剣の死地に立つ者
かつて、そこは剣の国と呼ばれた。
人族の中でも最強の剣士たちが集い、騎士道と誇りを掲げ、幾度となく魔の軍勢を退けた国。
だが今、そこには何も残っていなかった。
砕けた城壁。風化した剣。血に塗れた旗。
剣士たちは死に、誇りは捨てられ、王は首を刎ねられた。
魔族の侵攻によって、国ごと滅んだのだ。
エファト・ストライヴがその地を踏んだのは、旅に出て数日後のことだった。
村の結界を出たときに感じた、世界の空気の変化。それが、ここに来て一層濁っているのを感じた。
「……この空気。死者の怨念か、それとも――魔か」
インフィニットソードの柄に手を添える。
剣は静かに脈動していた。まるで、この地に潜む“時間の歪み”を警告するかのように。
エファトが立つのは、かつての騎士団本拠地――ローデン砦の外郭。
瓦礫の間からは、錆びた剣が無数に突き刺さっていた。
その一本一本が、かつてここに生きた剣士たちの証だった。
「……誇りを持たぬ剣は、斬れぬ。か」
彼の記憶に、かつての師の言葉がよぎった。
それを嘲笑うように、乾いた笑い声が背後から響いた。
「人間が、まだ残っていたとはな」
振り返ると、そこにいたのは“異形の影”。
黒い外殻を持つ巨体、歪な刃を腕に持ち、血のような目を光らせている。
魔族――“城喰い”と呼ばれた上位個体。
「ようやく一匹見つけた。俺に会いに来たのか?」
エファトは問うた。
答えの代わりに、魔族は一歩を踏み出し、地を裂いた。
「なら、いい。試してみたかったんだ。不老剣の“本気”を」
瞬間、エファトの背にある剣が光を放つ。
インフィニットソード。
それは“時の停止”を内包する剣――斬られたものは、その瞬間に“今”で凍りつく。
魔族の巨腕が振るわれた。
地を砕く一撃。風圧だけで木々が吹き飛ぶ。
――だが。
その刃が届くより早く、エファトの姿が消えた。
そして、一閃。
「《時断・一手》」
時間が止まったわけではない。
“敵だけ”が、今という瞬間に置き去りにされた。
アバグ・レイスの首が、斜めに落ちる。
血飛沫も遅れて舞い、巨体が崩れ落ちるまでに、数秒かかった。
「……なるほど。斬れ味は、問題ないな」
エファトは剣を鞘に収め、また一歩、死の地の奥へと進んでいく。
彼の進む先には、魔族が巣食い、人族が恐れて近づかぬ廃都がある。
そこに、まだ“斬られるべき魔”が残っている。
死に絶えた剣士たちが護れなかったものを、
今――“不老なる剣士”が、誇りをもって守りに行く。
そして、風が語る。
その者は、千の魔を斬り、万の戦を渡り、やがて“剣の伝説”となるのだと――。




