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リボン・カノン-―首輪で“かわいい”を-  作者: NOVENG MUSiQ
絞首譜―ゼロ/∞リボリューション―
2/24

中編 鏡城カノン・アヴァランシェ

 祭壇が()ちた。錆鎖(さびぐさり)が弾け、真紅(しんく)の火花が竜鱗(ドラゴン・スケイル)を照らす。封龍(アルカナ・ドラゴン)──黒耀(こくよう)蒼硝子(あおがらす)を混ぜた巨大な影──が、地下の闇から()えを返した瞬間、空気は硫黄(いおう)の苦い煙で満ちた。


 私は跳び退き、転がる足場片(あしばへん)を踏み()って宙へ()じる。耳鳴(みみな)りが止まらない。金属と骨がぶつかる雑音(ノイズ)鼓膜(こまく)が拾い切れず、代わりに合唱隊(ドールシェイド)が囁く。

 〈かわいい? まだ歌える?〉

 「歌わせてやるさ、地獄でね」私は首のリボンを()め直す。布の擦れる音が刃渡(はわた)りの感触で私を覚醒(かくせい)させる。


 視線を走らせる。桜井(さくらい) 心愛(ここあ)孔雀(くじゃく)の羽に変形したリボンを風に(およ)がせ、石柱(せきちゅう)支点(してん)に優雅に旋回していた。

 「遅れるなよ、鎮罪歌姫(シンガーレム)

 声が(いちご)の微糖。けれど瞳は鏡刃(かがみば)の冷光。


 足下で封龍が暴れるたび、蓄音盤(フォノプレート)だった祭壇は瓦礫(がれき)分解(ぶんかい)され、鉄骨が空へ()く。照明結界が砕けたせいで夜空がむき出し、双月(そうげつ)断面図(だんめんず)のように重なって見えた。

 鎧兵が三列、傾いた通路を駆け上がる。黒紋衛(ナイトパッチ)──帝都が誇る可愛性値(かわいい)収集部隊。漆鎧(ジェットアーマー)の継ぎ目から魔光(マギア)(あお)く漏れるたび、皮膚が霜焼(しもや)けする。


 私は短剣を逆手に握り、踏音(ステップ)を二拍。竜角(りゅうかく)の破片を踏み台に、敵陣へ()さる。

 斬りつける。鉄羽(はね)が散る。鎧の中で少女面(しょうじょめん)が悲鳴を上げる。──この帝国は兵士の可愛さすら消費物。

 「(かお)は隠しても(よく)は隠せない」

 皮肉を吐くと同時、背後を影が()く。私は首を竜鱗(ドラゴン・スケイル)(こす)る距離で反転し、短剣を投げる。

 刃が槍兵の面頬(めんぽお)(つらぬ)き、火花。


 その瞬間、頭上で轟音。心愛(ここあ)が放ったリボン羽が弧月刃(こげつじん)となり、兵の列を()ぎ払った。

 「三拍子目で()べ!」

 彼女の合図に合わせ、私は崩れた舞台を利用して高く(おど)る。

 眼下で鎧兵が血煙(ちけむり)を上げ、封龍の翼骨(よくこつ)抜刀(ばっとう)のような音で広がる。獄炎(ごくえん)が私の足裏を()いた。


 宰相の黄金面(マスク)――あの冷笑――が視界に映る。ゴンドラはすでに宙吊(ちゅうづ)り。だが彼女は落ちない。可愛性値(かわいい)を奪った少女(しょうじょ)(いのち)霧化(むか)し、推進力に変えている。

 私は息継(いきつ)ぎ無くリボンを解き、投索(とうさく)のごとく放つ。布が宙で(くさり)へ変質し、ゴンドラの車輪を拘束。


 「可愛(かわい)さの錬金(れんきん)、そろそろ利息(りそく)を払え」

 宰相は嗤う。黄金面に蜘蛛(くも)()状に()ける亀裂。中から皺一(しわひと)つない少女の肌が覗く。

 「永遠(えいえん)剥奪(はくだつ)の先にあるの、(おろ)か者」

 緋鱗杖(ひりんじょう)を掲げた。杖頭の宝珠(ほうじゅ)脈光(みゃくこう)する。魔力の奔流(ほんりゅう)がビームとなり、宙に光瞬(ひかりまたた)く。


 「心愛──!」

 私が叫ぶより先に、彼女はリボン羽を盾に滑空(スライド)する。蒼い閃光が羽を通り抜け、彼女の肩甲(けんこう)焦痕(しょうこん)を刻む。焼肉の様な匂いが立ち上る。

 私は(むね)が空洞になるのを感じ、即座に魔力を逆流(ぎゃくりゅう)させ、短剣を血槍(ブラッドスピア)へ変形。

 踏み込む。宰相の杖が再度唸り、斜めから魔弾(まだん)が降る。熱砂(ねっさ)のような衝撃で皮膚が(えぐ)れる。


 合唱隊(ドールシェイド)が方向を示す。〈左零拍(ゼロ)

 私は旋身(ターン)で弾を躱し、血槍を突き出す。

 刃が杖へ衝突(しょうとつ)し、宝珠に亀裂(きれつ)が走る。蒼黒(そうこく)火泡(かほう)が噴き、宰相の肩を()む。少女が悲鳴──否、老吠(ろうはい)する。剥ぎ取った若さが崩れ(しわ)を露にする。


 「かわいくない(・・・)ね?」

 私の嗤いを合図に、心愛が再唱(リプライズ)したコーラスが空間を満たす。

 ♪かわいい かわいい/壊して 壊して

 音波刃(サウンド・ブレード)が生成。巨大な三日月(クレッセント)がゴンドラを真横から両断(りょうだん)する。

 黄金面が砕け散り、宰相は墜落(だらく)(シルク)の悲鳴が残る。


 だが終わらない。砦のような魔核(コア)が露わになり、封龍がそれを()み込みかける。胸郭(きょうかく)の奥で新たな脈動が胎動(たいどう)する。

 私は心愛と視線を交差させる。傷だらけの彼女が頷き、血珠(ちだま)を吐き捨て笑う。

 「最終楽章(さいしゅうがくしょう)、用意はいい?」

 「勿論(もちろん)


 双月(そうげつ)が高く、蒼い焔と混ざり合う。

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