腐牙姫の死の花園
そこは、かつて貴族たちが栄華を誇った街、ルベリア。
いまや毒の瘴気が立ちこめ、花弁のように舞うのは死霊の骨。
「……ここが、“腐牙姫ザレア”の縄張りか」
エファトがマントの裾を翻しながら、腐りかけた瓦礫を踏みしめた。
「人の気配は……ないですね。でも、何かが蠢いてる……」
リアンの声に、嫌なざわめきが混ざる。
土の下から、壁の裏から、まるで這い寄るように“何か”が近づいてきていた。
――カラカラカラ……ッ
朽ちた鎧を纏ったまま、死霊の群れが這い出してくる。
かつての兵士、商人、子供すらも――。
「こいつら……!」
リアンが剣を構えるが、その瞳がわずかに揺らぐ。
見知った顔があった。訓練場で見た老騎士の亡骸が、ゆっくりとこちらに手を伸ばしていたのだ。
「どうした。お前はそれを斬れるか?」
エファトの声が、背後から静かに問いかけてくる。
「……わかってます。あれはもう、“人”じゃない……!」
リアンは叫ぶように【破魔閃】を放ち、死霊の波を斬り裂いた。
そのとき――
「あらあら。可愛い剣士さん。随分と冷たいことするのね」
上空から、花びらのように毒の霧が降ってくる。
月の光を背に、黒衣の魔族が舞い降りた。
全身を黒い薔薇のようなドレスで包み、白く透ける肌。
瞳は紅く、微笑は甘く、そして――底知れない狂気に満ちている。
魔族四天王・腐牙姫ザレア。
「久しぶりに“生きた人間”が来たのね……ふふ、食べてあげようかしら? あなたの“希望”、その身ごと全部」
「……お前が、この街をこんな風にしたのか」
「ええ。だって人間って、腐ったほうが綺麗でしょ? 剥き出しの魂って、花みたいに脆くて、美しいの」
ザレアが指を弾く。
死霊たちが一斉に動き出す。そのうちの数体――なんと、騎士団の紋章を付けた亡骸がいた。
「……ッ!」
リアンの足が止まった。
「懐かしいでしょ? あなたが憧れた“先輩たち”よ。斬れるかしら? 愛した仲間を――」
「やめろ……ッ!!」
リアンの声が、空気を裂く。
「そんなもの……そんな卑劣な幻影で、俺の剣は揺らがない!」
ザレアが笑う。
「でも現に、震えてるわよ? 剣も、心も」
「……だったら、見せてやる!」
リアンが【輪風連舞】の構えを取る。
そして、一歩。二歩。舞うような剣の連撃が、亡骸たちを浄化していく。
「この剣は、“誇り”を護るためにある!
過去に縋るためでも、怯えるためでもない!
俺は、俺の信じる“未来”のために――斬る!!」
リアンの瞳が燃える。
そのとき、ザレアの顔から笑みが消えた。
「……本気で言ってるのね。
なら、壊してあげる。“心”ごと」
ザレアの全身が毒の霧に包まれ、巨大な魔族形態へと変貌していく。
黒い翼、毒の触手、そして背中から咲く“死の薔薇”。
「リアン――下がれ。ここからは、俺も行く」
エファトがついに不老剣を抜いた。
「……刹那断ち。不老剣式、“断時一閃”」
その刹那、空間が止まり、毒の霧が消え、ザレアの触手が一本……斬り落とされていた。
「時を……斬った?」
「行け、リアン。お前の“誓い”で――あいつを、終わらせろ」
リアンは、迷わず跳んだ。
毒の霧を斬り裂き、死の薔薇を突き抜け、ザレアの心臓へ――
「これが、俺の“誓いの剣”だ!!」
《セイグランス》が、確かに命を貫いた。
腐牙姫ザレアの身体が崩れ、死霊の瘴気が空に消えていく。
「……終わったのか」
「いや、まだ“ひとつ”だ。あと三つ、そしてその先に――魔族王がいる」
エファトとリアンが並び立つ。
血と誓いを越えた二人の戦士が、次なる戦場へと歩みを進める。
今こそ、世界を取り戻す剣が揃ったのだ。




