不老騎士争奪戦
村の空気が張り詰めていた。
広場には、村人たちが数百人単位で集まり、静かに見守っている。
その中央、円形の闘技場のような空間に、二人の少年――エファトとゼイヴが立っていた。
不老族の「騎士争奪戦」。
それは、ただの剣の勝負ではない。
試されるのは技、心、そして**“時への覚悟”**。
勝者はインフィニットソードを継ぎ、村の外へ旅立ち、不老族の時を守る“守人”として生きる。
エファトは目を閉じて、息を整えた。
隣に立つ弟の気配は、まるで鏡を見ているように静かで、鋭かった。
この戦いは遊びじゃない。
どちらか一方が、村に残り、もう一方は永遠にここを去る。
「始めよ」
長老の声と同時に、風が止まり、時間が凍るような感覚に包まれた。
そして――
ゼイヴが先に動いた。
しなやかで無駄のない踏み込み。腰の短剣を抜き、一閃する。
「――速いな」
エファトは身を引きつつ、木剣で受け流す。
互いの武器は訓練用の木剣と短剣。致命傷にならぬよう工夫されたものだが、それでもその速度、力、気迫は尋常ではない。
連撃、躱し、突き、払い、そして距離をとる。
周囲からは歓声も罵声もなく、ただ静寂が流れていた。
二人の戦いは、まるで舞のようだった。
呼吸すら同調するかのような動き――それは、互いに何千時間も共に剣を振るってきた証だった。
そして、ゼイヴが言った。
「兄さん、俺じゃ……ダメか?」
その一言に、エファトの瞳が揺れた。
だがすぐに、瞳の奥に深い静けさが戻る。
「……そんなことはない。お前は誰より強く、優しい」
「だったら!」
「だからこそ、この剣は俺が持つ」
エファトの木剣が、真っ直ぐに伸びた。
ゼイヴの短剣を絡め取り、回し、そして――落とす。
カラン、と音を立てて短剣が地に落ちた。
「……!」
ゼイヴの目が見開かれる。
その瞬間、空が少し赤く染まり始めていた。
村の空は変わらぬもの――その色が変わることは、何かの兆しだった。
「勝者、エファト・ストライヴ」
長老が告げる。
観衆は静かに、深くうなずくような雰囲気に包まれた。
ゼイヴは、膝をついたまま俯いた。
そして、小さく笑う。
「……やっぱり、兄さんだよな。俺には、外の世界を背負う覚悟が足りなかったんだ」
エファトは黙って弟の前に立ち、手を差し出す。
ゼイヴはそれを握り、立ち上がった。
祭壇の前。
村の神殿の奥から、長老の手によって、一本の剣が取り出される。
黒い鞘に収められたその剣。
手にした瞬間――時間の流れが、わずかに“止まった”。
不老剣。
エファトがそれを握った瞬間、風が、世界が、村の空気が変わった。
「エファト・ストライヴ。汝は今より“不老騎士”なり」
その夜、村の空に星が瞬いた。
双子は、丘の上に並んで座っていた。
「……ありがとう、ゼイヴ。お前と争って、初めて分かったよ」
「何を?」
「俺は、守るために旅に出るんじゃない。“知る”ために、旅に出たいんだ」
ゼイヴは、目を細めて頷いた。
「その言葉が言えるなら、兄さんはもう、本物の騎士だよ」
夜が静かに更けていく。
やがて、明日には旅立ちの日が来る。
不老の村を出るということ。
それは、時を手放す者にとって、最も大きな決断だった。
だが、エファトの背には今――
一本の剣と、確かな“覚悟”が、ある。
そして、物語は動き始める。
時を超え、物語を渡る、悠久の旅へ――。