第2話 虚聲海への下潜
朽ちた埠頭から海へ滑り込むと、皮膚を噛む冷たさより先に、胎動のような低い共鳴が鼓膜を揺らした。可愛性値が声へ蒸留されず漂うため、海水そのものが囁き続けているのだ。
珈平の残響罐を小舟とし、私と心愛は身を寄せ合う。罐の内部で過去声が微震し、底面を叩くたび銀糸が走査を開始。宙に描かれる音波図は、深度を示す羅針盤へ姿を変える。
「水圧は拍を遅くする。けど心のテンポを落とす必要はないわ」心愛が囁き、孔雀翼を半開。羽根が起こす微気流が泡を切り裂き、甘藍と硫黄の様な混交臭を後方へ押しやった。
やがて海底に音叉の森が現れた。壊律柱――歌姫たちの骨と鉄とが渦巻く墓標。柱に触れる水流はすべて低音を帯び、周囲の闇を脈光で染める。
私は短剣を骨導管へ変形し、柱へ導線を張った。触れた瞬間、遠い昔の可愛性値──喉を締め付けられた少女たちの慟哭が骨を伝い、内臓を冷やす。
〈眠りを破れ〉合唱隊が再度囁く。私は胸の獣鈴を拳で叩き、自身のビートを骨へ注いだ。
柱は軋み、森の奥で巨影が胎動。触手のざわめきが水圧を押し返し、深海の闇が泡立つ。
「来るわ。骨蛸」心愛が呟き、肩傷の痛みを咆哮へ転写するように羽根を震わせた。
珈平の銀糸が触手の螺旋を描き、私は短剣を再び握り直す。静寂と鼓動は今まさに重奏し、海に潜む“敵”が前奏を放った。




