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 トエッタ編 第一話


「うおぉぁぁ!」


「石川!」


「こなくそ!」


「石川! 刀はないがか!?」


「おりゃぁ!」


「ぐうぅぅ……」


「……もうよい、もうよい」


 その言葉を聞いた数名の暗殺者は外に飛び出すと、京都特有の細路地をバラバラに逃げ去って行く。


「うっ…… うぅ」


「龍馬、オンシ生きちゅうがかえ?」


 既に亡くなっていると思っていた龍馬が上半身を起こし、刀に灯火をかざす。


「……残念やにゃぁ」


「りょ、龍馬ぁ」


「慎太…… 手は利くがか?」


「……手は、利く」


 龍馬は這いずり、隣の部屋に移動する。


「新助、医者を呼びや……」


 その声に力は無く、誰からも返事は無い。


「慎太…… オラ、脳をやられちゅうちや」 ※注1


「龍馬……」


「すまんにゃ……」 


 時は江戸時代末期、慶応3年11月15日

 京都にある醤油問屋、近江屋の母屋二階にて、幕末の英雄坂本龍馬は、同じ土佐出身の同士中岡慎太郎、そして従僕の山田藤吉と共に暗殺された。

 この二日後に亡くなった中岡慎太郎、そして、実行犯と言われている、京都見廻組隊員数名の口から詳細が語られており、その状況は現在でも広く知れ渡っている。




 爽やかな風が吹き、草木が緩やかに動く中、一人の人物が森の中に横たわっている。

 

 あー、気持ち良い風が吹きゆうやか……   

 ……ん? ありゃ? オラ、生きちゅうがかえ? 脳が飛び出るぐらいやられちょったのに、生きちゅうみたいやき。


 龍馬は、ゆっくりと目を開ける。


 おぅ…… 眩しいにゃ。あれは…… お日様や、お日様が見えるき。やっぱり、まだ生きちゅうみたいやき。

 慎太は、慎太も生きちゅうがかえ?

 こ、声が出ん。身体も動かんき。死にかけかちゅーがやにゃ…… ありゃ? そういえばおかしいにゃ。ここは何処ながで?

 近江屋でも、土佐藩邸でもないしにゃ……

 もしかして、死んだと思うて山に埋めに来たがかえ?


「おぃ、オラ生きちゅうき。まだ埋めなよ」


 お、声が出たちや。


 声を出せた事で喜ぶ龍馬だが、近江屋の時の様に、誰からも返事は無い。


「おぃ、誰かおらんが? まだ生きちゅうき。おーい」   

 ……おらんみたいやにゃ。

 お、だんだん、手が動いてきた。あ、足も動く。


「おーい」


 そう叫びながら懸命に手を振るが、やはり誰からも返事は無い。


 はぁー、身体は起こせれんかにゃ? はよう誰か見つけんと、せっかく生きちゅうに、このままやったら野垂れ死にやき。


「うっ、ううぐぅ。おう~、起こせたき」


 上半身を起こした龍馬は、辺りを見回す。


 ……どこの山でこりゃ? まるで見覚えが無いにゃ。

 ありゃ? 草も木も、なんか珍しいにゃ。見た事がない景色ながよ……


 数十分後。


「おう、もう完全に身体が動くき」


 それにしてもやにゃ……


 龍馬は左手で額を摩る。


 ……傷が無いがよ。どういた事で? 脳が飛び出るぐらい斬られちょったのに、その傷が無いき……

 そうかえ…… もしかしたら、ここはあの世かえ?

 オラやっぱり、あの時近江屋で斬られて死んでしもたがかえ? 

 ……オラだけやないき、慎太もだいぶやられちょったき。

 

「うん? ちょっと待ちよ…… ほいたら(それなら)、慎太もおるがやないかえ(いるのかな)?」


 いや、慎太だけやないき! アギ(武市半平太)も、他の皆もおるがやないがかえ(いるのでは)!? 


 そう思った龍馬は、即座に立ち上がり、辺りをキョロキョロと見回す。


「刀、刀が見当たらんにゃ……」


 龍馬は袖や懐を(まさぐ)る。


ありゃ? こりゃ斬られた時に着いちょった着物やのうて、坂本家の家紋が入った着物ながよ。

 ほんで(それに)高杉さんから貰ったピストールも無いき……

 あの世では、着物は着ちょっても、ピストールと刀は持ってこれんがかえ……

 ほいたらしゃーない(それなら仕方ない)

 そんなが(そんな事)より、誰か近くまで迎えに来てくれちゅうがやないかえ?

   

「アギー、慎太ー、以蔵ー、長次郎、おらんがかえ(いないのか)? オラ龍馬やき! あざの龍馬やき。返事してちや」

 

 大声で叫びながら、龍馬は道なき道を進む。

 数十分歩いたところで、龍馬は立ち止まり、その場に座り込む。


「はぁー、あの世でも疲れたり喉が渇いたりするがかえ。死んでもなんちゃー(何にも)変わらんきぃ」

 

 しばらく休んだ後に立ち上がり、道なき道を再び歩く事数十分。


 うん!? ありゃ道やないがかえ!? うん、道やき!


 草木が切り開かれた場所を見つけた龍馬は、力を振り絞って前に進む。


 道や! 間違いないき!

 

 その目前で、龍馬の耳に何やら音が聞こえて草むらに身を屈める。


 誰か、誰かおるにゃ……


「ガラガラガラガラ」

 

 うん、荷車の音かにゃ……


 その音とは、龍馬の推測通り荷車を引く音であった。

 草むらに潜んでいる龍馬は、音のする方をジッと見つめている。そして、そこに現れたのは……


 ……え!? 異国の(もん)かえ?

 たまるか~(まぢ凄い)、あの世では、日本も異国も関係ないがかえ!?


 龍馬が見たのは、金色の長髪を風でなびかせる、青い瞳の美しい女性であった。


 はぁ~、こりゃ器量良しやにゃー。加尾や、佐那さんみたいやにゃ~。


 その女性が引く荷車の、沢山載せられている荷物の上に置かれている刀が龍馬の目に入る。


 あっ!? 


「ちょっと! ちょっと待ちや! そら、オラの刀やき!」


 大声をあげて、突然草むらから飛び出してきた龍馬に驚いた女性は、その大きく美しい瞳を見開く。


 なっ、何この人!? 変な、変な服を着ている!?


 驚いた女性は、咄嗟に剣に手を掛ける。


「あっ!? ちょっ、ちょっと待ち! 怪しいもんじゃないきね」


 えーと……


「あー、ないすとみーちゅうー。まいねーむいず、りょうま」


 ……はぁ?


 ありゃ!? 何の反応もないかえ? こりゃめった(困った)! オラのイングリッシュが通じてないみたいやき。こんな時に陸奥か長次郎でもおってくれたらにゃ……

 他に、他に知っちゅうイングリッシュはなんやったかにゃ……

 思い出し…… そうちや!


「あー、ほったいも、いじるな」


 うん、これなら今まで話した異国人皆に通じたき! どうで!? 言葉が少しでも通じて、怪しい者じゃないと分かってくれたらええがやけんど……


「……お前、いったい何者だ!?」


「え!? オッ、オンシ、日本の言葉しゃべれるがかえ!? はよう言うてちや~。まっこと(本当に)恥ずかしいちや。イングリッシュは苦手ながよ~」


「……はぁ?」


「……え?」


「何処の方言だそれは?」


 言葉使いもそうだけど、イントネーションがむちゃくちゃで聞き取りにくいな…… 


「あー、これは土佐の言葉やきね。ほんで、オラは坂本龍馬いうがよ、よろしゅうにゃ~」 


「とさ? にゃ~!? お前は猫か?」


「いやいやいや、どう見ても人やき、猫には見えんろうがえ?」

  

「がえ……」 


 ……めったにゃ(困ったな)。土佐の言葉はオラのイングリッシュと同じぐらい変ながやろか?


「それで何者だ? そんな変な服を着て」


「え?」 


 そういえば、異国の人やき、宣教師みたいな洋服着いちゅうね。ほいたら(そしたら)ここは異国…… オラが異国かぶれやったき、あの世では異国の方に来てしもうたがやろうか?


「それがにゃ、オラどうも死んだばっかりでにゃ、やき(だから)、ここへも来たばっかりながよ。オンシの知り合いに、日本の人はおるかえ?」


 死んだばかり?

 何を言っているのこの人?


「えーと、オラと」


 そう言いながら指で自分を指す。


「似てる人、黒髪の人は、知り合いにおりますか?」


「……黒髪なら、町に何人もいるが、そんなくるくるした髪の毛の者はいない」


「いや~、これは生まれつきの癖っ毛やき」


「……やき?」


「と、兎に角、その荷車に載っちゅう刀は、オラの刀やき、返してや」


 カタナ?


「これは…… 私が拾ったから、私の物だ」


「いや、元はオラの刀やき。乙女姉さんからもろうた(貰った)大切な大切な刀ながよ」 ※注2


「……どうやって証明する?」


「え?」


「お前の物だと、どう証明すると言っているんだ!?」


「こりゃ気が強い女やにゃ~、はちきんでお龍みたいやき」 ※注3


 はっ…… すまんお龍…… オラ、お前を残して、死んでしもうたちや…… 

 必ず長州に、迎えに戻る言うちょったのに…… ほんまに、すまんき…… ゆるしてや……


「誰の事だ?」


「いや~、すまんちや、ちょっと思い出してしもうて……」


「……言っておくが、私は泥棒ではない。お前の物と証明できれば、素直に返してやる」


「おっ、そうかえ!? うーん、そうやにゃ~……」


 龍馬は閃く。


「あっ、そうそう。その刀をバラ(分解)したらねぇ、銘が書かれちゅうがよ」 ※注4


「……何を言っているのか、さっぱり分からない」


「うーんとにゃ。こ、これ見てや」


 龍馬は指で地面に吉行と書く。


「この字を見てちや。これと(おん)なじがが、その刀にも書かれちゅうがよ」


 女性は龍馬の書いた文字を見つめた後、刀を手に取る。


「……何処にも書かれていないではないか」


「いや、鞘じゃないがよ。えーと、中。そう中に書かれちゅうがね」


「中?」


 その言葉を聞いた女性は、刀を鞘から抜いた。


「……」


 これは…… 細いけど、何て、何て見事な剣なの… 

 美しい……


 女性は龍馬が地面に書いた字を見て、同じ字が刀に書かれていないか探す。


「……嘘つきが! 何処にもないではないか!」


「いや、やきバラさんといかんがよ」


「バラさん?」


「ちょっと貸してみいや」


「……」


 女性は警戒しながらも、刀を龍馬に差し出す。


「おぅ、おおい、先をむけて渡しなや。危ないきぃ」


 刀を受け取った龍馬は目釘を外す為、細い棒状の物を探す。


 えーと…… 


 女性が引く荷車に、抜けかけて浮いている釘が見えた。


「この釘を借りるきねぇ」


 釘を使って素早く目釘を外すと、刀を持っている手をトントンと二度叩く。

 すると、刀身が柄から外れて浮き上がる。

 その様子を、女性は凝視している。


「……」

  

「ほらにゃ、見てちや。ここに吉行って書いちゅうろう?」


 女性は龍馬が地面に書いた字と、刀に書かれている字を見比べる。


「……確かに」


「分かってくれたかえ? ほいたら(そしたら)、返してもらうきねぇ」


「いいだろう……」


 分解した刀を直ぐに組み立て、脇差と共に刀を腰に差す。


 ……扱いにも慣れている。この人の物で間違いなさそうね。


「ふぅ~、刀があると、やっぱり落ち着くにゃ~。オンシが拾うたがは、これだけやったかえ?」


「あぁ、この二つだけだ」


 ほんなら、高杉さんからもろうたピストールはないがかえ……


「……それで、お前は何処へ行く気だ?」


「何処へ? うーん…… あの世では、あてがないがよねぇ」


 何処の国の者か知らないけど、たぶん奴隷として売られた先か、市場から逃げて来たのかな…… それなら……


「……何処にも行くところが無ければ、私の住んでいる町に来ないか?」


 それなら、見つけた私のものにしてもいいよね…… 畑を手伝わせて、それと……


「うん? オンシの町かえ!? うん、行きたいき! 腹も減ったし、かまんがやったら(構わないのなら)、メシを食わしてくれんかえ?」


「……ついてこい」


「ガラガラガラ」


 女性は荷車を引きながら龍馬に話しかける。


「さかなんとかと言ったなお前」


 ……日本の名前は覚えにくいがやろうか。


「龍馬って呼んでや」


「リョウマ…… 分かった」


「あっ、荷車は、オラが引くきねぇ。交代せんかえ?」


 ふーん…… 優しいのね。


 女性は言われるがまま、素直に龍馬と交代する。


「ガラガラガラガラ」


「町は遠いがかえ?」


「あぁ、ここから50分ぐらいだ」


 50分…… 異国の時間の言い方やにゃ。やっぱり、異国のあの世みたいやにゃ…… 


「オンシの名前は何て言うがで?」


「私の名前か? ゾイだ」


「ゾイ……」


 変な名前やにゃ……


「ゾイさん、すまんけんど、武市半平太って名前を聞いた事ないかえ? 顎が突き出た顔しちゅうがやけど」

 

 そう言うと、龍馬は顎を突き出してみせる。


「プッ」


 思わず笑ってしまったゾイだが、直ぐに険しい表情に戻す。


「それか瑞山って名乗っちゅうかもしれん」


「さぁ、聞いた事はない」


「ほんなら、近藤長次郎って知らんかえ?」


「……知らない」


「岡田以蔵も聞いた事ないかえ? 他にも望月亀弥太! 北添佶摩! 吉村寅太郎! 那須慎吾! 池内蔵太は!?」


「……悪いが、どれも聞いた事がない」


 龍馬は俯き、淋しそうな表情を浮かべる。


「そうかえ……」


「……誰なのだ、その者達は?」


「……オラの友達よ。小さい頃から一緒に遊んだ、幼馴染ながよ」


「そうか……」


 同じ奴隷として売られて来た人達なのね…… どうやら、この人だけが、逃げてこれたみたい……


「はぁー」


 やっぱりオラだけ異国のあの世に来てしもうたがかえ?

