第20話 堪忍袋
「不満かな? パフィオ。でも僕はラヴァール様のご命令に従ったまでさ。君達に試練を与えてるんだよ。君達は弟子になったばかりで、力も自覚も足りないからね」
「こんなことを命令する人の弟子になんて、なりません!」
「はぁ……君も弟子としての自覚がないみたいだね」
4つの紅珠ガイニ・ポエントインはドーペントを離れ、高速でパフィオめがけ飛んでいく。腹と背中に2個ずつの珠を押し付けられた。
「ああっ!」
さすがのパフィオも、紅珠ガイニ・ポエントインに四方から攻められては動けない。しかし彼女はアリーア4人とは違い、喋る余裕はあった。
「痛いです……やめて、下さい……」
「さすがだよ、パフィオ。ラヴァール様はあのエクジースティとの戦いの後、君のことを褒めておられた。前途有望だとね。テテといい、ミスペンといい、君達は単なる冒険者の集まりじゃないみたいだ。でもだからこそ、しっかり理解してもらわないとね。ラヴァール様の弟子になるというのは、特別なことだと」
「わたしは、いいんです……。クイさん達に……ひどいことを、しないで下さい」
「そうはいかない。これが命令だからね。それに、君はあろうことか、ラヴァール様の弟子であることをはっきりと拒絶したんだ。それなら、なおのこと教えてあげないと。それが頂点の弟子の役割だ」
満足げに言ってから、ピサンカージは背後を見やった。遠くに、ミスペンの精神操作によって眠ったままの頂点の弟子8人が横たわっていた。
「まったく、頂点の弟子をなんだと思ってるんだろうね? いつまでも気持ちよく寝てるなんて」
ピサンカージはパフィオを拘束している4つの珠のうち1つを操作し、眠っている8人の頂点の弟子へと飛ばしていった。珠は手近な2人につつくように一度触れると、またパフィオのところへ戻っていった。
「痛っ!」紫タマネギのピンケがかすかに動く。
「うっ、なんだ……あれ、夢? なんかいい夢だったな、ハハハ……」バンスターは何度も瞬きしながら、邪悪な笑みを浮かべている。
ピンケが何事かと周囲を見て、あることに気づいた。
「あ! あの、バンスター……」
「どうしたの」
「あれ……」
ピンケはネギの一本で遠くを指す。ピサンカージが怒気をもって、2人を見ている。
「あー、ピサンカージが怒ってる。まったく、寝たくて寝てるわけじゃないのに。こんなことで怒られても困るよ。あいつ、性格最悪だからね」
「あんまり言うと、聞こえるよ……」
バンスターは周囲を見回す。
「そもそも、どうしておれっち達だけ起こされるんだろうね。おれっち達が頂点の弟子の中で一番立場が下だからだろうね、本当に嫌になるね。特にピサンカージって、何かあるとおれっち達ばっかり使うよね。独りじゃ何もできないくせに。あんな奴、ラヴァールに媚びてるだけの弱いアシカなのにさ。玉遊びだけが得意なアシカなんて、よっぽどの馬鹿じゃないと弟子にしたいと思わないよね」
「あの……行ったほうがいいのかな? でも、捕まってるの、パフィオって人だよね」
「どうでもいいよ、こうなったら早く起きないと。ピサンカージは世界で一番性格が悪いからさ」
バンスターとピンケはピサンカージのところまで行った。
「まったく。ミスペンの卑怯な精神操作に掛かるなんて、何を考えてるんだ。こんな醜態、ラヴァール様にはとても見せられない」
「すいません」
「さあ、早くこいつを攻撃するんだ」
バンスターは「わかりました」と言って杖を構えた。
一方、ピンケは返事をしなかった。ある場所を見て震えている。
「どうした? ピンケ」
「えーっと、あの……あれは……」遠慮がちに、小さな声でタマネギが言った。彼のネギが指している先には、遠くの木の下で傷ついたドーペント達がテテの軟膏を互いに塗り合っている光景があった。
「彼らは簡単に倒せたよ。少しくらい抵抗してくれないと面白くないんだけどね」
「えっ、でも……。あのテテっていう人、戦えなかったような……」
「そんなのはただの言い訳だ。ここはラヴァール様が支配する戦士の場所。すべてが対等なんだよ。強い者が勝つ、それだけなんだ」
「ピンケ、わきまえないと。おれっち達、ピサンカージ様に口答えできる立場じゃないんだ」
バンスターは先ほど長々と陰口を言った時とは別人のように従順な態度だった。彼は既に杖を手に持っており、戦う準備は万端だ。
「あっあ……すいませんピサンカージ様」
ピンケは委縮しながら、背負っていた2本の槍を、頭上に生えている多くのネギのうち2本を使って構える。バンスターとピンケはどちらも身長130cm程度、それに対するは角を含めると190cm近くにも達するパフィオ。見た目は子供が大人に挑んでいるくらいの体格差があるものの、紅珠に動きを止められているパフィオは圧倒的に不利だ。
「痛い目に遭ってもらうよ。静謐なる夜の炎、ノクト・セン・ルーモ!」
アブのバンスターは杖から黒い炎を生み出し、パフィオの胸を狙って撃つ。とっさにパフィオが腕で守ると、服の袖が焼けてしまった。
「うぅ……」彼女は少し苦しそうな顔をしただけで、それほど効いていないようだ。
「あれ? おれっちの魔法が効かないなんて」
続いて、タマネギのピンケが気乗りしない様子で2本の槍を構える。
「スフェーライ・カーポイ……」
