ヒーローやってるけど留年しそうです
「女の子を見捨てて逃げるなんて最低!」
「いや、あれには理由があって」
「もういい。貴方みたいな人とデートした私が馬鹿だったわ」
「…………」
元から好きでもない相手だったから拒絶されるのは問題無い。
向こうから告白してきて断ったのに、チャンスが欲しいから一度デートしてください、と食い下がられて断れなかった。だって彼女は機嫌を損ねてしまうと無いこと無いこと言いふらすと男子達の間で有名な人だったから。
そんな人物だからか、デートしてもまったく面白くないし相性は最悪。デート中はどうやって断れば角が立たないかをずっと考えていた。
だから付き合うことにならなくて本当に良かった。
だが彼女を怒らせてしまったから、俺の悪評は学校中に広まってしまうだろう。
ただでさえ最近は俺の評判がよろしくないのに、これでトドメを刺されてしまうかもしれない。
「よう、最低男」
ほらな、デート明けの月曜日に登校したら男友達がこんなこと言ってきやがった。
「そんなにあいつが嫌いだったのか?」
「おいおい、そんなこと言って聞かれたらお前も終わりだぞ」
「クラス違うし平気だろ。それに俺みたいな陰キャチー牛なんて眼中に無いさ」
「自分で言うな」
こいつはデート前と変わらずフランクに話しかけてくれている。
あの女の虚言癖について男子達は知っているから、今回のもまた嘘だと思ってくれているのかもしれないな。
一方で女子はどうかと言うと。
「最低」
おい、聞こえてるぞ。
隣の席の女子をチラっと見たら、すげぇ冷めた顔で小さく呟きやがった。
高校二年生の晩秋。
どうやら俺は多くの女子から嫌われてしまったようだ。
「いやぁ明光も大変だな」
「楽しそうにするな」
「モテないカーストの世界へようこそ」
「だから自分で言うな」
だがこうして茶化してくれているから陰鬱にならずに済んで助かっている。こいつの絡みにはそんな意図は間違いなく無いが、こっそり感謝しておこう。
「そういえばあの女、次の彼氏を見つけたんだってさ」
「らしいな」
「なんだ知ってるのか」
「責められた時に『あんたと違って守ってくれる良い男』だなんてめっちゃアピールされたからな」
どうやら俺が彼女を『見捨てた』あの時に守ってくれた男がいて、その男と付き合うことになったそうだ。
彼女の視点では『見捨てた』と思われても仕方ないのでそこは一切反論しないし、申し訳なかったと心は痛んでいる。だから吊り橋効果的なものかも知れないが相手が見つかったのならばせめて心の中で祝福はしておくさ。
「おい明光、ちょっと来い」
「権藤先生?」
話をしていたら、担任の権藤先生がまだホームルームが始まる前なのに教室に来て俺を呼び出した。
連れてこられたのは生徒指導室。
ということは、例の件でネチネチ言われるんだろうな。
「お前、次に授業を抜け出したら留年な」
「え?」
ネチネチどころか、死刑宣告だった。
確かに俺は授業を抜け出したり休んだりすることが多いが、成績は平均程度をキープしているはずなのに。
「どうしてですか!」
「出席日数が足りない」
「えっ」
出席日数など完全に頭から抜けていた。
早退が何回もあったから、それが積み重なってしまったのかもしれない。登校はしていたから早退は問題無いと思い込んでいた。
「どうにかなりませんか?」
「ならん」
「そこをなんとか」
「そもそもお前が授業を抜け出して遊んでいるから悪いのだろうが!」
「うっ……」
権藤先生は授業を良く抜け出す俺の事が嫌いであり、いつも不機嫌そうに顔を歪めて俺を叱る。権藤先生の授業の時に抜け出そうものなら『二度と来るな!』などと怒られる。出席日数についてもフォローしてくれるどころか、さっさと退学させる口実にしたいのかもな。
「いつもスマホ鳴らして出て行きやがって、どうせ外で遊んでるだけなんだろう。高校を何だと思ってるんだ!」
「…………」
それは違うんです。
などと言っても説明出来ないのだから信じてもらえないだろう。
どうにかして最悪の事態を避けたいけれど、その方法が思いつかないままに生徒指導室を追い出された。
そして最悪にも権藤先生の授業の時にアレが起こってしまった。
ブーブーブーブー。
俺が持っているアレが震え出し、クラス中の注目が俺に集まる。
「明光、分かってるよな」
ここで授業を抜け出したら留年確定。
病気や怪我をしたわけでもないのに高校で留年などしたら恥ずかしくてもう通えない。それすなわち、自主退学をする流れになるだろう。
だがそれでも俺は行かなくちゃならないんだ。
「先生、早退します」
「てめぇ!」
先生が激怒し、教室がざわめくが、今はそんなことを気にしている場合では無い。
一刻の猶予も無いんだ、急いで現場に向かわないと。
教室を飛び出した俺は、近くのトイレに入り周りに誰も人がいないことを確認すると、ポケットから黒い手帳を取り出した。手帳を開けると中には近未来的な光が流れる回路のようなものがあり、白銀色の小さな宝石がいくつかちりばめられている。
俺は回路の面が露出するように手帳を右手で鷲掴みにして空に掲げた。
「光よ、力を貸してくれ!」
その瞬間、俺の体はその場から消えて……
光り輝く白銀の巨人となり大地に降り立った。
夜か。
日本だと十一時くらいだったから、時差を考えると北米か南米ってところかな。
しかし降り立ったは良いものの、どこにも宇宙怪獣が見当たらないんだが。
足元か!