 確かに異国への憧れはあったけんど、皆と同じ日本のあの世が良かったちや……

 いや、まだここにきて一刻(約二時間)ぐらいやき。諦めるがは早いろう……


「喉は渇いてないか?」


「うん、渇いちゅう。オンシにおうて忘れちょったけど、カラカラやき」


 そう言ってゾイに目を向けると、美しい金髪が風に吹かれているかのようになびいている。 

 

 おぅ、風も吹いちゃーせんのに、どいてで(どうして)


 ゾイの手に、突然水袋が現れる。


「えぇーーー!? オ、オ、オッ……」


「どうした? 先に飲んでいいぞ」


 そう言って水袋を龍馬に差し出す。


「オンシ、ど、どっ、どういたがでそれ!?」


「……何がだ?」


「いや!? だから、どっから出したがで、その袋よえ!?」


「何処からって、アイテムBOXから出したに決まっているだろう」


「あいてぃむぼっくすん? イングリッシュかえ? なんながでそりゃ!?」


 この人…… わざと魔法を知らない振りでもしているのかしら? 確かに魔法を使える人は珍しいかも知れないけど、それとも、奴隷として過酷な労働を課せられて、頭がおかしくなっているのかな……


「兎に角飲め」


 この女、妖術使いかえ!? おじた(驚いた)き。


「おぉ、おう……」


 渡された水袋の栓を開ける。


 こりゃ、ワインみたいな蓋やにゃ……


「ゴクゴクゴク。う~ん、美味い! こしゃんち(めちゃくちゃ)美味いにゃこの水。あっ、オンシの分を残しちょかんといかんねぇ」


「……もっと飲んでいい。私はリョウマに会う前に沢山飲んでいる」


「そうかえ? ほんなら、遠慮せんと頂くきぃ。ゴクゴクゴクゴク。かぁー、まっこと美味いちや! たまらんきぃ」


 フッ、無邪気な顔をして…… まるで幼い子供みたい。


「腹が減っていると言っていたが」


「うん、減っちゅうき」


「今は食べ物は持っていないから、町に着くまで我慢してくれ」


「この水で生き返ったき、全然我慢できるちや」


 いや、生き返ってはないがか…… ここはあの世やき、正確には、やっぱり死んじゅうことになるがかえ?

 あーめんどくさい! もうどっちでもかまんわえ!




「ガラガラガラガラ」


「ほら、見えて来たぞ町が」


 二人が今居る小高い丘の上から、遠くに町が見えていた。


「おっ、どれでぇ?」


 龍馬は首を伸ばして遠くを見る。すると……


「おぅおぅおぅ! あれがオンシの町かえ!?」


 龍馬の目には、大きな大きな城壁で囲まれた町が見えていた。 


「ありゃ見事な石垣やにゃ~。 あの高い所にあるがは、お城かえ? んっ!? 町のずっと奥に見えるがは、ひょっとして海かえ!? おー、川も見えるやか!」


「あぁ、海と川だ」


「おっほー、綺麗な色やにゃ~。おぅおぅ、ここまでほのかに潮の香りがするやか。お~の、嬉しいちや」


 ……けんど、あんな石垣で町を囲うち、悪い事するがぁ(する者)が来るがやろうか? 


「オンシ…… いや、ゾイさん」


「なんだ?」


「どうして石垣で町を囲っちゅうがで?」


「昔は他国の侵略を防ぐためで、今は魔獣から町を守るためだ」


「まんじゅう~?」


「あぁ、夜になると至る所に現れては人を襲う」


 ……饅頭が夜になると現れるち、まさか土佐で饅頭屋やりよった長次郎の事やないろうにゃ? 

 まさかあいちゃー(あいつ)、あの世に来て山賊にでもなったがかえ(なったのか)!?

 いや、長次郎は人を襲うような、そんなが(そんな奴)やないき違うろう。

 けんどあの世は変わっちゅうにゃ~。饅頭が毎晩来るがやったら、ほんなら饅頭食い放題かえ? それやったらヨモギ饅頭はおるがやろうか? おるがやったら一番先にヨモギ饅頭倒して食べたいちや。


「ゾイさん」


「どうした?」


「その襲ってくる饅頭は、倒してもかまんがかえ?」


 えっ!?


「……倒してくれるなら、それは私も、町の皆も助かる」


 いや…… 皆ではないよね……


「よっしゃ、今晩さっそく饅頭を倒して、食べちゃおかねぇ」


 剣の扱いに慣れているこの人なら、魔法を使えなくても、多少の戦力にはなるかもしれない……

 もう少しでまた私の順番だし…… 

  

 饅頭が食えると思っている龍馬は、遠くに見える海を眺めながら機嫌良く荷車を引いていた。

 その時、何かを思い出したかのような声をあげる。


「ありゃ!?」


「どうした?」


「おかしい! おかしいちや!?」


「……何がだ?」


「……目が」


「目がどうした?」


「目がこしゃんち(凄く)見えるちや!! ぼんやりしてないき!」


「どういう事だ?」


「オラ生きちゅう時は近目やったがよ!? それが治っちゅうちや! こじゃんと(見事に)見えるき! 死んでも良い事があったちや!」


「フッ、よく分からないが、良かったな」


「あ~、皆はこんなに見えよったがか。これやったら、まだまだ剣の腕もあがるにゃ~」


「……ほう、剣の腕には自信があるのか?」


「まぁ、自信というか一応、目録(もろ)うちゅうきねぇ」 


 目録? 剣の技を極めていると言いたいのかな?


「それは是非見てみたいものだ。暇があれば手合わせ願おう」


 剣には自信あるんだ。これは、良い人を見つけたかも……


「オンシもやるがかえ?」


「あぁ、魔法ほどじゃないが、私も剣が使える」


「……まほう?」


 なんじゃいそりゃ? 武器の名前かえ?

 ゾイさんは、オラの言葉を分からんみたいやけんど、オラもゾイさんの言う事がちょいちょい分からんちや。

 まぁ異国のあの世やき当たり前よねぇ……


 話をしていると、あっという間に門の近くまで来ていた。

 すると……


「リョウマ、悪いが荷車に乗るぞ」


「ん、疲れたかえ? 全然かまんきぃ、乗りやぁ」


「悪いな……」


 龍馬が前を向くと門が目前に迫っていた。


「おぉ~、たまるかこりゃ~。でかいし頑丈そうな門やにゃ~。しかも鉄かえ?」


 そのおかしな話し方と服装に警戒をした門番が、龍馬に槍を向ける。


「ゾイ様、その人は誰ですか?」


 ん!? こいちゃー(こいつ)も日本の言葉を話すがかえ!?


「この者の名前はリョウマです。タネザーで買って来た奴隷で、畑で働かせるつもりだ」


「奴隷ですか……」


 しかし、変な服を着ているな。名前といい顔といい、何処の国の奴なんだ?



 奴隷ねぇ…… エゲレスが占領した清みたいなもんかえ。

 そういうつもりでオラを連れてきたがか…… って、ゾイさんはそんな感じやないがよ。急に荷車に乗ったし、なんぞ理由があるがやね。



 15人ほどいる門番の中の一人が、龍馬が腰に差している刀を凝視している。


 なんでこいちゃぁ。

 刀に興味あるがかえ? それにしても、見過ぎやき。


「いいでしょう、通って下さい。ただし、直ぐに届けは出して下さいね。あと、分かっていると思いますが、その者が悪さをしたら、ゾイ様、あなたの責任になりますよ」


「勿論分かっています。行こう、リョウマ」


「あいよ」


 ……ありがとう、ゼガラミさん。


 町へ入って行く龍馬とゾイを、門番は見送っていた。


 本来なら身元が分からない人を、こんなに簡単に入れる訳にはいかないのだが、これが私の精一杯の気持ちです。

 だけど、一人ぐらい奴隷を連れてきたところで、どうにかなる事でもない。 

 心情的にはみんながあなたを助けてやりたいと思っていますが…… すみません。



「ガラガラガラガラ」


 荷車を引きながら、この世界で初めての町を見回す龍馬。


 こりゃたまるか~、皆異国人やき!


 すれ違う町人は、珍しそうに龍馬を見ている。


 おぅ、家が土佐とも江戸とも全然違うき。

 木も使(つこ)うちゅうけど、石をいっぱい使(つこ)うて頑丈そうな家やにゃ~。窓はガラスかえ? 流石異国のあの世やねぇ。

 おぉ、馬もおるやか! こりゃたまるか、でかい馬やにゃ!? おっ、それに市もあるがやね。何を売りゆーがやろうか? 後で覗いてみたいちや。

 うーん、みんなから聞こえる声も、オラと(おんな)じ言葉やき。あの世では、言葉が(おん)なじながやねぇ。こりゃ便利よ。

 

 龍馬が嬉しそうに市場を見ていたその時。


「ヒヒィーン!」


 飛び出してきた子供に驚いた馬が、前足を浮かせて立ち上がり、乗っていた者が転落する。


「ありゃ!? 大丈夫かえ?」 


 馬から落ちた者は、腰を抑えながらヨロヨロと立ち上がり、突然剣を抜く。


「何をする! この糞ガキが!!」


「うあぁぁぁぁん」


 怒鳴られた子供は泣きじゃくり、その場にへたり込む。


「こ、子供じゃないですか。許してやって下さいよ」


「そっ、そうですよ」


 市場に居る者達が即座に子供を庇うが、それでも収まりがつかない。


「うるさーい! 私を誰だと思っている!? ウォンカ様直属の」


「取り巻きだ」


 そう答えたのは、ゾイであった。


「誰だ!? 今言ったのは!」


 取り巻きの目に、歩いてくるゾイが映る。


 ケッ、ゾイか……


 ゾイは座り込んでいる子供を立ち上がらせると、優しく声をかける。


「もう行きなさい。馬の近くは走らないようにね」


「うん……」


 流石ゾイ様…… お優しい。

 ゾイ様だ……

 大変な時なのに、子供を助けてあげるなんて…… 

 

 ゾイとその者は、睨み合っている。


「ケッ」


 取り巻きは馬に乗り、龍馬を一瞥した後、去って行った。


 なんであいちゃー、上士みたいやにゃ……


「ありがとうございます」


 取り巻きが居なくなると、その様子を見ていた者達が、ゾイの近くに集まってくる。


「いいえ」


「ゾイ様が居なければ、あの子供はどうなっていたのか……」


「ほんと、ほんと」


「ゾイ様、これを持っていって下さい」


 市場で店を開いている者が差し出したのは、肉の塊であった。


「お気持ちだけ」


 そう言って断ると、受け取らず龍馬の元へ戻って来る。


「行こう」  


「おぉ」


 ゾイを荷車に乗せて再び走り始める。


「さっきのは誰ながで?」


「この町の領主、ウォンカの取り巻きの一人だ」


 お殿様の家臣かえ…… ゾイさんとは仲良くないがは、一目瞭然やったねぇ。


「そこを左に曲がってくれ」


「ん? あいよ」


「ガラガラガラガラ」


「その突き当たりだ」


 ゾイが何かを呟き手をかざすと、風が吹いて倉庫の扉が開く。


「おう!? どういて開いたがで?」

 

「フッ」


 ゾイは微笑むだけで、説明を省く。


 うーん、やっぱりゾイさんは妖術を使えるみたいやねぇ。恐ろしいちや。


 二人が倉庫に入ると、扉が勝手に閉まってゆく。

 その様子を、外からジッと見ている者達が居た。

 

「……おい、見たか?」


「見た見た。ゾイの奴、変な男と帰ってきてたな」


 これは、取りあえずバルミンさんに、報告しないといけないな…… 




「荷車はそこに止めておいて良い。腹が減っているだろう、荷物は後で降ろそう」 


「あいよ」


「リョウマ」


「なんでぇ?」


「さっきは奴隷などと言って申し訳ない。あのように言うのが一番手っ取り早かったのでな」


「分かっちょらえ。全然気にしてないき。やき、ゾイさんも気にしなや」


 良かった…… 何を言っているのか全部は分からないけど、怒ってはいないみたい。


「こっちに来てくれ、食事にしよう」


「メシかえ!? それを待っちょったきねぇ!」


 倉庫から家に続くドアを開け、中に入るゾイの後を付いて行く。


 ブーツは脱がんでえいみたいやにゃ……


「へぇ~、えい家やねぇ」


「気に入ったのか?」


「うんと気にいったき。ここに一人で暮らしゆがかえ?」


「あぁ…… そこの椅子に座って待っていてくれ」


「あいよ」


 言われた通り椅子に座り、ゾイを待っている間、龍馬は室内を珍しそうに見回す。


 うーん、焚火をするとこもあるし、ガラバ(グラバー)さんの家みたいな感じやにゃ。

 椅子とかテーブルも、雰囲気もよう似いちゅうし。

 それにしてもやにゃ、椅子とテーブル以外なんちゃー(何にも)無いやか。どういてで? 


「待たせたな」


 ありゃ? ゾイさんが持ってきたちや。女中さんはおらんがやろうか?


「おっ、げにまっことすまん(これは本当に申し訳ない)にゃ。水ももろうて、メシまで食わしてくれて、たまるかぁほんま」


 何を言っているのか分からないけど、喜んでいるみたい。


「パンと野菜のスープだ。肉も少しだが入っている。粗末な物ですまない。こんな物で良ければ、遠慮なく食べてくれ」


「おぉー、パンかえ!? 長崎で食べた事あるがよ。ほんなら、遠慮なく頂くきね」


「どうぞ」


 龍馬はまずパンを手で掴み噛り付く。


 うん!? こりゃ、だいぶ硬いき…… 歯が、歯が立たんちや! 


「ぐぐぐぐぅ。ぎぃーぎぎぎぎぎぃ」


 龍馬は唸り声をあげながら顔をしかめ、首を様々な方向に伸ばして、パンを食い千切ろうとしている。


「……プッ、プフフ」 


 龍馬のその顔と動きのせいで、ゾイは笑う事を我慢できなかった。


「ぎぃぎぃ、ぎぃ、ぎぃー」


 無理だと思った龍馬は、パンを食い千切るのを諦める。


「ちょっと待ちぃ、どいたがでこりゃ!? えらい硬いにゃ~。どやって食うがで?」


 演技ではないみたい。奴隷の時の辛いショックで、パンの食べ方も忘れたのかしら?


「リョウマ、私を見ろ」 


「うん?」


「硬いパンはこうやって皿の淵に載せて、半分ぐらいスープに浸す」


「ほうほう」


「スープを吸わせて、ふやけた部分を食べるのだ」


 なるほどにゃ~。


「こうかえ?」


「そうだ、しばらくそのまま置いておくんだ。柔らかくなるまでは、ゆっくりスープを飲んでいろ」


「おぅ」


 このスプーンというがを使(つこ)うて、すくうがやったでね? けんど、腹が減っちゅうき、そんな面倒(めんど)くさいことは出来んき。


「ズズズーー」


 スプーンを使わず、皿を手に持ってスープをすする音を聞いたゾイは、目を大きく見開き、驚きのあまりスプーンを落としてしまう。


「カラン」


「ズズズズズー、シュポ! クチャクチャクチャ」


 もしかして、具の肉と野菜まで吸い取ったの!?


