表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リボン・カノン-―首輪で“かわいい”を-  作者: NOVENG MUSiQ
輪唱航路 ──ゼロから∞へ、終わりなきビートはついに「海」へ滲み出す。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/24

第10話 襲月オペラ・リグレット

 藍墨(あいすみ)の夜空に一条の裂け目が走り、そこから()けた双月(そうげつ)の破片が雨粒めいて海へ降り注いだ。しずくは水面に触れる刹那、《歌劇船(オペラ・バルク)》へと姿を変える。漆黒の船体には十六(じゅうろく)のバルコニー席が並び、鎧戸(よろいど)の隙間から漏れる仄紅(ほのあか)い光が波に祇音(ぎおん)を刻む。


 香坂(こうさか) 美流久(みるく)――私は甲板の手すりに掌を置き、汗で湿る黒曜痕(こくようこん)()でた。火膚(ひふ)の熱が脈を打ち、心臓の鼓動は船のエンジンとずれるたびに変拍子(へんびょうし)を奏でる。


 〈後悔は甘い? 苦い?〉合唱隊(ドールシェイド)が頭蓋でハミング。

 「両方()み分ける。()み下せば毒でも、歌えば薬だ」

 バルコニーが開き、面隠歌手マスクド・ボーカリストたちが姿を現す。仮面に彫られた口は笑い、目は哀しみの涙を琥珀で固めたかのよう。彼女らの声はリリカルなアリアへ溶け込み、聴く者の胸に眠る悔恨(けいこん)蒸留(じょうりゅう)する。


 桜井(さくらい) 心愛(ここあ)孔雀翼(くじゃくよく)を半展開。蒼紫の羽弁が船灯を受け虹を(はら)み、しかし肩傷の痛みが背筋へ電流を走らせる。


 「少しだけ……怖いわね。あの声、過去を引き裂く刃だもの」

 私は短剣の柄をぎゅっと握り、黒曜痕の熱で正気を繋ぎ止めた。「声は奪わせない。奪われたら、奪い返すだけだ」

 船首に建つ硝子(ガラス)舞台(ぶたい)が白光を放ち、面隠歌手たちのオペラが開幕する。

 ――第一幕〈告罪〉


 私たちの名が織り込まれた歌詞が夜風へ散り、首輪を巻かれた日々の映像が帆綱(ほづな)の影に投影される。血の匂い、焦げた甘藍(キャベツ)沈丁花じんちょうげ……胸骨の獣鈴が悲嘆の拍を刻む。

 心愛の翼が虹鎌(こうれん)へ変わり、一息で三枚の仮面を斬り裂く。蒸留しかけた後悔が蒼紅(そうこう)の霧となり、甲板を彷徨(さまよ)う。


 白鷺(しらさぎ) 珈平(かへい)は声を持たぬまま、胸の音刻紋(おんこくもん)を淡光で震わせた。無声の鼓動が霧を吸収し、私の耳にうっすらと(ひのき)の優しい匂いを届ける――「まだ立てる」と。

 ――第二幕〈嘲笑〉


 面隠歌手は私の影を舞台へ引きずり出し、黒曜の首輪を再び締めようと歌い上げる。影の私は鉄鎖(てっさ)を引きずり、泣き笑いで「かわいいですか」と繰り返す。

〈影ごと抱け〉合唱隊が命じる。


 私は光糸を影へ投げ、刃でなく抱擁の輪を作った。自分の喉痕を撫でると同時に影の首輪を外し、影が泣き崩れた隙へ心愛が虹鎌を叩き込む。

 ――第三幕〈解放〉


 仮面がすべて剥がれ落ち、歌手たちの顔は空洞。そこから真珠色の涙が溢れ、甲板に落ちた途端声種子(ヴォイスシード)へ変わる。

 私は胸骨で二拍、心愛が「ゼロから――!」と叫び、珈平が音刻紋で「――∞へ!」と鳴く。


 歌種子が虹光に爆ぜ、船は静かに沈み始めた。オペラは終わり、後悔の匂いは潮へ書き換えられる。

 水面へ落ちる前、私は振り返った。硝子(ガラス)舞台(ぶたい)には誰もいない。ただ薄緋(うすあけ)のカーテンが風に揺れ、観客のいない喝采を受け止めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