強い揺れと気配を感じたのでその場を飛び退いたら、地面から茶色い巨体の生物が飛び出して来た。
『グギャオオオオオオオオン!』
頭上と両手にドリルがついているモグラ怪獣。
地面から飛び出してきた後、何故かモグラのくせに二足歩行している。
立った状態での頭の位置が俺と同じだから全長四十メートルくらい。自分よりも大きいと倒すのが大変だから同じくらいならマシな方だ。
それじゃあ怪獣退治を始めようか。
俺に出来るのは主に肉弾戦。
ドリル攻撃を躱しながら、蹴り、パンチ、掴んでからの投げで地味にダメージを重ねて行く。必殺技の無いリアル格闘ゲームをやっている気分だ。
あ、おいコラ、地面に逃げようとするな。
穴だらけになったら、また炎上するんだよ!
宇宙怪獣が地球にやってくるようになってから数年。
最初の頃は怪獣退治をする俺の事を救世主だなどと褒め称える人が多かったが、今では俺の戦い方がなってないとか、もっと被害を減らすように戦えとか言われて毎回のように炎上する。
必死に戦っているから周囲の環境のことなんか考える余裕が無いんだよ。一応気付いた時にはなるべく気を付けるようにしているが大した効果は出ていない。
モグラ怪獣が潜り切る前に尻尾を掴み力任せに引っ張り出す。
そしてそのまま上へ放り投げて落下ダメージを与えたら、良い感じに弱ってきたようだ。
トドメのレーザービームを喰らえ!
ダメージの影響で動きが鈍っていたモグラ怪獣はレーザーを避けることが出来ずに爆散した。いつ見ても死に方がえぐいな。
ちなみにこのレーザービームは威力が凄まじいが、エネルギーをかなり使うため変身がすぐに解けてしまうので確実に倒せるチャンスでしか使えない。
ということでエネルギー切れで変身がそろそろ解けそうだ。
遠くからヘリの音が聞こえるから後始末の部隊がそろそろやってくるのかな。
後はよろしくお願いします。
宇宙怪獣から世界を守る光の巨人。世界は俺を『タイタン』と呼ぶ。
日本ではレイ・タイタン、アメリカではジャスティス・タイタンなど微妙に呼び名が違うのがちょっと面白い。
――――――――
「はぁ……これからどうしよ」
無事に怪獣を撃破した翌朝、俺は自宅のマンションで溜め息を吐いていた。
案の定、地面に穴を空けられたことで炎上していたからでは無い。学校を退学する羽目になりそうだからだ。
この学歴社会で中卒で生きて行くのは中々に辛い。
それに俺は怪獣と戦わなければならないので、普通に働くのも難しい。だって例え会議をしていようが、物づくりをしていようが、どんな時でも怪獣退治に赴かなければならないんだぜ。そんな人間を採りたいと思う会社などないだろう。
「父さん、母さん、ごめん。俺、幸せになれそうにないや」
俺の両親は宇宙怪獣に殺された。
俺もまた踏みつぶされて殺されそうだったのだけれど、その直前に何かが体の中に入って来た。
それが後にタイタンと呼ばれることになる宇宙生命体だったと知ったのは、覚醒して両親を殺した宇宙怪獣を退治した後だった。
その宇宙生命体は俺に告げた。
この星に続々と宇宙怪獣が向かっていること。
この星を守るためにやってきたこと。
だが誰かの体に同化しないと力を発揮できないこと。
ちなみに同化の相手が俺なのは、相性が良かったとかなんとか。
初戦闘の後に人間の姿に戻った俺の手には黒い手帳が握られていた。
宇宙怪獣が地球に来るとそれが震えて教えてくれ、それを使って変身できることが直感的に分かった。
しかも厄介なのが、変身する姿を他の人に見られたらこの宇宙生命体は俺との同化を解除して宇宙に帰ってしまうそうなのだ。そうなったら地球は宇宙怪獣に蹂躙されて滅亡する。
どうしてこんな制限をかけてるんだよ!