「うん!? こりゃイノシシの肉やないかえ?」


「……あ、あぁ、そうだ」


「この肉やったら、土佐でも食べた事あるきね! 美味いにゃ!」


「……そうか」


「もしかしてこの猪は、オラが土佐で食べた猪かもしれんきね? 土佐でもオラに食われて、あの世でもオラに食われるち、難儀な事やねぇ」


「……」


「お~、パンも柔らかくなっちゅう! うん! 美味い!」


「それは、良かった……」


 この人にはまず、テーブルマナーを思い出して貰わないといけないね……


「ところで」


「どいたで?」


「リョウマの歳はいくつだ?」


「オラは……」


 そういや、斬り殺された日は、生まれた日と同じやったにゃ…… ※注5


「33才よ」


「ぶっ!」


 思わずスープを吹き出してしまったゾイは、食事をする手を止めてリョウマを見つめる。


「どうしたがでゾイさん?」


「何故嘘をつく?」


「何がで?」


「年齢だ。どうみても22歳前後にしか見えないぞ」


「え?」


 ……そんなに若く見えたかにゃ?


「いや、オラは本当に33ながよ」


 記憶の混乱で、年齢まで分からなくなっているのかな……


「信じられないのなら、鏡を見てみろ。そこのドアを開けた部屋にある」


「え? ほんなら、見てみるき……」


 隣の部屋にある鏡を見に行く龍馬を、ゾイは見ている。

 

 いくら人手が欲しいからといっても、この家に置いて問題無いのか、少し不安になってきちゃった……


「はぁー!? どいたがでこりゃ!? なんながでぇ!?」


 鏡を見た龍馬は、手で顔を抑え急いで戻って来た。


「ゾイさん、オラ若返っちゅうちや! どういてで!? あの世に来たがは、みんな若返るがかえ? ほいたらゾイさんも、生きちょった時はババァやったがかえ!?」


 だっ、誰がババァよ!! 口が悪いな、もう。


「……リョウマ」


「なんで?」


「そこへ座って」


「……」


 言われた通り、龍馬は大人しく座る。


「いいかリョウマ。ここは現実だ」


「……」


「お前は死んでなんかいない。生きている」


「いや、オラは確かに死んだがよ。ここをにゃ、バッサリ斬られてにゃ、ほんで……」


 ゾイの悲し気な視線を感じた龍馬は、説明の途中で口を閉じる。


「よく聞いてくれ。私は、この町で生まれた。ここに住んでいる皆が、この町や、他の町や村で生まれた。リョウマが言っているように、死んでここに来た者なんて、誰一人としていない」


「……」


「だからリョウマ。お前も同じ空の下、何処かの国で生まれたのは間違いない」


「……」


「恐らく奴隷としてこの国に売られてきて、随分辛い目にあったのだろう。それで記憶がおかしくなっている」


「……」


「だが、安心してくれ。私はリョウマに辛く当たったりはしないと約束しよう。行く所が無いのなら、ここに住んで畑の仕事を手伝ってくれないか? 多くは払えないが、賃金も出す。落ち着いた生活をすれば、混乱している記憶が治るかもしれない」

 

 混乱かえ……

 ここには知り合いもおらんみたいやし、行く所もないしにゃ。おうたばっかりやに、こんなに面倒みてくれるち、なんぞ理由があるがやろうけんど、まっこと運が良かったがかも知れん。

 それやったら、死んでここに来たとか、しばらくは言わん方がえいにゃ……


「ここに住んでもかまんがかえ?」


「あぁ、さっきの鏡のあった部屋を使ってくれ。だが、言った通り、畑や色々な手伝いをして貰うぞ。それと……」


「ただ飯を食う訳にはいかんき、仕事はやらせてもらうき。それと? どういたがで?」


「何度か見せたが、私は魔法を使える。変な気は起こさない様にな」


 さっきから言うてる魔法ち、もしかしたら妖術のことかえ?


「変な気は起こしたりせんき心配しなや。ゾイさん?」


「なんだ?」


「ゾイさんはいくつなが?」


「……リョウマと同じぐらいだ」


 同じぐらいかえ…… そんな若いのに、こんな大きな家に一人で住んで、オラみたいな(もん)を連れて帰るち、なんぞ理由があるがやろうにゃ……


「ゾイさん」


「なんだ?」


 何度も名前を呼ばれ、ゾイは少しイラついていた。


「しばらく、お世話になるき。宜しく頼むきね」


 龍馬はそう言うと、深々と頭をさげた。


 そんな龍馬を見て、ゾイのイラつきは一瞬で消え去る。


「……あぁ、こちらこそ宜しく頼む」


 顔を上げた龍馬は、満面の笑みを浮かべており、ゾイの険しかった表情も薄っすらと笑顔に変化する。

 だが、直ぐに意図的に元の表情へ戻す。


「ところでリョウマ」


「なんでぇ?」


「食事の仕方だが……」


「ん?」


「スプーンを使ってスープを飲むように。音もなるだけ立てずに」

 

 あちゃ~、行儀がなってなかったかえ。そりゃ悪かったねぇ~。


「こっ、こうかえ?」


「そう、上手だ」


「ズズー」


「駄目だ」


「え?」


「吸わずに、口の中に直接入れてみろ」


「こうかえ?」


「開けた口の中に上から垂らすな。私のを見て」


 龍馬はゾイのスプーンの動きをジッと見詰める。


 なるほどにゃ……


「こうやね?」


 スプーンを使う龍馬を見て、ゾイが突然笑い始める。


「フフッ、フンフフッ」


「できちゅうろ? それやにどういて笑うがで?」


「スプーンをくわえる時に、アゴをしゃくらせる必要は無い」


「え? そんなになっちょった?」

 

「あ、あぁ。フフフッ」


 ゾイは笑いのツボに入ってしまう。


「そんなに笑いなやぁ」


「ンフフフ、フフフフッ」


「うひゃ、うひゃひゃ」


「ンフッ、なんだその笑い方は? ンフフフフ」


「うひゃひゃひゃひゃー」


「やっ、やめろ、その笑い…… ププッー。ンフフフフフ」


 二人は、少し前に初めて出会ったとは思えないほど、楽しそうに笑い合っていた。



 数時間後……

  

「この荷物はここでかまんが?」


「あぁ、そこに頼む」


 休憩の後、二人は荷車に載せている荷物の片付けをしていた。

 

「こりゃ、中身はなんながで?」


「肥料だ」


「へぇ~、肥料かえ」


「あぁ、特別な肥料なのだ。昔は何処にでも手に入ったらしいが、今この辺りでは、タネガーでしか売っていない」


「わざわざ別の町に買いに行くがかえ。よいっしょっと」


「私の畑には、トエッタという非常に珍しい木が二本あって、その木には欠かせない肥料なのだ」


「珍しい木?」


「あぁ、その木から取れる熟した実は希少で、非常に高価なのだ。それ以外の実も薬にもなる」


 それ以外……


「実の中には当然種があるのだが、いくら植えても芽が生えてくることはないそうだ。なので本当に希少な木で、この先ずっと取引が決まっている」


「ほへぇ~」


 けんど、それやったら銭には困らんがやないがかえ? 家は大きいのに、どういてこんなに物がないがやろ? 馬小屋みたいな所もあったのに、馬はおらんし、それに女中さんもおらん……


「よいしょっと」


「それで終わりだな。リョウマ」


「なんで?」


「似合っているぞ」


 自分が着ている服に目を向ける。


「そうかえ。洋服はあんまり着た事ないけど、似おうちゅうかえ?」


 龍馬はゾイが用意した服に着替えていた。


「フフ」


「ああっと、ゾイさん」


「なんだ?」


「かまんがやったらオラが働く畑を見にいってみたいがやけんど」


「分かった。それなら、せっかくだから準備をして見に行こう」


 二人は荷車に水と道具を載せて、倉庫から外に出て畑に向かう。

 その途中、子供が無邪気に遊んでいたり、人々が立ち止まって穏やかに談笑している姿が見える。

 その者達は、ゾイに気がつくと笑みを向ける。


 うーん、のどかな町やねぇ。

 鏡川みたいな川もあったし、海も近いし、土佐を…… 土佐を思い出すにゃー。


「見えて来た。あれが畑だ」


 うん?


「おっ…… おお、おおおおお。な、なんちゅう木であらぁ!?」


「あれがさっき説明したトエッタの木だ」 


 その木は、あらゆる方向に巨大な根を張り、まるで天を目指すかのよう、真っ直ぐにそびえ立つ。


「はぁぁぁぁ、こりゃ根がでかいにゃ~。まっこと(本当)珍しいがよ。土佐でも江戸でも、長州でも薩摩でも見た事ないき。うはー、綺麗な実がついちゅうし、葉っぱもでかいにゃ~」


「この二本の木、それと実と葉は、我が家の紋章になっている」


 そう言って、鞘に刻まれている紋章を見せた。


「おぉー、こりゃええ(良い)にゃ~」


「リョウマの服の胸に描かれていたのは、もしかして紋章か?」


 家紋のことやろにゃ。


「そうで、組合角に桔梗ながよ」


 そう伝えても、ゾイの表情は変わらない。


「えーと、花ながよ。花がその、えーと、紋章ながよ」


「そうか、あれは花なのか。リョウマの紋章は花……」


「そうながよ。けんどこりゃ、背も高いし、実を取るがも大変やろ?」 


「その通りだ……」


 ゾイは木を見上げて、実の色を確認している。


 良い色に染まって来た。収穫は近い。


「恐らく、もう何日かしたら、収穫に入る」


「オラはそれを手伝(てつど)うたらえいがやね」


「まぁ…… そうだ」


 うん? 妙に歯切れが悪いにゃ?


「まかしちょきや。他には何人ばぁ(ぐらい)手伝いにくるがで?」


「従来なら、この実の買取りの契約をしているユンデンさんが、何十人か寄こしてくれる話になっているが……」


 不安そうな表情を浮かべるゾイを、龍馬は見ている。


 ……なんか問題があるみたいやね。


「まぁこんでも(こなくても)大丈夫やき」


「……」


「オラが一人で全部収穫しちゃおき(するから)ね」


 そう言って笑う龍馬を、ゾイは見ている。


 素人には無理なんだけど…… でも……


「フッ、大変な量だぞ」


「まかしちょきや」


「では、さっそく畑の仕事を憶えて貰おうか」


「はいよ」


「見ての通り、私の畑は小さい。トエッタの根が張り出して、野菜を育てるスペースは僅かだ」


「そうやねぇ」


「だが、私とリョウマが食べるには十分な量が収穫できる」


 その時、荷車から道具を降ろすゾイと龍馬を、馬に乗った数人の男達が遠くから見ていた。


「おい! ゾイと一緒にいるのは誰だ!? まだ手を貸す者が町に居たのか!?」


「ウォンカ様、私が市場で見たのはあいつです」


「先ほど門番に聞いた話では、ゾイが買って来た奴隷だそうです」


「なにぃ、奴隷だと!? そんな物を(・・)町に入れたなど、聞いておらんぞ! どういう事だバルミン!?」


「恐らく、門番が勝手に通したのでないかと……」


「ふざけおってぇ! どの門番だ!? 処罰してやる!」


「……ウォンカ様」 


「なんだ!?」


「今はあまりそういう事をなさらない方が宜しいかと……」


 バルミンがそう答えると、ウォンカは苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべる。


「くっ! 奴隷を買う金はどこから出たんだ!?」


「ユンデンが先払いしたか、金を貸したかも知れないですね?」


 くぅぅ、全てを奪ってやったというのに、やはりあの木があるかぎり、ゾイが俺に平伏すことは無いという事か!?

 くっそー、取引相手が門閥貴族でなければ、あの木もいっそのこと……


「ゾイの次の当番はいつだ!?」


「確か、6日後です」 

 

「バルミン!」


「はい、ウォンカ様」


「言わずとも分かっておろうな!? 何か考えておけ!」


「……御意」


 返事を聞いたウォンカは、ゾイと龍馬に目を向ける。

 

「ペッ」


 二人を見ながら唾を吐くと、バルミンを残して他の者達とその場を離れて行った。

 そのウォンカを見送ったバルミンは、ゾイと龍馬を見ている。


 このままではゾイ、お前まで命を落としかねない。

 助かる道は、ウォンカ様に平伏すしかないのだ。

 そう、他に…… 他に道は無い……

 


「おー、こりゃ妙な人参やねぇ」


「サン人参という人参だ」

  

「サン人参?」


「あぁ、種を蒔いてから30日で収穫できる。それに、ある程度不毛な土地でも、問題なく育ってくれる」


「ほぇ~」


「なので価値は殆どないのだが、その人参のお陰で、飢饉を乗り越える事が幾度となく出来たと、歴史の授業で習った」


「はぇ~、おんしゃー(おまえ)見た目は悪いけんど、偉い人参ながやねぇ~」


「フフ、その通りだ。だから悪口は良くないぞ」


「そりゃそうやね。すまんかったにゃ~、勘弁してちや~」


 人参に謝る龍馬を見て、ゾイは笑顔を見せる。


 一人その場に残っていたバルミンの目に、ゾイの笑顔が映っていた。


「……」


 バルミンは馬を走らせ、その場から去って行く。



 その日の夜。

 夕食を終えて、ベッドで横になっていた龍馬は、額を手で触る。


「……」

 

 オラは…… オラは確かに近江屋で殺されたがよ。

 慎太も、だいぶやられちょったけんど、命は助かったがやろか…… そういや、藤吉の声は、ほたえよったがやなくて、やられた声やったがやにゃ。助けもせんと、悪い事をしたき。

 ……オラと慎太を襲うたがは、まずは座してから突然斬りかかってきたがよ。今思うたら、小太刀を使(つこ)うちょった……

 あいちゃーら、かなり場慣れしちゅう。新選組かえ…… いや、それよりも、土佐藩邸の目の前にある近江屋に、己の危険を顧みず殺りにくるらぁて、よほどオラを殺したかったがやにゃ……

 オラが近江屋におるがを知っちょって、襲う様に言うたが(言った奴)がおるはずよ……


「……」


 まさか…… まさか、永井様が……

 

 その時、ドアがノックされる。


「コンコン」


 ノックに驚いた龍馬は、上半身を起こし刀に手を伸ばす。


「リョウマ、起きているか?」


 ゾイはドア越しに話しかけてきた。


「う、うん。まだ起きちゅうき」


「明日は、リョウマの剣の腕を見せて貰いたいが良いか?」


 龍馬は手に取ろうとした刀に目を向ける。


「……うん、分かったき」


「おやすみ」


「おやすみながよ、ゾイさん」 


 ゾイの足音が遠ざかると、龍馬は再びベッドに寝転がる。

 

 ……誰に殺されたとかにゃ、そんなが考えたち仕方がないがよ。オラはもう、死んでしもうたき、どうせ戻れんろうね……

 けんど、出来る事やったら、直ぐそこにあった日本の新しい時代を…… この目で見てみたかったにゃ……



次の日の朝。


「チュチュチュチュー」


 小鳥の泣き声で、龍馬は目を覚ます。


「ん…… うーん……」   


 もう朝かえ……


 身体を起こした龍馬は、ベッドに座り、ボーっとしている。


 厠は…… 厠はどこやったかにゃ?


