第21話 タマネギの槍
パフィオは仲間のところへ駆け寄る。先ほどの怒りに満ちた表情は既になく、むしろ悲しそうだった。木の下でアリーア4人は、パフィオのテテの軟膏でほとんど全身が青色になっていた。
「パフィオ!」
「すごいね、ピサンカージやっつけちゃった!」
「強いよ、すごい!」
だが、仲間と合流するなり、パフィオは泣き出してしまった。
「えっ、どうしたのパフィオ!」
「大丈夫? 痛いの?」
パフィオは首を横に振って答える。
「戦いたくなかったのに……。どうしたら、戦わなくて済んだんでしょう」
「泣かないで下さい。パフィオさんのおかげで、みんな助かったんです」ドーペントは優しく応じる。
「でも、ひどいことをしてしまいました。頂点の弟子の皆さんは話したらわかってくれると思ってたんですけど、どうしても攻撃をやめてくれなくて、我慢ができなくて……」
「ピサンカージはどうしたの? 死んだの?」テテが訊いた。
「いえ、気絶しただけだと思います。それより皆さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないよ! 僕もボノリーも、真っ青になっちゃった」
と言うクイの横では、「痛いよー」とボノリーが寝転びつつ、彼にもたれかかっている。
「もう、こんなひどい目に遭うなんて。あいつら、考えらんない」テテもネグリジェに穴が何カ所も空いており、穴の向こうの肌にはしっかりと軟膏が塗られていた。
「すごく痛いです。軟膏を塗ったところが、ズキズキ痛みます」ドーペントもつらそうだ。
「テテさん、あのタマネギの人の名前を呼んでましたけど、お友達ですか?」
「友達じゃないけど、ピンケは……いい人なんだ」
「えーっ?」クイは納得できず、少し翼を動かした。「あいつもラヴァールの仲間なのに! なんでいい人だってわかるの? パフィオのことだって攻撃したのに」
「あいつらが話してんの、聞こえなかった? ピサンカージとバンスター、どっちも嫌な奴でしょ。あいつらに言われたら従うしかなかったんじゃない? ピンケ、おとなしいみたいだし」
「そうなんですか……。悪いことをしてしまいました」
「頂点の弟子っていうのも、結構大変なんですね」
「あ、そうです。ピンケさん、逃げる時に槍を落としてしまってました」
パフィオは先ほど戦っていた場所まで走っていき、長い物を2本拾って戻ってきた。
「えー! 頂点の弟子って、そんなすごい武器使ってるんだ」
「すごいです。強そうですね」
「高そう!」
槍の柄と刃は銀色で、冒険者の間で一般的に使われている槍よりも柄が一回り太く長いことを除けば、一見地味なデザイン。ただ目を引くのは刃の付け根にあしらわれた、アメジストのような紫色の小さな宝石。落ち着いた性格のピンケらしい、地味に思える中にも彼なりのこだわりを感じさせる得物だった。
ドーペント達の注目は、このアメジストのような宝石に集まった。
「この石、魔晶とは違うみたいですね」
「お金持ちの人が、こういう宝石を持ってるよ」
「そうなんですか」
「後で返してあげないとね」
そして彼らはパフィオに注目した。
「でも、本当にパフィオがいてよかったよ。ミスペンに感謝しないとね! パフィオが旅についてきてなかったら、僕ら、みんな終わりだったかも」
「そうですね……。わたしも、皆さんの手助けができてうれしいです。でも……本当に、戦いたくなかったです。エクジースティさんと戦った時、助けていただいたので、優しい人達だと思ったんですけど……」
「そんな悲しい顔しないでよ!」
「ラヴァールも頂点の弟子も敵だよ」
「だよね! ラヴァールなんか、本気で関わりたくない。死ぬかと思ったよ」
「でも、戦いたくないんです。話したらわかると思ったんですけど……無理でした」
テテはパフィオに近寄り、彼女の服の破れたところに軟膏を塗り始める。
「あっ、大丈夫ですよ」さすがのパフィオも軟膏を傷に塗られるのは痛むようで、少し顔をしかめた。
「大丈夫じゃないでしょ。ピサンカージのあの珠、何回も食らってたんだから、パフィオだって怪我したでしょ」
「はい、ありがとうございます。ちょっと痛いですね」
「これつけたら、治るの早いよ」
「あの珠、なんなんだろ。ガイニなんとかっていう変な名前だったよね」
その時、遠くから悲鳴が聞こえる。
「うああぁぁぁ!!」
パフィオ達5人は静かになった。知っている声だ。
「えっ……」
「この声、ユウト?」
「……皆さんはここにいて下さい」
「パフィオ!」
「わたしがユウトさんを助けに行きます」
「頑張れパフィオー!」
「ラヴァールも頂点の弟子もやっつけちゃって!」
その頃、大木の下でターニャは泣いていた。かたわらにミスペンがそばで手をかざし、回復してあげていた。
「うぅ~。もう、どっか行ってよ!」回復が終わっても、ターニャは泣いていた。
「仲間がどうなったかわからん。もう立てるな? 捜しに行くぞ」
「そんなの知らない! もう、あんたなんか嫌い!」
「その元気があるなら、心配要らないな」
すると、ターニャは大鎌を持って立ち上がる。彼女の目は据わっていた。
「決めた。今からイタチの手下どもをひとりずつ殺すわ。いっぱいその辺で寝てるでしょ、今のうちに全員殺してやる!」
「やめておけ。ラヴァールを本気で怒らせることになるぞ」
「だったら、この戦い自体なんなの!? あのイタチのお遊びに付き合わされてるだけじゃないの。 なんでご機嫌うかがわなきゃいけないのよ! 全員殺せばいいじゃない! ケダモノとか虫けらとかでしょ? 馬鹿みたい!」
ターニャがそのまま別方向へ行こうとしたが、いつも通りミスペンは彼女の背中に手を向ける。ターニャの動きは止まった。
「もぉー!」
「ラヴァールは何を考えてるかわからん、弱い奴が狙われてたらひとたまりもない」
「なんであんな奴らの面倒見なきゃいけないわけ?」
その時、誰かの悲鳴が遠くから聞こえる。
「うああぁぁぁ!!」
彼らも、これがユウトの悲鳴だということにすぐ気づいた。
「……行くぞ!」
「なんであんな奴――」
ミスペンはまた彼女に手のひらを向ける。精神操作はしていないが、彼女は意図を理解したようだ。
「もう! わかったって!」