偽王の玉座、ヴェルディオ動乱
霧海を越え、アエストリウムに上陸してから数日。
塔都市セリディアの廃修道院で“第二の覚醒”を遂げたリアンたちは、次なる拠点――塔都市ヴェルディオへ向かっていた。
「ここが……腐った王が支配する塔か」
リアンは、塔の上空に揺れる黒き魔炎の旗を見上げた。
塔の構造は異様だった。かつては学術と詩の都として知られたはずが、今では塔の中腹から異形の蔦が這い出し、街の空を覆っている。
「この王は、“植物系の魔族”と契約した。塔全体が奴の結界になってるの。
正面から突破するのは難しい」
スフィアが言った。
「裏手に“聖歌の礼拝堂”があるはず。そこはまだ結界が薄い。あそこから侵入すれば――」
「……誰かいる」
エファトが小声で制した。
次の瞬間、礼拝堂の前に、ひとりの修道女風の少女が立っていた。
肩までの白金の髪。古びた僧衣。だが、その瞳は――どこかリアンに見覚えがあった。
「……まさか……セリナ?」
「……そう見えたか。なら、これは成功ね」
彼女が微笑んだ。
「私は《セリナの分身体》。セリナの記憶と一部の感情から構成された存在。
このアエストリウムに、“もし何かあったとき”のため、彼女が残していた切り札よ」
リアンの瞳が揺れる。
「……お前は、彼女なのか?」
「……私は、彼女の“願い”そのもの。
本体はもういない。でも、私には確かに――リアン、あなたと過ごした記憶がある」
その目に、確かな温もりがあった。
「ここから先、私が案内する。
塔の中には、“王剣を拒絶した者”がいる。それがこの地の偽王――《アシュヴェル・カルマイン》」
塔の奥、荘厳な玉座の間。
「……歓迎しよう。よくぞ、ここまで来た」
現れたのは、金糸の衣を纏った美丈夫――アシュヴェル。
その目は虚ろで、口元には嘲るような笑みがあった。
「人族は誓いを叫び、誇りを振りかざす。……だが、それが何の意味を持つ?
この大陸に必要なのは、“支配”だ。剣ではなく、絶対の命令なのだよ」
彼の周囲には、花のような魔族の触手が揺れていた。
「お前がこの都市を腐らせた。人を“根”に変えて魔力を得ていると聞いたが……本当か?」
リアンが剣を構える。
「人を生かすために、形を変えているだけだ。彼らは喜んで大地と一つになった。
……お前も、変わるか? 君の剣すら、この塔では枯れ葉のように朽ちるぞ?」
「そんなもの、誓いの刃で――切り払う!!」
リアンが飛び出した。
剣が魔の根を斬り裂く。黒い血が迸る。
「ほう。ならば、見せてみろ――その第二の覚醒の“価値”を」
アシュヴェルが手をかざす。
塔全体が震え、天井から無数の蔦が降り注ぐ。
「“塔喰らい”よ! 我が敵を飲み込め!!」
エファトがリアンを庇い、空中で不老剣を抜く。
「【時翔斬・無影】――!」
時間を斬る一閃が、すべての蔦を分断した。
「……その剣、やはり“あれ”か。なるほど、貴様らはこの大陸の秩序すら破壊するつもりか!」
「違う。“お前が築いた偽の秩序”を壊すだけだ!」
リアンのセイグランス・レガリアが光る。
第二段階の覚醒――【誓技・雷迅双牙】が発動する。
斬撃が、雷を帯びてアシュヴェルの鎧を貫く。
「ぐ……!?」
玉座が砕け、アシュヴェルの身体が吹き飛ぶ。
「……これで、塔の呪いは解ける」
セリナの分身体が静かに手をかざす。魔力が霧を吸収し、空気が澄んでいく。
「だが、彼は……まだ“駒”にすぎない」
「……え?」
「この大陸の支配の裏には、“より古き魔族”の意志がある。
この地を巡る真の争いは、これから始まるのよ」
リアンは剣を見つめる。
柄の第二紋章が、静かに光を灯していた。