 寝ぼけている龍馬は、ふらつきながら部屋を出て彷徨い、厠だと思っていたドアを開ける。

 すると、そこには……


「キャーーー!」


 へ!?


「あぁー!?」


「バタン!」


 龍馬は急いでドアを閉めた。 

 

 厠だと思っていたドアは、実はお風呂のドアで、風呂上がりの裸のゾイが立っていたのだ。


 うあぁぁ、やってしもうたちや!?

 どうしょう!?


 慌て蓋める龍馬だが、ゾイも同じ様に慌てていた。


 もうーやだ、裸を見られちゃった! 

 ううん、違う。思わず悲鳴を上げてしまって…… どうしよう……


 服を着たゾイが風呂場から出て来ると、龍馬が俯いて椅子に座っているのが見えた。


「あっ、ゾ、ソイさん。まっこと、まっこと申し訳ないちや」  


 龍馬は、深々と頭を下げる。


「ほんまに、申し訳ないき。厠と間違えてしもうて……」


「……はぁー」


 ため息を付いたゾイは、口を開く。


「別に構わないが、ノックぐらいしろ」


「ノック?」


「昨日教えただろ。ドアをノックして、応答がないか確認してから入る様にと」 


「そっ、そうやったき。不慣れなもんで、まっこと、申し訳ない」


 再び頭を下げる龍馬を、ゾイは見ている。


 どうやら、わざとじゃないみたいだし、それに、裸を見ても襲ってもこなかったし……

 ちゃんと謝っているから、許してあげよう。


「それより、朝食にしよう」


「う、うん」


「休憩後は昨晩言った様に、剣の腕を見せてもらう」


「うん、分かったき。ほんまに、申し訳ない」


「もう良い。忘れろ」


 そう言ってゾイは、キッチンへ移動した。


 ゾイさん…… 凄く、凄く綺麗やったき……

 いや!? 何を考えちゅうがでオラは!? 世話になりゆー人に、何を思いゆうがで!? 忘れろ言われたろ!

 それに、浮気(いろ)なんかしたら、お龍に殺されるき! 

 

「殺されるもなにも…… そうよ、オラはもう、死んじゅうがよ……」


 龍馬は、なかなか現実を受け入れられないでいた。   



 朝食を終えた二人は、しばらくして中庭に出る。

 

「リョウマ、受け取れ」


 ゾイが投げた物を、龍馬は空中で受け取ろうとするが、上手く掴めず、落としてしまう。


 もう、ちゃんと取ってよね! あれぐらいも取れないとか、大丈夫かな……


「……拾え」


「す、すまんちや」


 拾い上げたのは、木剣であった。


 ……異国の木刀かえ。


「さぁ、好きな時に打ち込んで来い」


 ゾイに目を向けると、木剣を持った左手をダラリと下げていて、構えてさえいない。


 ……こりゃめった(困った)き。ゾイさんがどればぁ(どれぐらい)剣が出来るか知らんし、怪我でもさせたら大事(おおごと)ちや。


「どうした? 早く来い」


「うーん……」


 リョウマ…… まさか、剣が使えないの?


「ゾイさん、もう少し柔らかい物で戦わんかえ?」


「柔らかい物?」


「えーとやね…… 例えばねぇ……」


 なんか柔らかいもんはあったかにゃ?

 パンは…… いかん! あれはこの木剣よりも硬いかもしれんき。

 それやったら、パンを水に浸して柔らかくしてから……

 いやいや、べちゃべちゃになるきね。うんと、うんと……


「そう!? 枕なんかどうで!? 昨日つこうた枕は、こしゃんち柔らかかったがよ! あれで、叩き合いしたらどうで!?」


 子供の頃、それで遊んでいた光景が、ゾイの脳裏に浮かぶ。


「……それで、剣の腕を知る事が出来るのか?」


「うーん…… 出来ん、かも、しれん、ねぇ」

 

「……ふざけた事を言ってないで、早くかかってこい!」

 

「いや~、けんど……」

 

 せめて面と胴だけにでも、防具を付けてくれるがやったら……


 その時、突然何者かの声が聞こえる。


「俺が相手になろう」


 声に驚いたゾイが振り返ると、そこにはバルミンが立っていた。


「バッ、バァ……」


 バルミン……


「ババア?」


「リョウマとやら、ゾイが女だから困っているのだろう?」


 誰か知らんけんど、お見通しかえ……


「俺が相手なら問題あるまい」


「バルミン! 貴様、何しに来た!?」


 バルミンかえ、ババァじゃないがや……


「別に…… 近くを通ったので、立ち寄っただけだ」


「ふざけるな! よくこの家にのうのうと入ってこれたな!」


 何があったか知らんけんど、ゾイさんの敵の様やにゃ……


「貸せ」


 バルミンは、ゾイの持っていた木剣を奪い取った。


「何をする!?」


「黙って見ていろ。あいつの腕を知りたいのだろう?」


 くっ……


 俺も、知りたいのでな……


「リョウマとやら、構えろ」


 龍馬は言われるがまま、木剣を持って降ろしていた右腕を少し上げる。


「いくぞ!」


 そう声を発した瞬間、バルミンは木剣を振り上げ、瞬時に間合いを詰めて一瞬で振り下ろす。 


「ガシン!」


 ほぅー、防いだか…… それだけでも、かなりのものだ。


 リョウマがバルミンのあの速い一撃を……

 いや、それもだけど、バルミン! 今のは本気だった。リョウマが受ける事が出来なければ、死んでいたかも知れない……


 そう思ったゾイは、バルミンを睨んでいる。


 ふぅ、思わず身体が反応してくれたき受けれたけんど…… こしゃんち速いき。まるで、桂さんみたいやにゃ……


 龍馬は合わさった木剣に力を込め、押し返して距離を取る。


 なるほど、力もなかなかあるようだ。


 バルミンは龍馬の構えを観察する。


 ほぅー、なかなか強者の雰囲気がある。

 両手持ちで左足が前…… それなら、左足を踏み込めば届く距離まで俺が詰めてやろう。


 バルミンはジリジリとわざと距離を詰める。 


 さぁ、これでどうだ? 今度は貴様が打ってこい!


 張り詰めた空気を感じていたゾイは、止める事も、瞬きすら忘れて見ている。


 静寂な時間の中、龍馬とバルミンの視線が絡み合う。


 ……来る!


 バルミンがそう思った瞬間、龍馬は右足で地面を蹴り、すり足で左足を前に出し一気に距離を詰め木剣を振り上げる。

 

 すり足!? くっ……


 最小限の左足の動きに翻弄され、受けるタイミングが一瞬遅れたバルミンは、頭を割られる覚悟を決める。

 だが、龍馬の動きが遅く、片手で持った木剣で、いとも簡単に受け止めてしまう。

  

「遅い!」


 龍馬の一撃を右手一本で受け止めた後にそう言うと、空いている左手で龍馬の胸を突き飛ばしたバルミンは、木剣を地面に捨てた。

 

「ふん、どうやら戦力としてはハズレの奴隷を買って来たようだな。次まで(・・・)に、もう少し使える奴隷と交換しておけ。いいな!?」


 そう言い残すと、バルミンは去って行った。 


「リョウマ、大丈夫か?」

   

「いや~、たまるか~。あいちゃーの剣の速さというたら、驚いて腰を抜かしそうになったちや」


 バルミンは本気だった。それを防ぐだなんて、まぐれでも凄いことだよ。


「ところでゾイさん。ありゃ誰ながで?」


「……名はバルミン・コラーニ。この町の貴族であり、騎士であり、警備隊の隊長だ。その地位を、代々受け継いでいる由緒ある家系の者だ」


 騎士? 武士みたいなもんかえ?


「それに、奴は剣の達人であり、弓の名手だ。その剣を、よく防いだ」


「へぇ~、よう分からんけんど、大層ながやねぇ。それがどういて、突然来たがで?」


「……さぁな」


 リョウマの事が気になったのだと思うけど、いまさら……


「リョウマ」


「なんで?」


「今日はもう剣はいい。畑に肥料をやりに行こう」


 なんとなくだけど、リョウマの実力も分かったし……


「分かったき。そうしようか」


 ゾイの家を後にしたバルミンは、馬に乗り走っていた。


 あのリョウマとかいう者、踏み込みは鋭かったが、それ以外は遅すぎる。

 あれでよく、私の本気の打ち込みを防げたものだ。


「……」


 いや…… もしかすると……   


 

 ゾイと龍馬は、畑に来ていた。


「この肥料と水を一対一で混ぜるんだ」  


「ほむほむ、同じ量なんやね」


「綺麗に溶けるまで、良く混ぜる」


「ふむふむ」


「後は根の周りに撒くのだが、見えている根に直接かけない様に注意してくれ」


「ふむふむ、分かったき。何日おきに撒くがでこりゃ?」


「だいたい30日毎に撒いている」


 龍馬の質問に答えながら、ゾイは沢山ある実一つ一つに、丁寧に目を向けている。


「……昨日よりもさらに良い色になって来た。今回も、問題なさそうだ」


 それを聞いた龍馬も、トエッタを見上げる。


 良い色? なんちゃー(何にも)昨日と色が変わった様には見えんけんどねぇ……


 作業に勤しむ二人の元に、一人の男が現れる。


「ゾイ様、おはようございます」


 突然声を掛けられたが、ゾイに慌てる様子はない。

 それは、聞き馴染みのある声だからである。


 ユンデンさん……


「おはようございます」


「一部の実が、良い色になってきましたね」


「ええ、一安心です。リョウマ、この方は実を買い取ってくれるユンデンさんだ」


「ユンデンさん。オラ龍馬言うがよ、宜しく頼むき」


「こちらこそ宜しくお願いします。リョウマ…… 失礼ですが変わったお名前ですな。話し方と言い、どちらのご出身で?」


「えーとねぇ……」


 返答に困っている龍馬に、ゾイが助け舟を出す。


「リョウマはラバネン王国を超えて更に奥深くにあるヨシュユキという所から来たようです」


 吉行…… オラの刀の名前をつこうたがやね。それやったら、オラも覚えやすいがよ。


「そうながよ、オラそっから来たがよ」


「ほう~、船で100日はかかるラバネン王国のさらに奥から…… ヨシュユキ…… うーん、商売人の私でも聞いた事がない。ところでリョウマさん」


「なんで?」


「何かこの辺りには無い、変わった物を持っておりませんか?」


「変わった物?」


「ええ、私の商売相手は貴族様が多いのですが、貴重な物や珍しい物を、金に糸目をつけず欲しがる人が多いものでして。もし不要な物がありましたら、見せて頂けないでしょうか?」


 そう言ったユンデンの目は、荷車に載せている龍馬の刀に釘付けになっていた。


「こっ、こりゃ、いかんき。これは大切な大切な刀ながよ」


「ほう~、カタナという物ですか?」


「い、いや、だからそんな目で見なやぁ。こりゃ絶対に手放せんがよ」


「ほう~、絶対にですか~。それは余程価値があるのでしょうね~」


 ウフフ。 


 龍馬とユンデンのやり取りをみて、ゾイは微笑んでいる。

 そのゾイの笑顔に気付いたユンデンは驚いていた。


 ゾイ様が…… 人前で笑顔を……


「ユンデンさん、それぐらいで許してあげて下さい」


「あっ!? これは、これは失礼しました。商売の事になると私はつい…… リョウマさん、すみません」


「いやいや、全然かまんきぃ。オラもその気持ちは痛いほど分かるきね」


「と、いう事は、リョウマさんも商売人ですか?」


「う~ん、まぁ、半分そうかにゃ~」


「ほう~、是非機会があればお話を伺いたいものです」


「そうやにゃ~、オラもユンデンさんの話を聞いてみたいがよ」


「ゾイ様、この後ウォンカ様に呼ばれておりますので、後でお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 ウォンカに…… 


「ええ、収穫の話もありますので、宜しくお願いします」


「分かりました。それではゾイ様、リョウマさん」


「はい、ではまた後で」


「またにゃ~」


 龍馬は去ってゆくユンデンを見ていた。


「なんか人が良さそうやねぇ」


「あぁ、悪い人ではない。別の町に住んでいて、収穫が近付くとこの町にやってきて、終わるまではずっと滞在している。頼りになる人なのだが……」


「どういたがで?」


「だが先ほどの様に、商売の事になると、周囲が見えなくなってしまうのだ」


「うん、そんな感じやねぇ~」


「ところでリョウマ」


「なんで?」


「剣以外に、何か使える武器はないのか?」


「剣以外かえ……」


「例えば弓とか、剣以外で得意なものはあるか?」


「まぁ、和術も出来るし槍も使えるし、一通りは習っちゅうけんど…… 剣以外で得意と言えば…… 薙刀かにゃ~」


「ナギ、ナタ? それはどんな武器だ?」


「うーん、簡単に言うたら、門番が槍を持っちょったろう?」


「あぁ」


「あの槍の先がこの脇差みたいになっちゅうがよ」


 そう言って、荷車の上に置いていた脇差を手に取り、抜いて見せる。


「……なるほど、短い剣が先についているのか? でも、それなら槍とたいして違いは無いのでは?」


「そうやねぇ。槍は突くことに長けちゅうろう? 薙刀は、もっとこう刃が反っちょってね、斬る事に長けちゅうがよ」


 斬る事に…… 説明を受けたゾイだが、あまり槍との違いを見いだせないでいた。


「急にどいたがで?」


「いや、別に……」


 バルミンの一撃を、まぐれでも防げたのは凄い。だけど、攻撃は遅くて、防御に比べると格段に落ちる。あれでは魔獣が相手だと、リョウマの身が危ない。


「水をやる前にこの辺りの野菜を全て収穫しよう」


「この辺りを全部かえ?」


「実の収穫の為に足場を組むのでな、収穫して土を(なら)しておこう」


「ここの野菜は、まだ小さいのもあるけんど、かまんがかえ?」


「重要なのは、トエッタの実の収穫だからな」


「そうかえ~。土を(なら)すち、この畑全部でも、そんなに時間かからんでね? 畑仕事を手伝って欲しい言うき、こしゃんち大きな畑で、大事(おおごと)かと思いよったけど、全然楽やねぇ」


 どうしよう…… 正直に言っちゃおうかな……


「……リョウマ」


「なんで?」


「その…… 魔獣退治も手伝って欲しいのだが……」


「あぁ、饅頭ねぇ。忘れちょったき! お世話になりゆうがやき、全然手伝うきんねぇ」


 良かった。けど…… 魔獣の事を理解していないみたい。騙しているみたいで、ごめんね……


 

 この町を治めているウォンカに呼ばれたユンデンは、ある程度予想していた事を告げられる。


「それでは、私が連れて来ている実の収穫の為の人員を、今直ぐ町から退去させろと、そうおっしゃっているのですか?」


「最近町の治安が悪くてな」


 確かにウォンカ様が領主様になってから、治安は悪くなっている。墓荒らしが出る様になったとも耳にした。先代領主様の時には、一度もそんな事は無かったのに。


「町人やお前達を守るための処置だと思ってくれ」


 何が守るためだ! ゾイ様に対する見え見えの嫌がらせではないか!

