希望の残り火
エファトは、廃都ローデンの中央――かつて王城がそびえていた場所に足を踏み入れていた。
朽ち果てた塔、崩れた玉座、砕けた石碑。そのどれもが、栄光と滅びの記憶を語っている。
だが、その中に――わずかに、今を生きる者の気配があった。
古びた訓練場の片隅。そこにいたのは、まだ十代半ばとおぼしき少年だった。
汚れた騎士服。刃こぼれした剣。それでも、背筋は伸び、瞳はまっすぐにエファトを見据えている。
「誰だ……君は」
「旅人だ。通りすがりにしては少々場違いな場所だがな」
「……この国に、旅人なんて、もう来ないはずだ」
「だからこそ来たんだよ。滅びたはずの国に、火がまだ残っているかを確かめにな」
少年は一瞬、警戒の色を見せたが、それもすぐに崩れた。
彼は剣を下ろし、地面に腰を落とす。
「……名前は、リアン。ローデン騎士団見習い、だった者です」
「リアン。なぜ君はここに残っている?」
「……ここが、僕に託された場所だからです」
リアンの視線が、訓練場の壁に貼られた一枚の古びた布へと向けられる。
それは、かつての騎士団の誓いの旗――もう色あせ、文字すら読み取れない。
「魔族に囲まれたとき、僕たちは負けていました。
でも、騎士団長は戦おうとした。……最後まで、民を守ろうとしたんです」
「……だが、それでも滅びた」
「はい。魔族は、捕らえた村人たちを盾にしたんです。
騎士たちは……剣を振れなかった。誇りのために、誰かを犠牲にすることはできなかった」
リアンの拳が、震えていた。悔しさと、哀しみと、自責が滲んでいる。
「団長は、僕に言ったんです。
“リアン、お前だけでも生きろ。お前が、最後の騎士だ。希望を継げ”って」
「……その言葉、重すぎるな。見習いの君には」
「わかっています。でも、逃げたくなかった。だからここに残った。
いつか、この地を取り戻すって……この剣を、誇りを、捨てないって」
その言葉を聞いて、エファトはゆっくりと剣の柄に手をかけた。
背にあるのは、不老剣。
その瞬間、風がざわめいた。気配――魔族の群れが、廃都の中枢に入り込んできていた。
「……下がってろ。剣を捨てられなかった者の代わりに、俺が斬る」
エファトの足元から、時間が震えたような感覚が広がる。
次の瞬間――彼は跳んだ。
魔族三体が、瓦礫の陰から飛び出す。
牙を剥き、腕を振り上げ、咆哮を放った瞬間。
ザシュッ――
一つ、首が飛び、
二つ、胴が裂かれ、
三つ、地に沈んだ。
時間すら置き去りにしたその斬撃に、リアンは声を失った。
ただ風だけが、エファトのコートを揺らしていた。
「……すごい……なんだ、その剣……!」
「“時を断つ剣”。不老剣。
だが、剣がすごいんじゃない。守るべきものがある時、人は強くなれるだけだ」
エファトはリアンに歩み寄り、その肩に手を置く。
「リアン。君はまだ見習いかもしれない。けど、剣を捨てなかった。
なら、その火はもう“希望”と呼んでいい」
その言葉に、少年の瞳に光が戻った。騎士団の誇りが、彼の中でふたたび灯るように。
「君は、この国の未来だ。俺はそのための“炎除け”でしかない。
だが君が希望なら――俺は、斬ってみせる。魔族も、呪いも、世界の絶望すらも」
こうして、“希望の残り火”は再び燃え上がった。
それは、ただの生き残りではない。
やがてこの世界を導く、“真の英雄”の始まりであった。
そして、不老なる剣士は歩む。
次なる死地へ。次なる物語へ。
物語の外に立つ者として――