って聞いたら、それが俺達のルールだからだ、だそうだ。
なんだよそれ、そのせいで俺はこんなに苦労してるってのに。
俺が冒頭の女子を見捨てて逃げたというのも、デート中に宇宙怪獣がピンポイントでやってきて、そいつを倒すために人目のつかないところに急ぎ移動して変身したからだ。
授業中に何度も抜け出しているのは、世界のどこかに宇宙怪獣が降り立って倒しに行かなければならないからだ。
皆を守るために戦うのは選ばれたからには仕方ないと思っているが、日常生活がままならなくなるのは酷すぎるだろう。
「もういっそのこと引きこもってニートヒーローでもやってようかな……」
少なくとも留年を宣告されている以上、学校に行くつもりもない。
両親の遺産と怪獣被害者支援金のおかげで、しばらくは働かなくても大丈夫なくらいのお金はある。
ただそれが無くなった時には職歴無し中卒ニートという地獄が待っている。
はは、人生詰んでやがる。
ピンポーン!
「誰だ?」
時刻は朝の十時を回ったころ。
普段は学校に行っている時間帯だ。
今は誰とも話をしたくない気分だから居留守を使おう。
ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン!
しつこいな。
ピンポピンポピンポピンピンピンピンピンピンピンポーン!
連打するな!
ああもう、だったら音を消してやる。
ドンドンドンドン!
ひえっ、今度はドアを叩いて来やがった。
超怖いんですけど。
助けてタイタン!
あ、俺だった。
マジで一体どこのどいつだよ。
警察を呼んだ方が良いかな。
ひとまず覗き穴からどんな奴が来たのかだけでも確認しておこうと玄関に向かったら……
「勇気君! お願い開けて!」
俺がとてもよく知る人物の声だった。
――――――――
「美晴、学校は?」
「休んじゃった」
「休んだって、皆勤賞がかかってただろ」
こいつは一ノ瀬 美晴。俺の幼馴染の女子だ。
小学生の頃から学校を一日も休まないのが自慢だなんて言ってたのに、どうして休んでここにいるんだ。
「だって勇気君が留年するだなんて学校で話題になってて、しかも今日休んでるから心配して来たんだよ。皆勤賞なんてどうでも良いよ」
「いやどうでも良くないだろ。俺なんかのために美晴が」
「勇気君の方が大事だもん!」
「うっ……」
全く言い返せなかった。
だって俺は美晴のことが好きだから。
好きな女子に大事だなんて言われて嬉しくない男子はいないだろう。
冒頭の女子についても好きな人がいるからって言ってはっきりと断ったんだぜ。美晴が好きだから何を言われてもデートなんてする気は無かったのだけれど、厄介な人だから一回デートして上手く断った方が良いよと勧めてきたのは実は美晴だったりする。美晴は女子の中でも数少ないあの女の本性を知っている人だった。
「私が先生を説得するから学校に行こうよ」
「無理だよ。これからも休みがちになるし、出席日数がどうしても足りなくなる」
「そこをなんとかって誠心誠意お願いすればなんとかなるよ! 私これでも優等生だから先生からの信頼は厚いんだよ」
「優等生とか自分で言うなって」
優等生だからこそ、問題児の俺と一緒にいるなんてことを学校が良しとするとは思えないけれどな。むしろ俺と美晴を離そうと強引な手段を取ってくる可能性すらある。
「なぁ美晴」
「何?」
「どうしてそこまでしてくれるんだ?」
以前から不思議だったんだ。
仲が良い幼馴染だからというのはあるだろうが……
「え、あの、それは、その、だって……勇気君が……うう……」
「…………え?」
待て待て待て待て。
タイムターイム!
