第6話 侵蝕方舟起動
夜明け前、海霧の奥から黒い艦影が姿を現す。装甲は可愛性値の結晶を鍛え上げた黒曜鋼。船腹に浮かぶ淡紅の脈動は、奪った“かわいい”を再錬成する錬声炉の鼓動だ。
甲板へ降り立つと、焦糖と硫黄が焼ける様な甘苦い匂いが肺を灼く。錬声機関士が待ち受け、黄金面の下で嗤う。
「声を返してほしければ、かわいいを納めろ」
その一声で珈平の喉が震え、白い蒸気が漏れた。私は火膚の痕を握り、鼓動を鎮める。
「奪うなら、奪い返す」
戦闘開始。心愛の孔雀翼が機関士の足場を裂き、私は光糸を束ねた雷鞭で錬声炉を打つ。しかし装甲が厚く、炉心へ届かない。
そこで珈平が銀糸を自身の喉へ巻き付け、無言の誓約を結んだ。銀糸が喉の深部へ潜り込み、彼の失われた声を“鍵”に炉心を開く策略。
〈犠牲?〉合唱隊が問う。私は舌で鉄味を呼び起こし、「共犯だ」と呟く。
銀糸が炉心へ達した瞬間、心愛が「ゼロから――!」と叫び、私は「――∞へ!」で応答。雷鞭が開かれた炉へ突入し、蒼紅火が船内を飲み込んだ。
錬声機関士は絶叫を半音下で引き延ばしながら崩壊。方舟は自壊を開始し、黒曜鋼は虹色の泡となって海へ沈む。
私は珈平を抱え、甲板から跳躍。背後で方舟が爆ぜ、焦げた甘苦い匂いが瞬時に潮風へ書き換えられる。
海面へ落ちた私たちを孔雀翼が救い、薄明の空に虹を描いた。
珈平の声は戻らなかったが、彼の胸に浮かんだ音刻紋が周期的に淡光を放つ。そのリズムは新たな拍を刻み、私たちの胸骨で獣鈴がそれを合奏した。
灯台の残火と方舟の残骸が遠くで交差し、水平線はわずかに朱を帯びる。
「リピートじゃない。次の章へ進むプロローグだ」
私は火膚の熱を確かめ、潮の匂いを深く吸い込む。ゼロから∞へ――ビートは止まらず、新しい海図が私たちの足下へ描かれ始めていた。




