憧れはただひとつ
私には、子供の頃からずっとずっと欲しいものがあった。
どんなに頑張っても手に入らないものだからこそ、追い求めてしまうものだった。
「それ」を手に入れるため、私はひたすらに努力してきた。
小学生の頃のテストは百点しか取ったことがなかったし、運動は苦手だったけれど毎日ランニングをして校内のマラソン大会で一位も取った。
作文のコンクールでは全国大会で金賞を取ったし、書道でも、絵でも表彰されてきた。
これだけの結果を残していれば、私が欲しい「それ」は手に入るはずだった。
だって、私よりもずっとずっと成績の悪い子だって手に入れているものだったから。
中学、高校でも常に成績は上位をキープし続けてきた。
部活でも少なからず良い結果を残してきたと思う。
けれど、努力だけでは足りないと感じることが増えてきた。
生まれ持った才能がある子が羨ましいし、私が手に入れられないものを得ている子たちが憎ましく思えた。
大学受験では現役で東大に合格し、そのまま国家公務員になった。
それでも、私が欲しいものは手に入らなかった。
あるいは、大学に残って研究職になっていたら――。
そんな風に考えたこともあったけれど、きっと研究の道に進んでも私には手に入っていなかっただろうと思う。
そして、今日。
私が生涯をかけて求めてきたものが手に入らないことが永遠に確定した。
「ご臨終です」
医師の言葉を聞いた時、私はその場にへたり込んでしまった。
母はもう二度と目を開かない。
口もきかない。
心にぽっかりと穴が開いたような気持だった。
悲しいと感じるよりも先に、これから私は何を目標に生きて行けばいいんだろうと思った。
私がただひとつ、人生の目標としていたもの。
それは、母からの言葉だった。
「よくできました」
「えらいね」
「すごいね」
なんでもいい。
ただ一言、褒めてくれさえすればそれで良かった。
どうして。
同じクラスの子はテストで五十点を取っても褒められたというのに。
どうして私は褒めてもらえないの。
どうして当たり前のように頷いて終わってしまうの。
聞きたくても、ずっと聞けなかった。
聞けないまま終わってしまった。
涙も流れないまま、私はだんだんと冷たくなっていく母を見つめていた。