その名は、剣士の誇りと民を守る意志の象徴として、ここに消えた。
◇ ◇ ◇
リアンが両手で《セイグランス》を持ち上げる。
重かった。剣の重さではなく、背負う“想い”の重さが、少年の腕を震わせた。
「――リアン」
エファトはそっと、彼の肩に手を添える。
「その剣は、斬るためのものじゃない。守るためのものだ。
団長の想いごと、君が背負っていけ」
リアンは、目を閉じてうなずいた。
もう、彼の剣には迷いはなかった。
「……ありがとう、エファトさん。
僕、誓います。いつかこの国を取り戻して、剣士たちの誇りを、もう一度この地に……!」
「ああ。それまでに――俺が魔族の残りを片付けておくよ」
不老剣と誓いの剣。
二つの剣が、今、滅びの中から交差した。
それは、騎士たちの想いを未来へと繋ぐための、**“始まり”**だった。
そして――エファトの目は、次なる戦地へと向けられていた。
次こそは、“この世界を蝕む闇の中枢”そのものを斬るために。




