不老剣の刻印
朝靄の中、エファト・ストライヴは村の東、**“時の神殿”**へ向かっていた。
昨日の騎士争奪戦を経て、彼は次代の“守人”に選ばれた。
今日、彼は正式に《不老剣》を継ぎ、村の外――すなわち“不老を失うはずの場所”へ旅立つことになる。
しかし、彼にはすでにその力がある。
村の外でも、不老を保つただ一つの手段――
《インフィニットソード》の継承。
神殿は村の最奥にある。
外から見れば小さな石造りの社だが、その奥には広大な空間が隠されており、不老族の真なる力が眠る場所でもある。
「来たか、エファト」
待っていたのは、老いた風貌の長老――ユラス・セイン。
不老族の中でも最古参にして、数千年を生きる存在。彼だけは、神殿の中にある“真実”を知っていた。
「剣を継ぐ覚悟は、あるか?」
「はい」
「それは生半可なものではない。この剣は、不老の加護を与える代わりに、“時の業”も背負わせる」
「……それでも、俺は行きます。知りたい。村の外にある、すべてを」
ユラスは静かにうなずき、祭壇の奥へ進んだ。
そこには、黒い石の台座と共に、一本の剣が横たわっていた。
インフィニットソード。
黒曜石のような鞘。柄に埋め込まれた青白い宝石が、鼓動するように光っている。
「この剣は、“時間”を閉じ込めたものだ」
「時間を、閉じ込めた……?」
「不老とは、時間の流れを断つこと。剣の中には、お前が歩むべき“時”の可能性が眠っている。……それを、選び取れ」
エファトが剣に手をかけた瞬間――
世界が反転した。
暗闇の中、彼は一人立っていた。
何もない空間。音もなく、重力すら感じない。
「……ここは」
『これは、時の中。お前の“未来”だ』
どこからか、声が響く。
男とも女ともつかない、澄んだ音だった。
『この剣を持つことで、お前は“無限の時”を歩く。だがその代償として、お前は――物語の外に立つ者となる』
『家族も、仲間も、友も、すべての“時間の中に生きる者”から遠ざかる』
「……それでもいい」
エファトは剣を見据えた。
「俺は、その代償を理解してる。孤独でも、歩く。知るために。見るために。生きるために」
『ならば――刻印を受け入れよ』
次の瞬間、彼の胸に熱が走った。
炎のような光が広がり、肌の下へ沈んでいく。
紋章――時を象った輪が、彼の心臓の奥へと刻まれた。
《不老剣契約・発動》
気がつけば、神殿に戻っていた。
手には確かに、インフィニットソードがあった。
それはただの剣ではなく、彼自身と結びついた、“もうひとつの魂”のような存在となっていた。
「契約は完了したか」
「……はい。俺の中に、何かが刻まれました」
ユラスはゆっくりと頷いた。
「お前は、もう村の者ではない。“時の外を歩む者”だ」
――旅立ちの朝。
村の門に、ゼイヴと数人の親しい村人たちが集まっていた。
皆、悲しみよりも、静かな尊敬の眼差しを向けていた。
「兄さん」
「……ゼイヴ」
弟は、無理に笑った。
目は赤く、声は震えていたが、それでも立っていた。
「旅の途中、もし辛くなったら、思い出して。
この村のこと。俺のこと。……家族のこと」
「そんなの忘れるわけない」
エファトは肩を叩き、インフィニットソードを背負い直した。
「ありがとう。ゼイヴがいたから、俺はここまで来れた」
門がゆっくりと開く。
その先にあるのは、数千年見続けてきた村の風景とは全く異なる世界。
風が変わる。空が遠くなる。木々の色すら、微妙に違っていた。
こうして、不老なる者が、不老の村を出る。
すべてを捨て、ただ一人で旅に出る。
それは、ひとつの物語の終わりであり――
すべての物語の序章であった。
そして彼の旅は、やがて、数多の世界に影響を及ぼす。
剣と共に時を越え、幾千の英雄たちと交錯する、悠久の物語へと。