第2話 胎パイプ・ラビリンス
廃都の地下へ通じる通気孔は、外壁のひび割れから覗く黒桟の管楽器のようだった。ひとたび足を踏み入れれば、ぬるりと温い風が頬を舐め、壁面に散らばる水銀色の符号が鼓動と同期して脈を打つ。汗に混ざる硫黄、《胎内》の匂い。私は生温い空気を肺に満たしながら、舌の裏で「恐怖」を丸呑みした。
「中心部に《胎動管》——巨大なシリンダーがあるはずだ。可愛性値を声へ圧縮して送り出す心臓だ」
珈平が罐を開き、走査虫を散布。銀糸が空中に迷宮図を映写し、脈動する赤黒いスポットが脳裏へ焼き付く。私は喉痕を指で押さえた。そこを境に、過去と現在を切り離して立っている自分を確かめるためだ。
管内の壁が震え、乳児の哭き混じりのノイズが響く。声帯蟲——可愛性値を養分に孵化し、泣き声を機械音へと変える寄生体。孔雀翼を展開した心愛が哭音盾を張り、私は短剣を光糸へ変えて闇の中を斬り払う。匂いは粘液、手触りはぬるりとした臓物。切り裂く度に飛散する液体が鉄を帯びた甘さで喉奥を焦がした。
〈かわいい? まだ潜む?〉合唱隊が輪唱を始める。私は問いに答えず、耳を澄ませた。遠く、胎動管が規則正しく息を吐く音——新しい首輪を鍛造する亡霊の心拍だ。
奥へ進むほど空気は重く、歩を進めるごとに皮膚が粘膜で覆われる感覚に襲われた。心愛の肩傷が再び滲み、焦げた匂いが甘藍の匂いに混ざる。「声を奪われる前に、一息で決めるわよ」彼女が唇を湿らせるたび、孔雀翼が微かに震えた。
私は頷き、踵で管床を打つ——合図。鼓動が三拍に束ねられ、銀糸が道筋を灯す。迷宮図は私たちを胎動管へ導く回路図へ姿を変え、赤黒いスポットはより鮮明な脈動で私の網膜を染めた。
五感の境目が曖昧になり、音は匂いへ、匂いは味へ、味は痛みへと連鎖していく。だが私は指先の感覚だけは失わないよう短剣を握りしめた。そこには確かに、まだ誰のものでもない私の拍が宿っている。
「行こう、ゼロから——∞へ」
沈黙の中で放たれた私の声は、胎内の粘膜に吸い込まれ、代わりに低いうねりとなって迷宮全体を揺らした。胎動管が応えるように脈を速め、遠くの壁面から血管のような赤い光が這い回る。
恐怖は甘く、痛みは蜜のようだった。私たちはその甘美を嚥み込み、より深い闇へと跳び込んだ——今度こそ、首輪を終わらせるために。