 

「恐らくゾイが裏で手引きをしておる。魔獣が急激に増えたのにも関与しているのであろう。あの木のせいで、この村を治めている私ですら口出すことは出来ないのでな、やりたい放題だ」


 何を言っているんだ! ゾイ様がそんな事をする訳ないし、裏で口を出しまくっているではないか! それに、魔獣が増えたのは……

 引き下がれない! トエッタの実は、私の稼ぎの大半と、門閥貴族様との大切な繋がりだ。引き下がれるわけがない!


「ウォンカ様」


「なんだ?」


「トエッタの実を心待ちにしている門閥貴族様達に、何と説明すれば宜しいのでしょうか?」


「そっ、それは…… じっ、事実を申せばよいのだ。ゾイが奴隷などと称して不逞の輩を町に招き入れ、それによって治安が悪化しているとな! 領主として、町の秩序を回復する為の処置をしているのであってだな、その過程でしばらくの間だけ外部の者を入れさせないだけだ! 仕方あるまい!」


「分かりました。ウォンカ様の決定だとお伝えいたします」


「う、うん。い、いや、待て!」


「どうなされました?」


「ふっ、二人だ。実を収穫する職人を二人までなら特別に許そう」


 最低でも20人は必要な作業に、たったの二人……


「何度でも言うが、悪いのはゾイだ! それを伝える事を忘れるな!」


 どうして…… どうしてあの素晴らしい先代様から、この様な者が生まれたのか、不思議でならない……


  

「かぁ~、まっこと美味いき~」


 ……うふふ、本当に子供みたい。


「粗末な食事なのに、そんなに喜んで貰えて助かる」


「全然粗末やないがよ~」


 これが本心なら、奴隷の時はまともな食事を出された事がないのかもしれないね…… 可哀そうに……


「うん? 声が聞こえたで。誰か訪ねてきたがやないが?」

  

 その声の主は、ユンデンであった。


「ユンデンさん、足場を組むのを頼んできましたので、明日には出来ます」


「そう…… ですか……」


 ユンデンは、ウォンカとのやり取りの全てをゾイと龍馬に聞かせた。


「それでは、2人だけしか……」


「ええ、最初は一人も認めない口ぶりでしたが、門閥貴族様の話を出すと、二人だけならと……」


 うーん、確かにあの木には実が多かったけんど、オラを合わせて3人もおればなんとかなるがやないがかえ?


「ゾイさん、ユンデンさん、オラがいっぱい働いたら、なんとかなるがやない?」


「……リョウマさん、お気持ちは嬉しいのですが、それがですね」


「うん?」


「あの木は特別でして、その実もまた特別でしてね」


「ほうほう」


「太陽が昇っている間だけ、実の色が変化するのですが」


「ふんふん」


「一つの実の色が変化すると、それがまるで合図の様に、他の実にも一気に連鎖していきます。ですが、全ての実が熟す訳では無く、どの実が熟すのかは、分かりません。それは熟練の職人が目視で確認する以外は無いのです。そして、収穫できる時間は、約5分ほどです」


「そりゃ短いねぇ~」


「一度目の収穫期では、約500個ほどの実が熟すのですが、間違って熟していない実を収穫すると、それ以上は熟しません。遅すぎても味が悪くなり、そういう実は仕方なく薬用に回すのです。ですが、当然値が著しく下がります」


「ほむほむ」


「時間との勝負なので、兎に角熟した実を少しでも早く見つけるのが肝心でして。

 ですが、熟練の職人の腕をもってしても、あの大きな木で収穫しながら、色の差を見分けるのは難しく、殆どの実は、値打ちが下がってしまいます」


「なるほどにゃ~」


「完熟の素晴らしい状態のまま収穫された実は、大変貴重です。門閥貴族様達は、その完熟の実だけを欲しがるのです」


 まぁ、そうやろうにゃ~。


「そして、あの木の特徴として、残った実がまた熟すまで、不思議な事に最低10日は間が空いたり、そのまま熟さないと言う事もあるので、兎に角最初が肝心なのですよ」


「へぇ~。色の差も少しで、早すぎても遅すぎてもいかん。ほんでまた時間にもうるそうて、気分屋(って)女子(おなご)みたいに繊細ながやねぇ」


「……おなごとは、何の事だ?」


「女の人のことよ」


 そうだと思った!


 それを聞いたゾイが、龍馬を睨む。


 ふん、女は面倒みたいな言い方しないでよね!


 あら~、いらんこと言うてしもうたみたいやねぇ。

 兎に角人手が足らんがかぁ~。オラと職人二人で三人。しかもオラは素人で、指示されんと色の見分けは付かんしにゃ……


「ゾイさん」


「なんだ?」


「ゾイさんは実の色の見分けは出来るがでね?」


「勿論だ、子供の頃から見ているからな」


「ユンデンさんは?」


「ええ、出来ます」


 それやったらゾイさんとユンデンさんにも手伝ってもらって、それでも5人…… 時間との勝負なら、兎に角人手が要るわねぇ……

 うん?


「ゾイさんの、妖じゅ、いや、魔法で収穫は出来んが?」 


 その言葉を聞いたゾイとユンデンは顔を見合わす。


「私の魔法で収穫……」


 風魔法で熟している実だけを落とし、他の実や枝、それに葉に傷をつけずに……


「やってみないと分からないが、障害も多い」


「そうかもしれんけど、人手が足らんままやったら、収穫できる実の数は少ないろう?」


「私の魔法で上手く収穫する事ができても、大量の実を誰が受け止める? その人手も足りない」


「うーん、そうやねぇ。直接足場に落としたら……」


「それだと、貴重な実が傷ついてしまいます」


 うーん、それなら何かで受け止めんといかんがよ~。実を傷つけず、柔らかい物でかぁ……


「はぁーー」


 ユンデンは大きなため息をついて頭を抱える。

 

「あ~、邪魔をしてくるのは予測していたけど、どうすればいんだ~。十分な数を門閥貴族様にお届けできないとなれば、下手をすれば私は処罰されてしまう」


「うーん、そりゃ大事(おおごと)やき~」


「……」


 ゾイも困っており、言葉が出ない。 


 落ちてきた実を傷つけんようにかえ……

 

「そうやき!!」


 龍馬は何かを閃いた。


 突然立ち上がって自分の部屋に走ってゆく龍馬を、ゾイとユンデンは驚いて見ている。


「これよ、これ! これやきゾイさん!」


 そう言って戻って来た龍馬の手には、枕が握られていた。


「……まくら?」


「そうながよゾイさん! オラが死ぬまえっ、いや、国ではね、こんな柔らかい枕は無かったがよ! ほんで、この柔らかい柔らかい枕をやね、足場に敷き詰めてよ、それでゾイさんのよう、いや、魔法で熟した実を落とすちどうで!?」


 その話を聞いても、ユンデンの表情は晴れない。


「はぁー。仮にそれが上手くいったとしても、実を箱に入れて運ぶわけにもいかないのですよ」


「ん?」


「箱に入れると、下になっている実が重みで潰れて傷がついてしまいます。ですので、アイテムBOXが使える者も必要でして……」


 あいてぃむぼっくす…… うーん、ゾイさんも言いよったけんど、そりゃなんで?


 龍馬の困った表情を見て、ゾイが答える。


「物を出し入れできる魔法だ」


 あ~、なるほどねぇ。あの時水袋が出てきたがは、そういう魔法やったがかえ。物を仕舞えるち、タンスみたいなもんかえ。


「それやったら、二人はその、あいていむぼっくすんいう魔法を使えるがにして、ゾイさんの魔法で収穫するしかないがやないかえ?」


「……」


「それか大量に収穫するがを諦めるしかないき」


「ゾイ様、いかがいたしましょう?」


 ゾイは目を閉じて、しばらく考えて決断する。


「……リョウマの考えたやり方をやってみましょう」


「……分かりました。では、私はさっそく足場に敷き詰める枕を用意して戻ってまいりますので」


「私も少し用事があるので出かけて来る。リョウマはユンデンさんが戻るまで休んでいてくれ」


「うん? ゾイさん、オラも付いて行くけんど?」


「いや、少々個人的な用事なのでな」


 ゾイとユンデンは、龍馬を残して出かけて行ってしまった。


 うーん、休んじょけ言われてもやねぇ、逆に暇ながよねぇ。掃除でもするかねぇ。


 龍馬はホウキを見つけて、掃き掃除を始める。


「ゴホッゴホッ。靴でそのまま上がるき、土埃が凄いにゃ。ゴホッ、ゴホッ。なんぞ口に巻く手ぬぐいでも無いかにゃ?」


 龍馬は手ぬぐいを探して、引き出しを次々と開けてゆく。


「困ったにゃ~、全然ないちや」


 この部屋には、無いろうか?


 龍馬はまだ入った事の無い部屋のドアを開ける。するとその広い部屋には、大きな絵が壁に飾られていた。


「お~、こりゃ異国の絵の描き方と一緒やねぇ。大きいし上手やし、立派な絵やきぃ」


 その絵は、家族と思われる6人の人物が描かれており、その中に、10才ぐらいの女の子がいた。


 うん? こりゃもしかして、ゾイさんかえ?

 

 絵の中の少女には、ゾイの面影があった。


 畑で見せて貰った家紋も描かれちゅうし、間違いなさそうやねぇ。

 これが祖父上様で、隣が祖母上様…… ほんでこの人が父上様で、この人が母上様…… こりゃべっぴんな人やきぃ。

 ほんで、ゾイさんと、この人は…… 兄上様かえ? ちょっと桂さんに似いて、ええ男やにゃ。

 ほんまに、幸せそうな、えい(良い)絵やにゃ……

 けんど、この家に今おるがはゾイさんだけやき。一人で住みゆー言いよったし…… 他の人らぁは、どういたがで?


「……」


 龍馬は手ぬぐいを探す事も掃除も辞めて、ベッドに寝転がる。


 この家には、ゾイさん以外だーれもおらんし、おうたばっかりのオラみたいな者を家に連れてくるち、やっぱりよっぽどの理由があるがやねぇ。

 あのバルミンとかいうがも、突然無断で家に入ってきたりしてよ、なんか複雑そうやき……


「リョウマさーん、おられますか?」


 うん? ユンデンさんかえ?


「おるきねぇ、ちくと(少し)待ってよ」


「枕は手に入った分を今畑に運んでもらっています」

 

「そりゃ良かった。オラも手伝うきねぇ」


「ええ、お願いします。では、私はもっと枕を……」


「……」


 龍馬は再び枕を集めに行くユンデンの背中を見ている。


「あー、ユンデンさん! ちくと待っとうせ!」


「はい?」


「ちょっと、ちょっとちょっと」


「ん?」


 龍馬はユンデンを家の中に招き入れた。


「急ぎゆ所を申し訳ないけんど、どういてもユンデンさんに聞きたい事があるがよ」


「えぇ、かまいませんが、なんでしょうか?」


「うーん」


 言い出しにくい龍馬は、頭をぼりぼりと掻く。


「うーん…… うーん……」


「……」


 ユンデンは不思議そうにそんな龍馬を見ていたが、聞きたい事を何となく察していた。


「リョウマさん」


「うん!? なんでぇ?」


「聞きたい事というのは、この町、そしてゾイ様の家の事でしょうか?」


「あ~、うっ、うん! 実はそうながよ! ユンデンさんは、察しが良くて助かるきぃ」


「ふぅー」


 ユンデンはため息をついた後、ゆっくりと口を開く。


「この家の始まりは、何世代も前の話になります」


「ふんふん」


「トエッタの木は、今もどうやって芽が生えて来るのか分かっておりません」


「ふんふん」


「そんな貴重な木の芽が、突然このトゥリーナ家の畑に芽吹いたのです。本来なら、畑に生えてきた何やら得体の知れない芽など、摘み取ってしまって終わりなのですが、ゾイ様を見ていても分かる様に、代々トゥリーナ家の方々はお優しい方が多く、トエッタの芽を見つけたご先祖様も、きっとそうだったのでしょう。

 見知らぬ芽に、水をやり肥料もやり、大切に育てたと聞いております。そしてトエッタの木は、まるでその方の愛情に応えるかの様にすくすくと育ち、それはそれは見事な実を数年でつけるようになったそうですよ」


「ほ~」


「その実は珍しさもありもてはやされ、食した病人が元気になった、健康で長生きできたなどと噂が噂を呼び、この木を見る為に、国内外から大勢の人が観光に訪れました。移り住む人も増え、村から町へと変わり、トエッタの木の元、活気に溢れます。当然門閥貴族様の耳にまで届く様になりまして、その時から、私のご先祖様が、実を買い取り始めたのです」


「へぇ~、そんな前からの付き合いながかえ」


「私の商人程度の身分では、門閥貴族様までしか接見できませんので、私から仕入れた実を、門閥貴族様は王室に納めたりもしておられます」


 身分ねぇ…… 王室って、将軍家みたいなもんかえ……


「あの木のお陰で、農民の身分だったトゥリーナ家は、準貴族の位を頂けるようになり、それは今も変わりありません」


 農民から貴族に…… それは坂本家(うち)と似いちゅうにゃぁ…… 


「準貴族は、一代限りの貴族ではありますが、トエッタの木のお陰で、跡継ぎは再び準貴族の地位を約束されております。ですので、実質他の貴族様と変わりありません」


「ほう~」


「それなのに、元々農民だったことも忘れず、驕る事もせず、慎ましやかに生きて来られました。ですが、嫉妬深い貴族達から数々の嫌がらせを受けていたと聞いてます」


 オラ達郷士も、上士からさんざん嫌がらせされたき、気持ちは痛いほど分かるちや……


「それが…… 数年前、私が実を卸している有力な門閥貴族様の一人が、私の家が代々長生きの家系なのは、トエッタの実のお陰であると言い出して、トゥリーナ家に感謝の意味も込めて、この町の名をトエッタに変更すると言い出したのです」


「ほぉ~、そりゃたまるかぁ~。光栄なことやにゃ」


「ええ、大変名誉なお話です。ですが、以前のこの町の名前は、ベアンキ。代々この町を治める由緒ある貴族様の名と同じでした。勿論ゾイ様の父上のカリスト様は丁重にお断りしましたが、門閥貴族様の方も一度口にすると引き下がる事などしません。断るカリスト様を無視する形で、この町の名前をトエッタに変えてしまったのです」


 ……なるほどにゃ~。


「この町を治めていた先代様は人格者でしたので、文句一つ言わず、この町は元々何も無い村であったのに、トエッタの木の元繁栄したのだと、歴史ある己の名が町名から消えてしまうのに賛成したのです」


 へぇ~、そりゃよう分かっちゅう……

 

 この時龍馬は、政権返上した徳川慶喜のことを思い出していた。 


「ですが、その先代様が……」


「……」


「突然お亡くなりになったのです」


 そりゃ、なんか匂うねぇ……


「後を継いだウォンカ様は、一人息子というのもあり、それはそれは大切に育てられておりました。ですが、そのせいなのか、性格が歪んでおり、なぜあの様な素晴らしい先代様から、ウォンカ様の様な者がお生まれになったのか、いくら考えても理解できません」


 ウォンカとかいうがは、容堂みたいな感じがするがよ……


「トエッタの実を食していたのに先代が早死にしたのは、トゥリーナ家のせいだと難癖をつけ始め、ウォンカ様が当代になってからというもの、トゥリーナ家が治める税を倍にしたかと思えば、今では3倍だと、トゥリーナ家の収入の実に7割ぐらいだと噂に聞いております」


 七割!? そりゃ取りすぎやき! 年貢でも四割やったはずやき!


