第11話 終端深度の鎮魂鐘
海図の自由水域を越え、針路は深度∞を示す断水域。そこは海と闇が握手し、光を血のように凝固させる零圧の深淵だった。
潜行艇が軋み、船腹を叩く水圧は耳骨を爪で削るよう。桜井 心愛の肩傷が悲鳴を上げ、私は黒曜痕の熱で気を逸らす。
〈臓腑が潰れる前に拍を合わせろ〉合唱隊が促す。
深度∞の中心には逆さ吊りの鐘、《沈鐘》が鎖で留められ、その衝き鐶を握るは無聲司祭。黒衣の裾がゆらめき、中から可愛性値を蒸留した淡紅の煙が漏れる。
「拍を止めれば世界は静寂で救われる」
司祭は音もなく語り、言葉は脳髄へ直接刻まれる。
私は舌で鉄味を呼び、鐘の外周に指で触れる。冷たい金属のぶつぶつとした感触が、過去に斬り捨てた声の数を物語る。
「静寂は終止符じゃない、小節線だ」
心愛が孔雀翼を震わせ、珈平が銀糸で鐘の縁に位相爆弾を貼り付ける。司祭が鎖を弾き、鐘が鳴るより速く、私は短剣を骨導槍へ。
突き刺した瞬間、鐘内の空洞が開口し、奪われた声の残滓が潮の逆流となって噴き上がる。鼓膜が割れ、世界が紅黒に反転。
〈共振〉合唱隊。
私は黒曜痕をえぐり、火膚の痛みを拍へ変えて送り込む。心愛が「ゼロから――!」、珈平が「――∞へ!」
位相爆弾が起動し、鐘の内壁に白い亀裂が奔った。司祭が鎖ごと溶解し、深海の闇は虹の粒子へ分解。
しかし零圧が一気に崩れ、潮が逆巻いて艇を押し潰そうとする。私は心愛の身体を抱え、珈平の手を掴む。海の震動が三つの拍を同時に揺らし、獣鈴が乱打。
水圧が限界値を超える刹那、鐘の破片が通路を塞ぎ、予想外の空洞を作った。私はそこへ飛び込み、胸骨を叩く。――生きている。
驚くほど静かな深海で、私たちの鼓動だけが鼓を鳴らす。世界は壊れていない。小節線を越えただけだ。




