表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リボン・カノン-―首輪で“かわいい”を-  作者: NOVENG MUSiQ
絞首譜―ゼロ/∞リボリューション―
3/24

後編 ゼロ/∞

 封龍(アルカナ・ドラゴン)胸郭(きょうかく)に埋まった魔核(コア)が、鼓動(こどう)のたびに蒼黒(そうこく)の火花を吐く。街路は熔鉄(ようてつ)の川と化し、遠景の塔が溶け崩れる音がシンバルを連打(れんだ)するように肺を揺らした。

 私は短剣(ダガー)を握り直す指の震えを、合唱隊(ドールシェイド)の囁きで誤魔化す。

 〈かわいい? その首輪、まだ噛みつく?〉

 「噛ませてやるさ。咎も(のろ)いもまとめて、ね」


 桜井(さくらい) 心愛(ここあ)は血塗れの肩を押さえながら、なお孔雀(くじゃく)のリボン羽を広げていた。焼肉(焼肉)の様な匂いが風に紛れ、胸が軋む。

 「終楽章(フィナーレ)を歌うには、まだ声帯(コード)が足りない」

 「じゃあ、世界ごとスピーカーにしようぜ」

 私の冗談に彼女は笑わない。ただ眉端(みけん)の汗が(しずく)をこぼし、夜光で蒼く光った。


   宰相(さいしょう)の骸が残した緋鱗杖(ひりんじょう)を拾い上げる。杖頭の宝珠(ほうじゅ)蜘蛛(くも)の巣のような(ひび)を抱え、それでも内部に渦巻く赤黒(あかぐろ)可愛性値(かわいい)は脈動を止めない。

 私はリボンを喉へきつく巻き直し、杖を焦点(しょうてん)に魔力を穿流(はきなが)す。熱が骨膜(こつまく)を焼き、視界が皿状(さらじょう)に歪む。

 双月(そうげつ)が頂点を越える刹那、心愛が合図。

 「ゼロ/∞リインカネーション・ファイナルプロトコル、起動」

 彼女のコーラスが空気(くうき)を震わせ、亡霊少女たち――女児形影(ドールシェイド)――が瓦礫の影から湧き、輪唱を重ねる。


 ♪かわいい かわいい

 ♪壊して 産まれて

 ♪ゼロ ∞


 音はやがて光へ転じ、封龍の脊椎(せきつい)(げん)に変えて共鳴した。都市全体が共振箱(レゾナンス・ケージ)となり、私たちの叫歌(きょうか)を拡声する。

 魔核が悲鳴をあげる。琥珀(こはく)めいた殻が茨棘(しきよく)のように()け、幼生光(ようせいこう)(あば)れだす。


 その光が頬を撫でた瞬間、幼い頃の自分が脳裏(のうり)(ひらめ)いた。

 親指(おやゆび)ほどの小さな私が、誰かに「かわいいね」と頭を撫でられ、ただそれだけで世界を(ゆる)せる気がしていた頃。

 胸骨(きょうこつ)が痛い。

 でも同時に、あの掌が(かこ)った檻を今も(にく)んでいる。


 「かわいさは嗜虐(しぎゃく)だ」

 呟きがマイクを通し拡散され、双月の軌道まで届くような錯覚。

 心愛が微笑む。傷だらけの唇が、硝子(ガラス)の破片を咥えるみたいに震える。

 「じゃあ、壊せ。ゼロから∞へ」


 私は杖を(かか)げ、魔核へ直線(ライン)を描く。蒼黒火(ファントムフレア)が奔り、空気が悲鳴をあげる。

 刹那、封龍が()えた。獣なのか楽器なのか判別不能の轟音が夜織(やしよく)を裂き、観衆の残骸が宙へ舞う。

 巨大な翼骸(よくがい)が展開し、私たちを風断面(ウィンドカッター)で切り裂かんと迫る。


 「(うで)貸せ!」

 私は心愛の手を掴んだ。

 リボン羽が白孔雀(しろくじゃく)の尾のように広がり、風圧を削る。

 亡霊少女たちが私たちの周りを衛星軌道(オービット)し、悲鳴音(ノイズ)で封龍の視界を攪乱。理屈ではない、情緒の暴走だ。


 胸のリボンが溶断(ようだん)し、私の首筋に火傷。だが痛覚は甘い。

 掌と掌が触れあい、血と汗が入り混じる。(にお)いは鉄と甘藍、そしてかすかな沈丁花(じんちょうげ)

 「行くぞ」

 「共犯だもの」


 私たちは同時に地を蹴り、龍の咆路(ほうろ)へ突入。

 杖を突き立て、リボンを鞭に、短剣を針に。

 魔核へ届く。汚濁(おだく)欲色(よくしょく)が混ざった光球。

 「可愛性値(かわいい)、リセット」

 刃が光へ沈み、杖が共鳴(シンクロ)する。


 世界が一拍、無音(むおん)になった。


   ◆ (のち)世界(せかい)


 再生ボタンのような朝日が地平(ちへい)を押し広げ、新しい影を街に伸ばす。

 瓦礫の帝都は砂絵(すなえ)のように静まり返り、空には(むげん)の紋だけが薄白く回転している。

 私は(のど)を撫でた。黒曜のリボンは無い。代わりに(くれない)(あと)が残り、潮騒(しおさい)のように痛む。

 隣で心愛が欠伸。「生き延びたね」

 声はかすれ、けれど甘い。

 私は街を見下ろす崩塔(ほうとう)の縁に腰掛け、小石を(おと)す。石は無限大の影を引いて落ち、無音で砕けた。


 〈リピート?〉

 頭の奥で合唱隊(ドールシェイド)が低く問いかける。

 私は笑う。歯茎から塩辛い血が滲む。それでも、もう甘い鉄の味はしない。

 「リピート。だけど次は私たちの(ビート)で」

 心愛が頷き、孔雀(くじゃく)の羽根だったリボンを風に解かす。布は雲雀(ひばり)の鳴き声を拾って空へ昇り、朝陽の中で虹に透けた。


 可愛さの呪いは終わらない。

 だが、指揮者は奪い返した。私たちの声で、再生ボタンを押し続ける。


 ──ゼロから∞へ、輪唱(りんしょう)は続く。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