「町に観光訪れていた者達にも税をかけ始め、その為人々の足はこの町から遠のき。それもトゥリーナ家のせいにして、さらに代々貴族は、魔獣を退治するのも職務でありますが、トゥリーナ家の当番が倍になったと聞きました」


 それも倍に……


「トゥリーナ家は準貴族の為、私設軍を持つ事が出来ません。ですので、魔獣退治には冒険者と呼ばれる者達を雇わないといけません。回数が増え、金銭的な負担も増えてしまい、財産は日に日に減って行く一方で、みるみる衰退していきました。ですが、カリスト様も、跡継ぎのカルミナ様もそれはそれはりっぱな方でしたので、ウォンカ様の嫌がらせを門閥貴族に報告する事も無く、貴族の役目を見事に勤めておりました」


 カルミナ様…… あの絵におった、ゾイさんの兄上様かえ……


「ゾイ様は、母親のアリダ様の血を受け継いで、魔法が使える事が分かったので」


 あの綺麗な母上様も、妖術使いやったがかえ……


「5年前から、王都のデ・パリーオの魔法学校に入学していたのです。そこで魔法の勉学に励んでいたのに…… いたのに……」


「……」


「数カ月前…… 魔獣退治の際に、冒険者を雇うお金も無くなったカリスト様、カルミナ様、そしてアリダ様までもが……」


「……」


「うっ、うぅぅ。うゎあぁぁぁぁ。本当に、本当に素晴らしい方々で、私は前回の収穫が終わって直ぐにこの町を離れてしまいましたので、カリスト様がお亡くなりになるまで現状も知らず、何も協力する事ができなかったぁぁぁ…… あぁぁぁぁ、私にも何か出来たはずなのにぃぃ」


 ユンデンは、号泣し始めた。


「ユンデンさん…… 話が聞きたいらぁていうて、申し訳なかったね……」


「ひっく…… うぅ、いいえ。リョウマさんがこの家に住むのであれば、知っておかないといけない事です」


「……」


「ゾイ様は、ひっく。家族の訃報を聞き、この町に戻ってまいりました。ううぅ」


「……」


「ご家族はゾイ様に苦しい内情を何も伝えていませんでした。魔法学校には、多額の費用がかかりますので、自分のせいで冒険者を雇えず、ご家族が亡くなってしまったと、そう責任を感じているみたいで。それから、それからというもの、まるで人が変わったみたいに笑わなくなってしまって……」


 オラの前で笑ってくれるがは、全く事情を知らん(もん)やき、それで普通に笑顔を見せてくれてたがかも知れんね……


「ゾイ様は、国中から選りすぐり者を集めた王都の魔法学校で、首席だったそうで、戻って来てからというもの、その力で、家を守る為にたった一人で魔獣を退治してきました」


「……」


「ですが、倒しても倒しても、何故か魔獣は減らず、逆に増えている有様です。その一つの要因が、魔獣を真面目に倒しているのは、ゾイ様だけでして、ウォンカ様は後目を継いでから、ろくに魔獣退治をしておりません。ウォンカ様の圧力に屈した他の貴族様達も、真面目に取り組んでおりません」


 そりゃ、父上様も母上様も兄上様も、あのウォンカという奴に殺されたも同然やか……


「私は何度も何度もゾイ様に援助を申し出ましたが、受け入れてくれません。実の買い取り以外は必要無いと」


 ……そんな所も、お龍に似いちゅうがやねゾイさん。


「ゾイ様のお名前は、ゾイ・トエッタ・トゥリーナ」


「トエッタという名が、入っちゅうがかえ」


「ええ。ウォンカ様、いや、ウォンカはそのトエッタという名が、トゥリーナ家に入っているのが気に入らないのです」


 ただの嫉妬やろうねぇ…… おーの、醜いちや。


「ウォンカの狙いは、町の名を元に戻す事ではなく、ウォンカという自分の名に変更する事。その為に、ゾイ様と結ばれて、トエッタの木までも自分の物にするつもりです。ですが、ゾイ様があまりにも従わないので、このままでは、ゾイ様も……」


「……」


「リョウマさん!」


「はい……」


「今回もしもトエッタの実が門閥貴族様の所に届かないとなれば…… 私どもの後ろ盾が居なくなり、ゾイ様はさらに大変な状況になるかもしれません」


「……」


「私も出来る限りの事はしますので、何とかゾイ様の力になってくれませんか!? お願いします、お願いします! ゾイ様が微笑むのを久しぶりに見ました。それはきっと、リョウマさんのお陰です。それに私の、私の商人としての勘が、リョウマさんは何か特別だと知らせてくれるのです! お願いします、ゾイ様を助けて下さい。お願いします!」


「ユンデンさん……」


 名を呼ばれたユンデンは、涙で濡れた顔を上げる。


「ゾイさんを助けるがはね、当たり前やき! オラにまかしちょきや! ねぇっ!」


 リョウマさん……


「ありがとうございます!」


 涙を拭うユンデンを、龍馬は見ている。


「ユンデンさん」


「はい」


「もう一つ聞きたい事があるがよ」


「はい、何でしょうか?」


「バルミンって奴を知っちゅうかえ?」


「バルミン…… はい。勿論知っております」


「ありゃ、何者ながで?」


「バルミン様は…… 亡くなったカルミナ様の幼馴染であり、親友でもありました。無論、ゾイ様とも幼馴染です」


「……」


「ですが今はウォンカの…… 言葉は悪いですが、ただの使い走りです」


 そうかえ…… だからオラを試しに来たがかえ…… そうなると、あいちゃーの本心は、オラにゾイさんを守って欲しいがやろう。けんど、身分というもののせいで、それが出来んがかえ。

 何かに縛られて、まるで、まるで、アギ…… オンシみたいながよ……


「ユンデンさん、時間を取らして申し訳なかったね」


「いいえ、私は町中を回って、枕をもっと畑に運ばせますので。それでは」


 龍馬は、家の前でユンデンと別れた。 


 ……オラが死ぬ前は、日本という国の身分を無くして、入れ札で将軍を決めれる、そんな新しい国にしようと思うたがよ。 

 けんど全部壊すがやなくて、ええ所は残して、悪い所だけ洗い流して、そうやって日本という国を洗濯しようと思いよったのによ。まさか死んであの世に来ても、(おん)なじ様に身分の差で苦しみゆう人がおるらぁて、夢にも思わんかったちや……

 オラは…… 死んでからどういてここにきたがで?

 いったい、何をせえいうがで……



「トントントン」


「カンカンガンガン」


 畑に大きな打音が響き渡る中、ゾイが現れる。


「リョウマ」


「あっ、ゾイさん! 見てちや、りっぱな足場が建ちゆーきねぇ」


 ゾイは足場に目を向ける。


「ユンデンさんが、枕もいっぱい用意してくれたきね。それと、足元の収穫した野菜の中で、足が早いがはユンデンさんが買い取ってくれたき」 


 そう言うと、龍馬はゾイに硬貨を渡した。 


「ユンデンさん、ありがとうございます」


「いいえ、ちゃんとこの野菜も卸して利益を出しますので、お気になさらないで下さい」


 ゾイは大量に置かれた枕に目を向ける。


「……ユンデンさん」


「はい?」


「私は、自分の魔法に自信がある訳では無いのですが、何故か上手くいきそうな気がします」


 穏やかな表情でそう口にした。


「ゾイ様。実は私も、そんな気がします」


 ゾイとユンデン、二人の視線の先には……


「おっと、この材料かえ? 待ちよりよ~、今オラが運ぶきねぇ~」


 足場を組み立てる職人と、既に親しくなり手伝っている龍馬が居た。


「ユンデンさん」


「はい」


「実の色が気になりますので、明日から人をお願いします」


「分かりました」


 出来れば、間に合って欲しい…… 次の順番までに……



 この日の夜……


「かぁ~、気持ち良かったちや~」


 お風呂上がりの龍馬に、ゾイが畑で採れたハーブティを淹れてくれていた。


「……リョウマ、ハーブティを用意した」


「こりゃたまるかぁ~。こんなえい匂いで、赤い色のお茶は飲んだ事ないがよ~」


「まさか足場が今日の今日で完成するとは、思っていなかった。リョウマのお陰だ」


「いやいや、オラやないき。あの職人らぁの仕事が早いがよ~。土佐の(もん)と一緒ながよ~」


「……リョウマの国の者は、仕事が早いのか?」


「そうながよ~、いられ(・・・)って言うてねぇ、気が短いがが多いがよ。何でも早く終わらそうとするきねぇ。けんどね、手は抜かんで! きっちり仕事はやるきねぇ」


「そうか……」


「ズズズズー。こりゃいかん! また音を立ててしもうたき。まっこと申し訳ない」


「ププッ。……気にしないでいいからね」


 うん? 話し方が……


「ねぇ、リョウマの国の話を聞かせてくれない?」


「……う、うん、そうやねぇ~」


 龍馬はゾイのいつもと違う話し方に一瞬戸惑う。


「オラがおった国はねぇ、日本ていう国ながよ」


 ニホン…… 魔法学校で、沢山の国の事を習ったけど、聞いた事がない……

 

「オラは違うけんど、髪型が変わっちゅうって、異国の人によく言われたがよ」


「髪型?」


「うん。ちょんまげって言うてね、この辺りを全部綺麗に剃っちょってツルツルにしてよ、横と後ろの髪を長く伸ばしてねぇ」


「……え!?」


「こういう風に束ねてから、ツルツルの上に乗せるがよ」

 

「嘘!? だよね?」


「それがほんまながよ~。うーんと、この国には騎士いうががおるがやろ?」


「うん」


「オラの国には武士っていう、たぶん騎士と同じ様な者がおったがよ」


「うんうん」


「その武士は皆、さっき言うた髪型をしちゅうがよ」


「プププッ。嘘だぁ~」


「いや、それが本当ながよ~」


「ねぇねぇ、もしかしてリョウマもしてたの?」


「しちょった時もあったがよ」


「いつ?」


「小さい頃やにゃ」


 え~、きっと可愛かったんだろうな~。見てみたかったな~、龍馬の子供の頃を……


「もうしないの、その髪型に?」


「オラちょんまげ嫌いながよ~。それにねぇ、ここに来たから言えるけんどね……」


「なになに?」


「あの髪型は、ハゲた奴がそれを誤魔化すために考えたがやないかとオラは思うちゅうがよ」


「プププゥー」


 その言葉で、ゾイはお腹を抱えて笑う。


「いやいや、これが真実かもしれんでぇ~」


 龍馬の話で、ゾイの笑顔は絶えない。

 そんな時、誰かが訪ねて来る。


「うん? こんな夜にいったい誰なが?」


 もしかして、またあのバルミンというやつかえ?


 龍馬が警戒する中、ゾイが普通に応対する。


「中に運んでくれ」


 尋ねてきた男二人がかりで中に運んだ物は……


「たまるかぁ~、なんでこりゃ!?」


「ありがとう」


 ゾイが礼を言うと、荷物を運んできた男達は去って行った。


「こりゃいったいなんながでぇ!?」


「フルプレートアーマーだよ」


 そう、男達が運んできたのは、鎧であった。


「こりゃ硬いねぇ~、鉄かえ!?」


「うん。魔獣退治の時に、リョウマにこれを着て欲しいの」


「これをかえ!?」


 うーん、これなら確かに急所は守れそうやけんどね、重そうやにゃ……


「ちょっと着てみる?」


「う、うん」


 笑顔のゾイを見て、龍馬は断れずに承諾した。

 

「どう?」


 こりゃ重たいらぁていうもんやないき!


「身体に合ってる?」


「きっ、着心地は、悪くないねぇ」


 ほんまは、今すぐにでも脱ぎたいけんど……


「良かった。サイズは合ってるみたいだね。ねぇ、歩ける?」


 龍馬はゆっくりと脚を前に出す。 


「ギギ、ガシャン! ガシャン! ガシャン!」 


 おっ、こりゃまっこと重たいき!


 龍馬はあまりの重さでフラついてしまい、倒れそうになってしまう。

 それを見ていたゾイが支えた事で、何とか転倒を免れた。

 

「大丈夫?」 


「う、うん」


 こりゃ面と(ちご)うて、除く所が横やなくて縦で見にくいにゃ。

 それに、まっこと動きにくいき。

 

 龍馬はフェイスの部分を上にあげてゾイを見る。


「ゾイさんこりゃっガチャン!」


 話している時に、勝手に下がってきた。


 龍馬は再び上げる。


「こりゃ急所はまもっガチャン!」


 おーの、こりゃまっこと不便やにゃ!!


「ゾイさん、まっことすまんけんど、脱がしてくれるかえ?」


 着る時同様、ゾイに手伝ってもらい鎧を脱いだ。

 

「どう?」


「うーん」


 龍馬は頭をボリボリとかいている。


「ちょっとオラには合ってないかもしれんねぇ」


「……」


「急所は守れそうやけんど、これやったら動くことができんき、着ん方がえいがやないろうか?」


「……そう」

 

 龍馬の言葉で、ゾイの表情が変化する。


 ありゃ、怒らしてしもうたかえ?