美晴の反応ってつまりそういうことだよな。
超喜んで良いやつだよな。
そこまで真っ赤になってるってことは誤解じゃないよな。
でもすまん。
そういう意味の質問じゃなかったんだ。
後でちゃんと俺から告白するから許してくれ。
「俺が聞きたいのは、どうして学校を早退とかするのを咎めたりしないのかってことで……」
「あ、あ~あ~、そうだったんだ。てっきり……ううん、何でも無い!」
何もかも忘れて今すぐ抱きしめて押し倒したくなるくらい可愛いんだが。
しかしそんな浮かれた気分など、次の言葉で一気に吹き飛んだ。
「だって勇気君、皆のために頑張ってるんでしょ」
一瞬思考がフリーズしてしまった。
まさか美晴は気付いているのか?
いやいや、そんなまさか。
「な、何の事だ?」
「世界のヒーローさん」
ばれてーらー
一体どうして!?
「勇気君が授業を抜け出すタイミングって、いつも怪獣が出る時だから」
「だからっていくらなんでもヒーローだなんて突拍子もなさすぎるだろ。ほら、怪獣マニアで動画を生で見たいだけかもしれないじゃないか」
「くすくす、いつも生どころか目の前で見てるよね」
「いやだからそういう話じゃなくてさ」
「あのヒーローさん、誰かさんと癖がそっくりなんだ」
「…………」
癖なんてあったのか。
全く気にしたこと無かった。
幼馴染で付き合いが長いからこそバレてしまったのか。
しかしこれはヤバいぞ。
正体がバレたらもうタイタンに変身出来なくなってしまう。
あれ?
でも美晴の口ぶりからすると、前から知ってたかのような感じだぞ。
どういうことだ?
「な、なぁ、いつから気付いてたんだ?」
「割と最初の頃からだよ。だって凄い似てるんだもん」
「マジか……」
でも俺はずっと変身して戦ってたぞ。
まさか変身する姿を見られなければ良いだけで、正体がバレても良いのか?
そんなことってある!?
正体バレがオッケーなら、変身するところを見られても良いだろうが!
かんっぜんに勘違いしてたわ。
それならもっとやりようがあったのに。
「美晴ありがとな。おかげで悩みが一つ解消されたわ」
「それじゃあ学校に行く?」
「あ~それは微妙」
今から学校に行って教師に説明しようにも、すぐには納得してもらえないだろう。
仮に納得してもらえたとしても、出席日数が足りなくなる問題は解決できない。
「どうやって生きて行けば良いんだ……」
正体を明かしたら国が保護とかしてくれないかな。
でも怪獣が居なくなった後も生活を保障してくれるだろうか。
それまでの被害の責任を取らされて処刑なんてことになったら最悪だ。
「じゃあ私が養ってあげる」
「ヒモはちょっと……」
「たっぷり縛ってあげるね」
「アブノーマルなのはちょっと……」
「くすくす」
「ははは」
まだ答えが出てないが、俺の正体に気付いている大好きな美晴がこうして相談に乗ってくれるならば、なんとかなるかもしれない。
漠然とだけれどそう思った。
「そういえば美晴って危険だから止めて、みたいなこと言わないんだな」
小さい頃にいじめっ子に立ち向かって大喧嘩した時は、泣きながらそう諭された覚えがある。
「勇気君は必ず勝って帰って来てくれるって信じてるから」
信頼が重い。
でもこの信頼には絶対に応えなければならないと強く思う。
「それに勇気君は昔から誰かが傷つくのが嫌で、困っている人に手を差し伸べる優しい人だからしょうがないかなって」
「美晴……」
「そんな勇気君が好きだから、傍で見守ろうって決めたの」
ああ、俺はなんて恵まれているんだ。
愛しい人がここまで俺を想ってくれている。
その事実に胸が熱くなり、美晴のことが更に愛おしくなる。
美晴の告白のような言葉に俺は彼女から目が離せなくなり、まっすぐと見つめ合う。
どれくらい経っただろうか、美晴は目を閉じ、俺はゆっくりと彼女に向かって……
ブーブーブーブー
ラブコメかよ!
チクショウ、後ちょっとだったのに。
「美晴、悪い」
「謝らないで」
「そうだな、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
早く戻って美晴とイチャイチャしたいと思っていたからか、最速撃破記録を叩き出した。
愛の力は偉大だな!
主人公が女の子を見捨てる人なんかじゃないって信じているから、と宣言する幼馴染とデート中に怪獣が現れて放置して倒しに行き幼馴染を曇らせる展開も考えたけれど止めました。