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リボン・カノン-―首輪で“かわいい”を-  作者: NOVENG MUSiQ
蝕声セラフィック・サーキット
7/24

第1話 裂孔ノイズ・アリア

挿絵(By みてみん)

 黎明(れいめい)(あかつき)の狭間、空は葡萄鼠(えびねずみ)を滲ませた灰紫(はいむらさき)に染まり、かつて双月を貫いていた∞の紋は欠片のまま宙を彷徨(さまよ)っていた。私、香坂(こうさか) 美流久(みるく)瓦礫(がれき)に寝転ぶ姿勢で目を覚まし、胸奥の獣鈴(けものすず)がまだ異常拍を刻んでいることを確認する。肺の奥に入った空気は、甘藍(キャベツ)沈丁花(じんちょうげ)をまぶした鉄錆(てつさび)の様な匂いを含み、ひんやりとした痛みで喉を洗った。


 指先で(くび)をなぞる——黒曜のリボンは無い。けれど火膚(ひふ)のように赤い(あと)がまだ私の呼吸に合わせて脈を打つ。あの首輪を剥いで手に入れた自由は、甘美(かんび)というより空虚に近い後味を残していた。


 「また測定が始まったわ。可愛性値(かわいい)、新しい単位でね」


 背後で聞こえた声は桜井(さくらい) 心愛(ここあ)のもの。彼女は孔雀翼(くじゃくよく)の裂け目を縫いつつ、(いちご)を溶かした微糖の様な響きを残して微笑(ほほえ)む。その肩傷は乾ききらぬ赤黒(あかぐろ)い輪郭をつくり、硫黄にも似た焦げた匂いを振りまいていた。


 足場の鉄骨が()り、白鷺(しらさぎ) 珈平(かへい)が姿を現す。油と(ひのき)の香りが私の鼻腔(びくう)にひとときの安堵(あんど)を運ぶ。彼が掲げる残響罐(リバーブ・カン)には、昨日失ったはずの音が脈動していた。


 「深層で《蝕声(しょくせい)サーキット》ってやつが動いてる。可愛性値を“声”に変換して流通させる装置さ。核心は《声の工場(ヴォイス・ファクトリ)》——あそこを止めないと、また首輪が量産される」


 〈リピート?〉合唱隊(ドールシェイド)——頭蓋(ずがい)に棲む少女たちの亡霊——が囁く。私は舌の裏で鉄の味を確かめながら、短剣の柄を握った。「いいや、リピートじゃない。今度こそ拍を私たちのものにする」


 粉硝子(こなガラス)が雨のように降る空を見上げ、私は瓦礫を蹴る。肺に突き刺さる甘苦い匂い、足裏へ伝わる粉のざらつき、遠くの熔鋳炉(ようちゅうろ)から漂う焼鉄と油脂の混じった煙。五感のすべてが私に告げる——戦いは、まだ幕開けに過ぎない。

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