 ……何よ! リョウマの事を心配して、ユンデンさんにお金を先払いして貰ってまで用意したのに……

 リョウマが…… リョウマが死んじゃったら、私は、私はまた一人になっちゃうんだから……

 そう、リョウマが…… 


 ゾイの背筋が凍りつき、一瞬ブルっと身体が震えてしまう。


 それなら…… それなら……


「分かった、この鎧は明日返しておく」


 ありゃ…… 話し方が戻ってしもたちや……


「収穫が近くなってきたので、明日からは陽が出ている間は、休む事なく実の色を確認しないといけない。今日はもう遅いから休んでくれ」


「申し訳ないきゾイさん。おやすみ」


 部屋に戻る龍馬の後姿を、ゾイは見ていた。


 リョウマまで死んじゃうかもしれないのなら…… これ以上、仲良くならない方が…… いいよね……



 次の日。


 この日は朝早くからずっと実を見続けていた。


「ゾイ様、交代します。どうか休んで下さい」  


「すみません。お願いします」


 うーん、(はた)から見たら、ただ上を向いて実を見ゆだけに見えるかもしれんけんど、こりゃ中々大変やき。

 こればぁ(これだけ)ある実の色の変化を、見逃したらいかんがやきね。しかも、僅かな差や言いよったき、げにまっこと(これは本当に)大変よ。


 この日は、実に変化が訪れる事無く夜を迎え、家に戻った。


 ゾイは、収穫方法の事で悩んでいた。


 一度始まれば、実を収穫するまで、魔法を解くことは出来ない。最長5分間も、魔法を出し続けないといけない可能性が……

 それに、実と木に傷をつけないようにするには、かなり繊細なコントロールが必要になる。そんな魔法を何分も連続で、出来るのかな……

 それがどれほどの魔力を使って、どれほどの疲労を残すのか、やってみないと分からないもんね…… 出来れば今日収穫したかったけど、こればっかりは仕方ないよね。

 魔獣退治は4日後の夜かぁ…… それなら遅くても、明日か明後日に…… 


 だがゾイの願いは通じず、それから2日経過しても、トエッタの実に、何の変化もないままであった。


 次の日。


 この日も朝早くから、畑にはゾイに龍馬、そしてユンデンと二人のアイテムBOX持ちが集まっていた。


「ユンデンさん。今日こそ、実の色は変わってくれるろうかねぇ?」


「そうですね……」


 ゾイ様の魔獣退治の日は、明日…・・ 今日こそ、今日こそ頼みます。トエッタの木よ!


「ゾイ様、今日は私がずっと実を見ておきます」


 ユンデンさん…… 私に気を使って……


「すみません。では、お願いします」 


 ユンデンは足場を上って行った。 


 うーん、オラはなんちゃ役に立ってないがよ。

 ちょっと自分に腹が立つき。


 そう思った龍馬が、ふいにトエッタの木を見上げたその時……


「ありゃ?」


「どうしたリョウマ?」


「なんかあの右の実の色が変ながよ」


「何処だ?」


「あの一つだけ、離れた所にある実ながよ」


 龍馬の言っている実を、ゾイは注意深く見詰める。


「何もないようだ」


「……そうかえ」


 どういてか知らんけんど、気になるがよねぇ……


 龍馬はゾイが目を離した後も、その実を見続けていた。


 うん?


「ゾイさん。さっきの実を、もう一回見てくれんかえ?」


 そう言われたゾイが、再び先程の実に目を向け、しばらくの間見つめる。


「……やはり、何もない」


 そう言って、ゾイが目を離そうとしたその時!


 えっ!? 


「ユンデンさん、右に一つだけ離れている実を見て下さい!」


「右ですか? ……あっ! ゾイ様! これは熟しています! あー、奥にもある! 間違いありません!」


 ゾイは直ぐに足場を登り始め、龍馬も後に続く。


 登った足場から、再度色を確認したゾイは、素早く呪文を唱え、魔法を発動させる。


 その時ユンデンは、心の中で願っていた。


 頼みます。上手く、上手くいって下さい! 頼みます!


 熟した実だけが、ゾイの風魔法でまるで揺り籠を揺らす様に、優しく揺れ始める。


 凄い! あれだけある実の中から、熟した物だけを揺らしている。 それ! 落ちろ! 落ちてくれ! 頼む!


「ポト…… ポトポト」


「お、お、おおお、実が、実が落ちてきたきぃ!」

  

 落ちてきた実を、足場の上に大量に重ねられた枕が優しく受け止める。


「キタキタキタきね! ユンデンさん、どうながで実の状態は!?」 


「これは! 素晴らしい色のままで、傷もありません! リョウマさん、降ってきた実が、落ちている実とぶつからない様に、枕を間に投げて!」


「分かっちゅう、分かっちゅう! ほい! ほい!」


 アイテムBOX持ちの二人は、落ちた実を慎重に拾い上げて回収する。


「良い感じです! ゾイ様!」 


 ユンデンの歓喜の叫びは、直ぐ近くにいるゾイには届いていなかった。

 それほどにまで魔法に集中していたのだ。


 順調に実を収穫する様子を、ウォンカと取り巻き、そしてバルミンが、離れた場所から見ていた。


「くっそー!! 何事も無かったかのように、実を収穫しているではないか!! 収穫が出来ないと、私に泣きついてくる予定では無かったのか! ちきしょー!!」


「ウォンカ様…… どうやらあの奴隷が、アイデアを出したようです。足場を組んだ者に聞いてまいりました」


「くくくぅ、奴隷の分際で!!」


「ウォンカ様、どうかお気を鎮めて下さい」


「うるさい! この無能共が! 元はと言えば、お前達の提案だろうが!!」


 ううぅぅ、イライラして仕方がない! 何とかもっと収穫の邪魔をしてやりたいが、何も思いつかん!


「糞! ゾイの順番は明日の夜だな!?」


「はい、そうでございます」


「明日は、今まで以上に墓から遺体を掘り起こして、町の周囲にたっぷりと死肉の匂いをつけて魔獣をおびき寄せておけ! よいな!」


「ははぁ!」


「バルミン! 貴様もあの龍馬(奴隷)の様に、何かアイデアを出してみろ!」


「……御意」


 ウォンカ達は馬に乗り、その場から離れて行った。


 あっという間に5分が経過し、結局ゾイが危惧していた通り、5分もの間繊細な魔法を使い続けてしまった。

 魔法を解いたゾイは、足元がフラフラと定まらない様子で気を失い、枕の上に倒れてしまう。


「ゾイさん! 大丈夫かえ? しっかりしいよ!」


「ゾイ様ぁ!」





 ゾイが目を覚ますと、そこは自宅で、誰かの背中がぼんやりと見えていた。


 誰なのこの背中…… もしかして……


「兄さん……」

 

「ん? おっ! ゾイさん気がついたかえ? ユンデンさーん! ゾイさんが目を覚ましたき!」


 龍馬のその声で、ユンデンが部屋に駆け込んでくる。


「ゾイ様! 良かったぁ、心配しました」


 そう…… リョウマの背中だったのね……


「あっ! 実は? トエッタの実は?」


「ゾイさん、安心しいや。職人が収穫する時より、傷物も未収穫も少なかったき」


「本当?」


「ええ、ゾイ様。私が確認しましたので、間違いありません。二人のアイテムBOX持ちは、既にこの町を離れて、私の倉庫に向かっています」


「良かったぁ……」


「だからもうなんちゃー心配せんでかまんきね、ゆっくり休みよ」


「……うん」


 ユンデンは、見つめ合うゾイと龍馬を見ていた。       


 ……リョウマさんの枕のアイデアも素晴らしいが、やはり(かなめ)はゾイ様の魔法だ。

 ただ落とすのではなく、一つ一つを風で優しく包み込む様にして、見事に狙って枕の上に落としていた。

 5分もの間、あれほど繊細な風魔法を操れるのは、世界広しと言えど、恐らく数十、いや数人程度ではなかろうか……

 これで、これで門閥貴族様の元に、実を卸す事が出来る。

 つまり、後ろ盾を失わずにすんだ……

 

「ゾイ様の魔法と、リョウマさんのアイデアが、トゥリーナ家を……」


 ユンデンの頬に、涙が伝っていた。



 その日の夕刻。 


 三人は、ユンデンが用意した夕食を食べていた。


「ゾイ様、本当にお見事でした!」


「上手い事いったがよ~。ほんまに良かったちや」


「ユンデンさん、食事を用意して頂き、ありがとうございます」


 夕食の礼を述べるゾイに、疲労が残っているのは明らかであった。


「お気になさらずに」


「私と龍馬の分を、実の代金から引いて頂けますか? 宜しくお願いします」


「……はい」


 うーん、体面をきにしちゅうがかねぇ。武士の家と一緒ながよ。


「ゾイ様、明日の魔獣退治ですが、私が冒険者を雇いますので、その者達と一緒にしてはいかがでしょうか?」


「……お気持ちは嬉しいのですが、これ以上ユンデンさんにご迷惑をかける訳には」


「何をおっしゃいますか! ご迷惑だなんてとんでもない」


「……」


「私は、食事が終わり次第冒険者ギルドに行って依頼してきます。いつもでしたら、ゾイ様お一人で平気なのかもしれませんが、今日の疲労具合からすれば、明日は心配でなりません。ですので、お気になさらずに、どうか、どうかお願いします」


 ゾイは食事をしている龍馬に、一瞬だけ目を向ける。


 そうよね…… 素直に受ければ、リョウマも行かなくて済むしね。

 それに、収穫も上手くいったから、借金の返済も出来るし、その代金も料金から引いて貰えれば……


「分かりました。それではお言葉に甘えて、お願いできますでしょうか?」


「勿論でございます!」


 よーし! ゾイ様は見ているだけで良いように、経費で30人ぐらい冒険者を雇うとしよう。

 それにしても…… リョウマさんはどうしてゾイ様や私よりも先に、実の色の変化に気付いたのだろう?

 見た事も無いはずなのに…… それに、最初は龍馬さんが何を言っているのか分からない時もあったけど、今は普通に理解できる。

 もしかして、これも実の色に気付いた事と、関係しているのか……


「ユンデンさん!」


「はい」


「この馬糞みたい食い物」


「はい?」


「こりゃなんか知らんけんど、こしゃんち美味いねぇ!」


「……そうですか。それは良かったです」


「リョウマ……」


「こりゃまっことすまんちや。食事中に馬糞らぁていうてもしうて…… あっ! また言うてしもうたき!」


「プゥ」


 ゾイは吹き出してしまった。


 またゾイ様が笑顔に…… リョウマさん、まだ出会ったばかりだというのに、ここまでゾイ様を笑顔にさせるだなんて、本当に不思議な人だ……



 冒険者ギルド、トエッタ支部。


「何ですと! いったいどういう事ですか!?」


「現在魔獣退治の依頼は受けておりませんので、ご了承ください」


「そんな、そんな馬鹿な話が!」


 いや、どうせウォンカの差し金か。それなら、何を言っても無駄ですね。


「くそっ!」

 

 リョウマさん…… あなただけが頼りです。

 お願いします。




 次の日。


「うはぁ~~、よう寝たきぃ」


 さてと、厠に行って朝飯を食べて畑に行こうかにゃ。


 厠から出てきた龍馬の目に、テーブルに置かれている革袋が見えた。開けてみると、中には硬貨が入っている。


「うん…… あっ!?」


 そうやったき。今晩の為に、ゾイさんはまだ休みゆがよ。

 昨日魔法を使(つこ)うたき、魔力とかいうがと体力を回復させる為に、夕方まで休む言いよったがよ。

 それやき畑も行かんでえい言われちょったがよ、忘れちょったき。ほいたらこの銭は、渡す言いよった賃金かえ。うーん、別にいらんがやけんど、せっかくやき散歩ついでに、メシでも食いに行こうかにゃ。


「ほいたら着替えるか」


 龍馬は寝巻を着替えながら、昨晩の事を思い出していた。


 昨日(もん)て来たユンデンさんの顔というたら……

 冒険者とかいうがを雇う事が出来んかったき言うて、がっかりしちょったき。


 服を着替え終わった龍馬は、この町に来た日に見た市を目指して歩く。


 あっ、うっかり刀を置いて来てしもうたちや……

 まぁ、ええか。

 

「うーん、えい天気で気持ちがえいにゃ~。おっ、見えた見えた」 

 

 おぅおぅ。こりゃ野菜から肉から、串焼きに、スープにパンに皿に湯呑…… おっ、こりゃ毛皮かえ。色んなもんが売りゆーねぇ。うん? 剣までおいちゅうやか! あっ、この間の鎧もあるけんど、ありゃもうえいき(あれはもう必要ない)

 そういや、土佐にもよう似た市があったにゃ~。


「ちょっと見せてもろうてかまんかえ?」


「どうぞどうそ。ごゆっくりと見て下さい」


 龍馬は一本の剣を手に取る。


「ほぅ~、なかなかの剣やねぇ~」


「おー、お兄さん若いのに分かってるね~。その剣は有名な鍛冶屋が仕上げた剣なのさ。どうだい、安くするよ」 


 形は面白いけんど、切れ味は悪そうながよ……

 

「いや、ちょっと見たかっただけやき、すまんねぇ」


「全然いいさ、また見にきてくれよー」


 この後龍馬は、色々な露店を回り、町民との会話を楽しむ。


「あんたみた事あるよ。ゾイ様と一緒にいた人だね?」


「うん、まぁ」


「しっかり面倒みてあげてね。頼むよ」


「うん、そりゃまかしちょき」


 うん、この町の人達は、みんな気持ちのえい人ばっかりやき。


「さてと、流石に腹が減ったきねぇ。メシが食える店はどこやろか?」

 

 食堂を探す龍馬を、ジッと見詰める者がいた。


 さてと、メシ屋メシ屋はっと……


「ドン!」


 メシ屋を探している龍馬に、誰かがぶつかった。


「おっ!?」


 なんであいちゃー、ぶつかったのに謝りもせんと……


 その者は、一目散に龍馬から離れてゆく。

 その行動を変に思った龍馬は、ポケットを探る。


「あっ!? オラの賃金を!」


 龍馬にぶつかった男は、スリであった。

 走ってくる龍馬に気付いた男は、全力で人通りの少ない場所に逃げてゆく。

 細い路地に入って行った男に続いて、追いかける龍馬も入って行くと、後ろから男が二人歩いて来る。


 うん? こりゃ…… 囲まれたみたいやねぇ。

 狙いは最初から、オラやったがかえ……

 

「ハァハァハァ、この馬鹿追いかけてきやがった。大人しくしておけば、この小銭だけで済んだのによ!」


 うん、やっぱりただのスリかえ。 

 追いかけて来たがを、ここにおびき寄せて身ぐるみ剥ぐ気かえ……

 後ろに二人…… 前には五人……


 龍馬の硬貨をすった者以外の6人は、手にナイフのような物を持っている。


「おい! 大人しくその服も持ち物も全部置いて行け! そうすれば痛い目にはあわせはしないよ!」


「はぁ~、オンシらこそ、大人しくオラの銭を返しや。それで許しちゃおうき」

 

「……ガハハハハハ」

「ギャハハハハ」

「ウバンバンバンバン」


 男達は、大声で笑いだした。


「おいおいおい、変な話し方の兄ちゃんは、もしかして数も数える事が出来ないのか?」


「ウバンバンバンバン」


 いや、そいちゃー(そいつ)の笑い方の方が変やと思うけんどにゃ…… 


「はぁ~、仕方ないにゃ~」


「何余裕かましてやがんだ!」


 後ろに立っていたうちの一人の男が、龍馬の態度が気に入らず、ナイフで襲って来た。

 だが、龍馬は慌てる事無く、ナイフを持っている手を掴むと、関節を素早く決める。


「あいただだだ! 離せ!」


「そりゃ痛いろう。こりゃ小栗流和術(やわら)いうがよ」


 少し力を入れると、男の悲鳴が大きくなる。


「ぎゃあぁぁぁ! 悪かった! 離してくれ! 頼むぅ」


 龍馬がナイフを奪い取ってから手を離すと、男は腕を抑えたまま、うずくまってしまう。


「なんだこの野郎!? いったい何をしやがった!?」


「オラの銭を返してやぁ。それやったら怪我せんですむでぇ」  


「……ふっ、ふざけるな!!」


 スリをした男とうずくまっている男以外の5人が、いっぺんに龍馬を襲う。

 前から来た先頭の男に、ナイフを手裏剣の様に投げると、見事に手に刺さる!


