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人形

作者: ライラ



「――でね、霊に取り憑かれてしまったみたいで、その子は、それっきりいなくなっちゃったんだって……!」

「えーこわい!」

「ちょっとやめてよー」


 電車の中で高校生くらいの女子がきゃあきゃあとはしゃいでいる。この夏休みであろう日、夕方であるこの時間に制服ということは、たぶん部活帰りか何かなのだろう。

 彼女たちは夏らしく、怖い話をして盛り上がっていた。怖い話といっても、よくありそうな話だ。


 廃屋で肝試しをした。その日からその子の周りでおかしなことが起きる。そして、最後にその子は消える。

 簡潔にまとめるとそんな話だった。

 お話にでてきた怪異も、勝手についてり消えたりする電気やら、勝手に開く扉、風呂場の人影――。

 一人暮らしで起きたら嫌な、それでいて、怖い話ではベタすぎるような話の詰め合わせだった。


 俺はスマホに目をやりつつも、耳は彼女たちの話に傾けていた。

 そこまで混んでいない電車に響く彼女たちの声に、不快な感じはしなかった。純粋に夏を友達との帰りを楽しむ様子を少なくとも、俺はほほえましく感じた。

 彼女たちは、次の駅で楽しげに降りて行った。電車の中は静かになり、俺は再び手元のスマホへ意識を戻す。地図アプリを開き、実家まではあと1時間ほどかかることを確認する。

 今度はメールアプリを開き、夕飯には間に合いそう? という母のメールに返信をした。


 大学3年目の夏。俺は実家に呼び出されて帰るところであった。実家に最後に帰ったのは年末年始、つまり、今回は半年ぶりの帰省だった。大学と家は3時間以上かかるため、俺は一人暮らしをしていた。

 一人暮らしを楽しむあまり、帰る機会はどんどん減っていった。


 今回の帰省理由は、父の七回忌。

 きちんと帰って来るように。そう母には念を押されていた。最近顔を見せてなかったからか、何度も念押しされてしまった。


 しばらくスマホで時間をつぶし、ようやく実家の最寄り駅に着いた。特に広くもない駅構内を歩き、改札をくぐって駅から外へ出る。栄えてない、昔から変わり映えのしない住宅街を歩く。ここからだと、家までは歩いて15分程度だ。歩きなれた道、特に迷うことなく進んでいき、実家にたどり着いた。


 平屋の見慣れた家。居間の方の窓を見れば、カーテンの隙間から明かりが漏れていた。何となく懐かしさを感じながら、少しだけ建付けの悪い玄関の扉を開ける。ガラガラと音を立てながら扉は開く。中に入れば懐かしい自宅の香りに包まれた。木造の香りなのかよくわからないが、久しぶりに感じたそれにほっとした。



しかし、


「ただいまー……っ!?」

「おかえりー……って何よその顔」


出迎えてくれた母は、驚いた表情の俺を見て不思議そうな顔していたが、俺が向けていた視線の方を見て、ああ、と納得した表情に変わった。


「その人形? あなたのいとこのハルちゃんっていたでしょ? その子が海外留学のお土産に買ってきてくれたのよ」

「……そうなのか」

「なんでも、そちらの地方ではこの人形が家を守ってくれるといった話があるみたいなの」

「だとしても、うちは日本家屋なんだからさ。なんだか違和感が……」


 まあいいじゃない、きれいなんだし、そう母は笑って言った。

 とはいえ、赤ん坊サイズのフランス人形? が玄関横の棚に飾られているのは落ち着かなかった。安くないことが分かる精巧な作りである人形ーー陶器でできた白くなめらかな肌、そしてその中には深い青の瞳が見える。俺はその人形に見つめられているような錯覚をした。

 金色のくるくるの髪、花柄のフリルがついた洋服――。

 いかにもな洋風の人形は、和なつくりである我が家とは見事にアンバランスで、それがまた不気味な雰囲気に拍車をかけていた。


 ハルは少し変わったところがあったが、あいつは土産のセンスも壊滅的なのか、とため息をつきながら家へ上がった。


 仏壇に買ってきた土産を供え、手を合わせる。

 その間に家族で食べる用に買ってきた土産菓子をあけた姉は、おもしろみがないわね、とつぶやいた。あの人形よりはましだろ! と俺は心の中で叫んだが、口には出さなかった。姉との無駄な争いは避けるべきだと、家を出た今でも俺はきちんと理解している。


 夕食での久々の母の味は、懐かしく、優しい味がした。

 ちゃんと掃除、洗濯はしているか、等のよくある話をしながら夕食を終え、自身がしなくても洗ってもらえる食器、沸いている風呂、改めて実家の――母親のありがたさを感じた。




 居間のソファでくつろいでいるうちに寝てしまったらしく、居間が暗くなっていた。おそらく母がかけてくれたであろうタオルケットが、腹から落ちた。

 暗い居間を手探りで移動して、ぼーっとまだ寝ぼけている頭で、自分の部屋に行って寝ようと考えながら廊下に出る。

 2階の自室へ行くために、玄関前の階段を上ろうとした。

 そのとき、ふと、玄関のあの人形が目に入った。

 