ピンケは小さな声で自信なさそうに技名を唱えながらパフィオに槍を向け、走っていく。だが、槍の切っ先が彼女の脇腹に当たった時、まるで岩に当てたかのように、カンという高い音が鳴った。
「あいたっ」ピンケは2本の槍を放し、その場に座ってしまった。
「うぅぅ……痛いです」
槍を食らってパフィオは涙目になったが、どちらかといえば攻撃したはずのピンケのほうが痛がっているようだ。目を閉じたままいつまでも動かず、頭上に生えているたくさんのネギを互いに絡めている。人間でいえば、衝撃の伝わった関節を手で押さえているような状態だ。
「何やってんだよ、ピンケ」バンスターが責める。「君はいつもそうだね。そんな細くて柔らかいネギで槍を持ってるから、すぐ放しちゃうんだよ」
「うん……ごめん」
「じゃあ、いくよ。さっきよりもっと強い魔法だ」バンスターは数歩後退しながら、呼吸を整える。「無量なる果ての刹那、黒き時の炎。テンポ・セン・ルーモ!」
バンスターの杖のそばで大きな黒い炎が生み出され、パフィオの腹に向かっていく。これは腕で守れずに直撃し、服に穴が空いてしまった。
「あぁ! 熱いです。熱い……もう、やめて下さい。やめて……もう……」
穴を隠すように、泣きながら両手で腹を押さえるパフィオ。気にせず次の呪文を唱えようとするバンスターに、ピンケはバンスターに歩み寄る。
「あの……バンスター」
ピンケは小声で、上目づかいで言った。
「どうした?」
「そのぉ……もう、このくらいで……」
「何? やめるの? だって、命令だからしょうがないじゃないか。おれっち達は何も悪くないよ」
それを見ていたピサンカージは退屈そうに2人を急かす。
「何を話すことがあるんだい? まだ敵はいるよ。早くパフィオを倒すんだ」
「はい! ほら下がって、ピンケ」バンスターはピンケを目の前から追い払うと、また集中して呪文を撃つ。「無量なる果ての刹那、黒き時の炎。テンポ・セン・ルーモ!」
再び大きな黒い炎を生み出し、発射する。しかし、その先にパフィオはいなかった。
「えっ……あいつ、どこ?」
見回すピンケとバンスター。彼らが見ていない方向から、パフィオはのしのしと歩いてきた。
「やめて下さいって、言ってるじゃないですか」
パフィオは怒った顔で、頂点の弟子3人の前に立つ。
「なんだと!? 紅珠ガイニ・ポエントインは……」
ピサンカージが先ほどパフィオのいた位置を見ると、彼女を拘束していたはずの赤い珠は4個とも地面に転がっていた。
「えっ……ピサンカージ様の、珠が……」ピンケが震え声を出す。直後、バンスターが一目散に逃げ出した。
「おい! バンスター、敵前逃亡か! 戻ってこい!」
バンスターはどこに行ったかわからなくなった。
「あっ、あ……」
ピンケは腰を抜かしてネギで頭を抱えた。
「まったく、本当に役に立たない。それでも頂点の弟子か? だが、僕はラヴァール様の弟子の中でも最強のピサンカージだ。あんな腰抜けと同じだと思わないでほしいね。パフィオ、ここまでの僕が本気を出していたとでも思うかな? 紅珠ガイニ・ポエントインの持つ真の力を見せてあげよう」
ピサンカージが念じる。パフィオの近くに落ちていた4つの珠が浮上し、再びパフィオを拘束しようと飛んでいくが、彼女は珠のひとつを手でキャッチした。
「ん?」
パフィオはその珠を、見えないほど速い腕の振りでもってピサンカージに投げつけた。珠はピサンカージの背中に当たり、彼は何が起きたのかわからないという顔で倒れた。背中に当たった珠は跳ね返ってコロコロと地面を転がる。彼は気絶したのだろう、残る3つの珠は地面に落下した。
「えっ……あっ……あ……」ピンケが震えながら怯えきった声を発するが、パフィオの耳には届いていなかった。彼女は普段の穏やかな表情から一変していた。ひん向かれた眼はピサンカージをまっすぐ見据え、開けっ放しの口からは熱い息が吐かれていた。
パフィオはピサンカージのところまで歩いていく。
「わたしの仲間にひどいことをして、謝りもしないなんて。あなたみたいな人は……」
その声と足音でピサンカージは目を覚ます。彼の表情は痛みと怒り、そして屈辱に歪んでいた。
「僕の、紅珠ガイニ・ポエントインを……やる、じゃないか……」
ピサンカージはそれでも笑みを浮かべ、余裕を装った。紅珠に念を送り、また4つの珠は浮上すると、パフィオを背後から襲い始める。しかし背中に珠を食らっても、もうパフィオは動じなかった。表情を一切変えずに珠を手づかみすると、しゃがんでピサンカージの顔に思いきり押し付けた。
「なっ、があぁ、っ……!!」
ピサンカージの額には、赤く丸い窪みが黒く、火傷のように刻まれた。そしてさらにパフィオはもうひとつの珠を拾って、今度はピサンカージの腹に押し当て、突き上げる。ピサンカージの身体は浮き上がった。
「あっ、が……! あっあぁぁぁぁ……! ラヴァール様ぁーー!!」
パフィオが珠を離すと、ピサンカージは地に落ちた。彼はよだれを垂らし、泡をふいて全身のたうち回ってから、白目を剥いて失神した。
ピンケは唖然とした様子でそれを見ていた。しかし、ピサンカージを失神させたパフィオは、次の標的とばかりにピンケをにらみつける。ピンケは槍をその場に置いて、泣きながら逃げ出した。
「あっ、ピンケー!」テテが大声で呼び止めるが、ピンケは森の中に消えていった。