「ぎゃあぁぁぁ!」


「ほんでこれも小栗流手裏剣やき。因みに、オラは小栗流和兵法三箇条免許皆伝やきね、もうやめちょきや」


 正面の男達は、手にナイフが刺さった仲間を見て、驚いて足を止める。だが、後ろの男は止まらず、龍馬にナイフを突き立てようと迫ってくる。しかし龍馬は、先ほどと同じようにいとも簡単に腕を取り、再び関節を決める。 


「うわぁぁぁぁぁ、いでぇ! いだいよー」


 龍馬はまたナイフを奪い取ってから離す。


なんぼ(いくら)言うたち分からんがやねぇ? 次は手加減せんきね」


「うっ、うあああああ」


 スリと仲間の男達は、路地の奥へと逃げる。


「ちょっと待ちや! 逃げる前にオラの銭おいて行きや!」


 追いかけようとした龍馬の目に、逃げた男達が一瞬で倒れるのが映る。


 どういたがでこりゃ!?


 龍馬が目を凝らすと、そこにはバルミンが立っていた。


 こいちゃーは……


 バルミンは一人の男のポケットを(まさぐ)る。

 

「そらっ!」


 そう言って、龍馬に硬貨の入った革袋を投げた。


「おっ!?」


「こんな奴らに、金を簡単にすられるな!」 


 革袋の中には、重いと感じるほど硬貨が入っていた。


「こりゃ、オラのよりこじゃんと(沢山)入っちゅうけんど、かまんがかえ?」


「……問題ない」


「ほうかえ。ほんなら遠慮なく頂くきんねぇ」


「おい、お前達!」


 バルミンはスリの集団に怒鳴る。


「牢屋に入りたくないのなら、さっさと消えろ」


 動ける者は、倒れている仲間を抱えて去って行った。


「リョウマとか言ったな」


「そうやき」


「やはり俺への打ち込みは、わざと手を抜いていた様だな」


「そんな事ないき。けっこう本気やったき」


「ふん、嘘をつくな。この前とは足を逆にして動いてたではないか! 少し前から見ていた」


「そうかえ。ほんで、なんでオラに手を貸したがで?」


「……」


 バルミンは、無言で答えようとしない。


「用事がないがやったら、帰るけんどかまんがかえ?」


「……」


 その質問にも、答えない。


「はぁ~」


 龍馬は大きなため息をついた。


「オンシ、どっかメシ屋を知らんかえ? 美味いメシ屋に案内してや。奢っちゃおき」


 そう言って、革袋を顔の高さまで持ち上げて、左右に軽く振る。


「ジャラジャラン」


「……」



 昼過ぎに目を覚ましたゾイは、龍馬の部屋のドアをノックしていた。


「コンコン」


「リョウマ、開けるぞ」


 部屋に龍馬の姿は無く、刀が置かれていた。


「……」


 大切な刀も持たずに、何処に行ったのかな……




「ここかえ?」


 店の窓から、龍馬は中を覗く。


 こじんまりとして、えい感じの店やにゃ。


 中に入ると、気付いた店主の女性がバルミンに声をかける。


「まぁまぁまぁまぁー、あんたバルンじゃないの!? 随分久しぶりだね~」


「バルン? オンシ、バルミンやないがかえ?」


 そう聞いても、バルミンは龍馬を無視して席に座る。


 ……あだ名かにゃ。


「いらっしゃい」


「オラ龍馬言うがよ。よろしゅうにねぇ」


「あら、こちらこそ宜しくね」


 遅れて龍馬も、同じテーブルに着く。


「ここのメシの事はよう分からんき、オンシが頼んでくれるかえ?」


「……おばさん、ビールを二つと、何か適当に食い物を頼む」


「あいよ~。久しぶりに来てくれたんだ、最高の料理を持って行くからね!」


 店主は、満面の笑みを浮かべてそう答えた。


「ほんで、オラに何の用事で?」


「……ゾイは」


「なんで?」


「……元気か?」


「ん? この前家でおうたろう? 元気に決まっちゅうろう」


「……そうか」


 龍馬が口を開こうとすると、店主がビールを持ってくる。


「おまたせ~。取りあえずビールを二つと、パンとナッツね。今魚料理を作っているから、待っててねぇ」


「おぉー、魚料理かえ!? そりゃたまらんきぃ!」


「うふふふ」


 おかしな話し方だけど、実に嬉しそうな顔をするねぇ。


 店主の背中を見送った龍馬が口を開く。


「バルミンさん」


 呼ばれたバルミンは、ビールを手に持って口に運んでいた手を止めて、龍馬に視線を向ける。


「……なんだ?」


「正直に言いや。ほんとは、ゾイさんを助けたいがやろ?」


「だからといって、そんな簡単な話ではない」


「難しい話でもないろうがえ?」


「……」


「ゾイさんが気になるがやったら、助けちゃったらええやか? 元々幼馴染ながやろ?」


「昔の話だ…… 今はあの頃とは、事情が違う」


 そう言って、ビールをゴクゴクと飲んだ。

 それを見ていた龍馬も、ビールを口に含む。

 

 おぉ~、これはガラバ(グラバー)さんに貰った(もろうた)ビールとよう似いちゅう。美味いき!

 

 龍馬は次にパンを手に取って口に運ぶ。


「こりゃたまるかぁ! こしゃんち柔らかいパンやか!」


「……ゾイの家では、硬いパンしか出されてないのか?」


「まぁ、そうやねぇ。オラだけやないき、ゾイさんも一緒やき」


 ゾイが、そんな粗末な食事を…… 


「ほんで、何が問題でゾイさんを助けてあげんがで?」


「……私を怒らせるために、わざと惚けているのか!?」


「何をで?」


「私はぁ! ウォンカ様の護衛隊長だぞ!」


 バルミンが声を荒げたそこに、店主が現れる。


「はいお待たせ~。カツオの煮物だよ~」


「カツオ!? そりゃたまるかぁ!! オラの大好物よ!!」


 くっ! こいつ……


「うんうんうんうん!」


 龍馬はカツオを、口いっぱいに頬張る。


「女将!」


「あたいの事かい?」


「こりゃたまるかぁ!! こしゃんち美味いきぃ! まっことこりゃ! くちゃくちゃくちゃ」


「いや~、良い食いっぷりだねぇ! 見てて気持ちが良いよ! 追加を持って来るね!」


「……」


「オンシも見よらんと、はよ食べや! そうやないと、オラが全部食うきね!? ばくばく、くちゃくちゃ」


 大皿からカツオの煮物を小皿に移したバルミンは、フォークで刺して口に運ぶ。


 ……美味い。

 あの頃と…… カルミナとゾイと、ここによく来ていた時と、同じ味だ…… 



「バルン! その肉は俺のだぞ!」


「なーに言ってやがる。俺の口に入った物は、俺の物だ!」


「なにを~!? それなら」


 カルミナは、バルミンの飲み物をゴクゴクと喉を鳴らして飲み干した。


「あーー!? 楽しみに残しておいたリンゴジュースを!! くっそぉ!」


「なんだ、やるか!?」


「あぁ、やってやるさ!」


「ダーーーメーーー!」


 幼いゾイが、二人の間に割って入る。


「二人のお兄ちゃんは喧嘩なんかしちゃ駄目なの! プンプン!」 


 お互いの顔を見るカルミナとバルミン。


「いや、俺はちが……」


「ゾイ、お兄ちゃんは俺だぞ? バルンは友達だ」


「違うもん。バルンもゾイのお兄ちゃんだもん」


「いや、バルンは……」


「お兄ちゃんなの!」


 再び顔を見合わせる二人。


「あー、分かった分かった。俺もゾイのお兄ちゃんだ」


「まぁ、いいだろう。それならバルン、お前もゾイを守れよ!」


「お、おう」


「うふふ」


 満面の笑みを浮かべるゾイ。


「仲直りしたから、私のカツオを分けてあげる。はいどうぞバルンお兄ちゃん。カルミナお兄ちゃん」


「うん」

「うん」


「どう? 美味しい?」



 一緒だ…… あの時分けて貰った、カツオの味と……


「ほんで、なんやったかねぇ? 隊長いうたかね?」


「……あぁ、そうだ。私はウォンカ様をお守りするのが義務だ」


「ふ~ん」


「……」


「ゴクン」


 カツオを飲み込んだ龍馬が、口を開く。


「そんなもん、捨てたらええやないがかえ?」


「……なっ、なんだと!?」


「なんもかんも捨てたらええやか。そんなもんに(こだ)って、なんかええ事あったがかえ?」


「きっ! 貴様! 何も分かってない癖に、えらそうに言うな!」


 バルミンは椅子を鳴らして立ち上がる。 


「我が家は、代々領主様をお守りして来たのだ! それが、どれだけ名誉な事だと思っている!? 私が平伏すのは、この町の領主様のみなのだ!!」


「自分の我を通すために、ゾイさんに嫌がらせをする、そんな領主様とかが、そんなに大切かえ?」


「そっ、そうだ!」


「オンシが守りゆがは、今の領主やなくて、己の地位やないがかえ?」


「なっ!? ちっ、違う!」


 龍馬は、再びカツオを口に入れる。


「くちゃくちゃくちゃ。オラの言うことが、まちごうちゅうがかえ?」


 バルミンは手を強く握りしめ、腕をブルブルと震わしている。 


「オンシ、ゾイさんと一緒に暮らしゅう、何処の馬の骨か分からんオラの事が気にいらんがやろ?」


「……」


「そんなオラをわざわざ助けて、そこまでして今のゾイさんの事を知りたいくせに、その名誉とかいうがが、オンシの本当にやりたい事を邪魔しゆがやないがかえ?」


「ギリギリギリ」


 バルミンは、歯が折れんばかりに食い縛っている。


「オンシにとって本当に守らんといかんがはどっちながか、もう分かっちゅうがやろ?」


 龍馬は突然カツオの煮物が入った器を、ひょいっと持ち上げた。


「ドン!!」


 テーブルに拳を振り下ろしたバルミンは、店を後にした。

 

 カツオが無事で良かったちや。


「うん! 女将、こりゃまっこと美味いきね! 持ち帰りは出来るかえ?」


「……うん、持ち帰りは出来るよ。悪いけど、あんな大声だから、話は全部聞こえてた……」


「そうかえ。くちゃくちゃくちゃ」


「三人はね…… 小さい頃から本当に仲が良くてね」


「……」


「うっ、うぅぅ。カルミナ様が亡くなって、ゾイ様が、うぅぅ、一人になって苦労しているって話は聞いていたけど…… 皆ウォンカが怖くてさ、バルンも本当は、あんたの言う通りゾイ様を助けてあげたいんだよ。けど、何もしてあげる事が出来ないなんて、さぞかし辛いだろうねぇ。どうして…… どうしてこんな事になっちゃったんだろうねぇ……」


 龍馬は口を動かす事を止めて、遠くを見ていた。




 ゾイは椅子に座り、心配そうに龍馬の帰りを待っていた。


「ゾイさーん、もう起きちゅうかねぇ?」


 リョウマの声! 良かった……


「おぉ~、ゾイさん。もう起きちょったかえ」


「何処に行ってたのだ?」


 心配してたんだから……


「うーん、ちくとメシを食べに行っちょったがよ。心配かけて申し訳ないちや」


「しっ、心配などしていない……」


「そうかえ?」


「大切な刀を置いていたので、帰ると分かっていた」


「そうそう、オラとしたことが刀を忘れるち、よほどこの家が心地えいがやねぇ」


「……」


 その言葉で、ゾイは嬉しそうな表情を浮かべる。


「あっ、これ土産物やきねぇ」


 テーブルに、布で包まれた木の器を置く。


 ……これは?


 龍馬が布を捲るのを、ゾイは見ている。


 ……この匂い。まっ、まさか!?


「カツオの煮物やき、どうぞ食べとうせ」


 こっ、この煮物は…… 


「女将から、ゾイさんの好物って聞いたがよ」


 カツオの煮物を、ゾイは黙って見つめている。


「……」


 そして、無意識に、煮物に手を伸ばす。

 それを見ていた龍馬は、キッチンにフォークとスプーンを取りに行って戻って来た。


「さぁさぁ、座って、座ってちや。まだ(あった)かいうちに食べてや」


「……あっ、リョウマは?」


「オラは店でいっぱい食べてきたがよ。さぁ、遠慮せんと、はよ」


 お金は…… 最初から少し持っていたのかな。


「……うん」


 カツオをスプーンに乗せて、ゆっくりと口に運ぶ。


「どうで? 美味いかえ?」


「……うん、美味しい」


「そうかえ、それは良かったちや!」


「うん……」


「オラの故郷もねぇ、カツオが有名な所でねぇ」


「うん……」


「小さい頃から大好物やったがよ」


「私も…… 同じ」


 ゾイは久しぶりに、大好物のカツオを楽しんだ。


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