 玄関のガラスからわずかに入る光に照らされた洋服、金色の髪、そしてその奥にある顔。人形の瞳を見れば、青く光っているようにも見えた。


 何だか不気味だな。そう思いながら階段を上ろうとしたとき、右手に違和感を感じた。

 ひんやりとした何かに、右手を握られる感触だった。


 ひゅ、と変な音がのどから出た。


 痛みは無い程度に強く握りしめられる感覚。その部分はどんどんと冷たくなる。予想外の感覚に一瞬、思考と身体が停止した。


 ゾワゾワと背中から這い上がる恐怖心が湧き上がる。

 俺は慌てて右手をぶんぶんと勢いよく払い、震える足で階段を上った。

 自室へ素早く入り、扉を閉める。大きな音を立ててしまったため、隣の姉の部屋がある方の壁からどん! という音がした。


 実家で暮らしていたころ、夜中の友達との電話でうるさい時などに姉からの壁ドンを何度も食らった。今回は、タイミングがタイミングだったため、その音が聞こえた瞬間は驚いて身体が固まってしまったが、姉だと分かった瞬間、ほかにも人がいるという安堵感を感じた。


 止めてしまっていた息をゆっくりと吐く。


 落ち着いて、部屋を見渡す。懐かしい見慣れた自室。当然、自分以外誰もいない。

 今のはなんだったんだ……? 先程の現象について考えようとしたが、思考が良い方に向くとは思えなかった。


 今日はもう、寝よう。

 そう思い、ベットに入り、目をつむる。


 さっきの人形の様子も、右手の感触も、とりあえず気のせいだと考えることにした。



 しかし、握られた右手、特に中指と薬指がしばらくじんじんと冷たさを保っていた。



 父の七回忌は何事もなく終わった。


 もっとゆっくりしていけばいいのに、そんな母の話を流しつつ、俺はバイトを理由に少し早めに実家を出た。

 あの時以外でおかしなことは起きなかったが、何となく実家に、あの人形がいる空間にいるのが怖かったのが本音だ。


 大学近くのアパートに戻り、残りの夏休みは、友人と遊んだり、バイトをしたりといった生活を送っていた。

 時間が経つにつれて、あの日の夜の出来事は気のせいのような気がしてきた。寝ぼけていただけだと、そう思えてきた。


 なのに。


「お前最近おかしくね?」


友人とごはんを食べているとき、そんなことを言われた。


「特に歩き方。歩くの遅いし、そもそも歩幅が小さいし」

「なんだそれ? てか、それだけ?」

「あとは……歩き方で言うなら、なんとなく車道側によりすぎな気がする。右側になんもないのになんでそんな歩き方してんだ? あぶねえよ」


 全然気づいていなかった。

 特に意識した行動でもないからどう答えていいかわからない俺に、友人はつづける。


「あとさ、お前左利きだったっけ?」

「え? 右利きだけど?」

「スマホも最近左手でいじってるし、今だってそのコーヒー左手で飲んでるの気づいてるか? なんだか、まるで右手を庇ってるみたいだな」


 右手痛むのか? 

 そう言って、心配そうに友人は俺の右手の方へ目を向けた。

 そんな右手は、今はテーブルの下の足の上においていた。


 そんな自身の様子を聞いて、俺は忘れかけていた実家での夜を思い出していた。


 握られたような感触。じんじんと冷たかった中指と薬指。

 あの時、もしかしたら憑かれてしまったのではないだろうか。あの、人形に――、いや、あの人形に憑いていたナニカに。


 ひんやりとした感触が蘇る。


 大人の大きな手を握り切れず、小さな手でなんとか中指、薬指を掴む幼い子を錯覚した。

 深い青色の瞳がこちらを見上げているような気がする。


 指摘してくれた友人と別れた後、俺は母に電話した。また、掃除洗濯をしているかといったいつものやり取りをして、一息ついた時、


「そういえば玄関の人形なんだけれどね――」


俺がその話を切り出す前に、母はその人形の話をしてきた。


 なんでも、俺が帰った次の日の朝、人形は壊れてしまったらしい。陶器でできていた人形は、玄関の棚から落ちて粉々になっていた、と。


「でも、誰も割れた音を聞いてなくてねぇ。不思議よね」


 そもそも、それなりの重さがあった人形が、どうして棚から落ちちゃったのだろうね、と言って母は話を終えた。


 中身のナニカが俺に移ったから、人形は壊れたのか?

 どうしても、そういう考えになってしまう。




 ただ、あの日の夜のような恐怖心は感じなかった。


 右手の――指の違和感は日に日に強くなっている気がする。


 最近は視界の端に、花柄のフリルが一瞬視界に入る時もある。


 消した覚えのない電気。

 出した覚えのないシャワー。

 勝手に開く扉。


 子供のイタズラのような現象が起こるようになった。


 夜中の足音。

 子供の笑い声。


 恐怖心は無い。


 その子はこちらをじっと見てる。




 ――こちらに来るのをじっと待ってる。






『――でね、霊に取り憑かれてしまったみたいで、その子は、それっきりいなくなっちゃったんだって……!』



 いつか聞いた高校生の言葉をふと思い出した。

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