第3話 骨蛸・クリプトカデンツァ
襲い来る骨蛸は、体躯そのものが少女の骨を螺合した外殻。吸盤に縫い込まれた肋骨がカスタネットのように鳴り、触手は声弦へ変じて悲鳴を奏でる。
私は光糸を束ねた雷矢を一本、触手の基部へ撃ち込む。電撃が蒼黒に閃き、海水が過飽和の泡を吐く。甘臭い血潮が珊瑚色の霧を作り、視界を惑わせた。
すかさず心愛の孔雀翼が水刃を撒き、血霧を吹き飛ばす。彼女の肩傷は塩水に刺され再び滲むが、その痛みごと羽根へ転写され、半月の斬撃となって触手を断ち切る。
珈平は言葉の代わりに走査虫を展開。銀糸が骨蛸の躯へ巻きつき、位相を逆相で縫合する。触手が再生を試みるたび、糸が時間を誤読させて欠損を固定。深海の闇は静音で震えた。
それでも中枢核は硬殻に守られ、触手を束にして礫槍を放つ。一本が私の脇腹を擦り、潮鉄の苦味が血に混ざる。〈左零拍〉合唱隊の指示。私は短剣を骨導槍へ変え、心愛の気流を背に核へ突き立てた。
槍が貫くと同時、心愛が「ゼロから――!」と叫び、珈平が銀糸を収束、「――∞へ!」と無声で続ける。三つの拍が合流し、槍先で蒼紅火が咲いた。
骨蛸は泡影へ崩れ、壊律柱の森は再び静寂を取り戻す。だが海は変わった。囁きは歌へ、低音は呼息へ転じ、深海の闇は虹光を孕み始めていた。
私は脇腹の血を指で拭い、鉄の味を確かめる。痛みは甘露に似て、恐怖と高揚を希釈する。
「まだ前奏だよな」私は呟き、心愛が微笑む。沈丁花の香が塩水の辛味を包み、珈平の檜が上書きする。
胸骨の獣鈴が新たな拍を奏でる。ゼロから∞へ――海の深度は物語の深度。私たちはさらに潜る準備を整えた。




