表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リボン・カノン-―首輪で“かわいい”を-  作者: NOVENG MUSiQ
蝕声セラフィック・サーキット
8/24

第2話 胎パイプ・ラビリンス

 廃都の地下へ通じる通気孔は、外壁のひび割れから覗く黒桟(くろざん)の管楽器のようだった。ひとたび足を踏み入れれば、ぬるりと温い風が頬を()め、壁面に散らばる水銀色の符号(コード)が鼓動と同期して脈を打つ。汗に混ざる硫黄、《胎内(たいない)》の匂い。私は生温い空気を肺に満たしながら、舌の裏で「恐怖」を丸呑(まるの)みした。


 「中心部に《胎動管(アムニ・パイプ)》——巨大なシリンダーがあるはずだ。可愛性値を声へ圧縮して送り出す心臓(しんぞう)だ」


 珈平が罐を開き、走査虫(スキャン・ワーム)を散布。銀糸が空中に迷宮図を映写(えいしゃ)し、脈動する赤黒いスポットが脳裏へ焼き付く。私は喉痕を指で押さえた。そこを境に、過去と現在を切り離して立っている自分を確かめるためだ。


 管内の壁が震え、乳児の()き混じりのノイズが響く。声帯蟲(ヴォイス・ワーム)——可愛性値を養分に孵化し、泣き声を機械音へと変える寄生体。孔雀翼(くじゃくよく)を展開した心愛が哭音盾(クライ・シールド)を張り、私は短剣を光糸(こうし)へ変えて闇の中を斬り払う。匂いは粘液、手触りはぬるりとした臓物。切り裂く度に飛散する液体が鉄を帯びた甘さで喉奥を焦がした。


 〈かわいい? まだ潜む?〉合唱隊が輪唱を始める。私は問いに答えず、耳を澄ませた。遠く、胎動管が規則正しく息を吐く音——新しい首輪を鍛造(たんぞう)する亡霊の心拍だ。


 奥へ進むほど空気は重く、歩を進めるごとに皮膚が粘膜で覆われる感覚に襲われた。心愛の肩傷が再び(にじ)み、焦げた匂いが甘藍の匂いに混ざる。「声を奪われる前に、一息で決めるわよ」彼女が唇を湿らせるたび、孔雀翼が微かに震えた。


 私は頷き、(かかと)で管床を打つ——合図(あいず)。鼓動が三拍に束ねられ、銀糸が道筋を灯す。迷宮図は私たちを胎動管へ導く回路図へ姿を変え、赤黒いスポットはより鮮明な脈動で私の網膜を染めた。


 五感の境目が曖昧になり、音は匂いへ、匂いは味へ、味は痛みへと連鎖していく。だが私は指先の感覚だけは失わないよう短剣を握りしめた。そこには確かに、まだ誰のものでもない私の拍が宿っている。


 「行こう、ゼロから——∞へ」


 沈黙の中で放たれた私の声は、胎内の粘膜に吸い込まれ、代わりに低いうねりとなって迷宮全体を揺らした。胎動管が応えるように脈を速め、遠くの壁面から血管のような赤い光が()い回る。


 恐怖は甘く、痛みは蜜のようだった。私たちはその甘美を()み込み、より深い闇へと跳び込んだ——今度こそ、首輪を終わらせるために。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