時に愛された村
世界の北東、大陸の片隅に人知れず存在する小さな集落があった。
地図にも記されず、国にも属さず、訪れる者もいない。だがその村こそが、かつて神話の時代に“時を守る者”とされた――不老族の集落だった。
花が一年中咲き、風は絶えず穏やかに吹き、森の木々はいつまでも若葉を湛える。
時が流れているのに、老いるものがいない。子どもたちは成長するが、ある歳を境に身体の成長が止まり、そのままの姿で数百年、あるいは数千年を生きる。
それが、不老族の暮らす村〈ストライヴ〉の真実だった。
その村の奥――大樹の根元にある、二つ並んだ家。
そこに暮らす双子がいた。
「エファト、また弓壊したの? それ、三本目だよ」
「仕方ないだろ。鳥を狙ったんじゃなくて、空を割ろうとしてたんだから」
少年はにやりと笑って、手にした弓の折れた弦を見つめる。もう一人の少年は、呆れたように肩をすくめていた。
双子の兄、エファト・ストライヴ。
そして、弟――ゼイヴ・ストライヴ。
二人は外見こそ瓜二つだったが、性格は対照的だった。
エファトは自由奔放、好奇心に溢れ、空や遠い山を見ては「外の世界」を夢想する少年。
ゼイヴは思慮深く、村の規律を重んじ、他者の心の機微を読むのに長けていた。
「また村長に怒られるよ。結界の外に出ようとしたでしょ」
「出ようとしたんじゃない。“越える方法”を探してたんだ」
「それを“出ようとした”って言うんだよ……!」
二人のやりとりは日常茶飯事だったが、どこか互いの言葉を楽しんでいるようでもあった。
幼い頃から、互いに唯一の理解者であり、最大のライバルでもあった。
ストライヴの村には、ひとつの厳格な掟がある。
「村を離れるな。外では不老でいられぬ」
この掟は神殿に刻まれ、代々の長老たちによって守られてきた。
そして、少年たちも知っている。
この村を包む“時の結界”が、彼らの不老の本質であるということを。
ある日のことだった。
村の広場に集められた住人たちの前で、長老たちが告げた。
「時が来た。次代の不老騎士を選ぶ」
空気がぴりりと張り詰める。
「この地を守り、外敵を退け、時の秩序を維持する者。千年に一度の“騎士争奪戦”を執り行う」
村の中心にある祭壇には、ただ一本の黒い鞘に収まった剣が安置されていた。
――不老剣〈インフィニットソード〉。
それは神殿の奥に封じられていた、唯一「時を外に持ち出す」ことができる力。
つまりこの剣を持つ者は、村の外に出ても老いることはない。
「挑戦者は……エファト・ストライヴ、ゼイヴ・ストライヴ。双子の若者。お前たちが候補となる」
人々がざわついた。
二人は同時に拳を握った。
これは、ただの武の試練ではない。
“村に残る者”と“村を離れ旅立つ者”――未来の方向を選ぶ、兄弟の運命の分岐点だった。
「ゼイヴ」
「……分かってる。俺たち、次で決まるんだな」
騎士争奪戦。
それは不老族の儀式であり、次代の“時間の守人”を決める神聖なる戦。
村の秘密を背負い、未来へ進むのはどちらか。
村の外で“不老”でいる資格を持つのは、たった一人――
インフィニットソードに選ばれし者だけ。
夕暮れの村。双子は並んで空を見上げていた。
変わらぬ空、変わらぬ風、変わらぬ時間。
だが彼らは、知っていた。
この日常は永遠ではない。いや、永遠にしてはいけない。
「兄さん。もし、俺が勝ったら……」
「お前が旅に出るなら、全力で祝ってやるさ」
「……でも、俺は、お前に行ってほしいと思ってる」
そう言った弟の目は、迷いを抱えていた。
そして、兄の目には――決意が宿っていた。
不老なる者が、不老の時を捨てて旅に出る。
その物語が、今まさに始まろうとしていた。




