第19話 紅珠を操るアシカ
一方、また別の場所。先ほど最強の弟子を自称した3人のひとり、アシカのピサンカージは、ラヴァールがカフを斧で吹っ飛ばす姿を横目につぶやいた。
「ああ……可哀想に。赤子の手をひねるようだ。しかし、あいつは罰を受けて当然だろう」
そしてピサンカージの前には、ユウトの仲間のアリーア4人がいた。
「さあ、君達。お待ちかねかな? 僕が試練を与える時間だ」
ピサンカージは不敵な笑みとともにドーペント達の前に立ちはだかる。
「お願いです。ラヴァールさん達と戦いたくないです」
「なんなのよ、試練って! さっきは助けてくれたのに、今度は襲ってくるなんて。意味わかんないわ!」
ドーペントとテテはそれぞれの言葉で訴えるが、ピサンカージは耳を貸さない。そして2人の隣にはクイとボノリーが立っていた。
「僕ら、せっかくラヴァールから逃げてきたのに。どうしてお前がいるんだよぉー!」
クイは半泣きで翼をばたつかせる。クイの横にいたボノリーは気配を消しながらその場をゆっくり立ち去ろうとしたが、彼女の背中に赤い小さな物体が弧を描いて飛んでいく。赤い物体はボノリーの背中に当たり、彼女は派手に倒れる。
「きゃあああ! 痛いよぉー!」
泣き叫んで短い手足で暴れるボノリーだが、彼女の身体は地面に釘で留められているかのように微動だにしない。赤い物体はそのまま彼女の背中に張りついたまま。この物体はそれは真っ赤な光の玉だ。ピサンカージが使う不思議な武器である。
「駄目だよ、ボノリー。君はラヴァール様が来る時いつもいないけど、あのお方のありがたい話を聞くつもりはないのかな? 弟子としての自覚を持ってもらわないといけないね」
勝ち誇った様子で、ピサンカージは笑って言った。彼の周りでは3つのガイニ・ポエントインが衛星のように移動していた。
「うぅぅー、ジャハットぉー!!」ボノリーは泣きじゃくる。
クイはボノリーのところまで飛んでいく。
「ボノリー、大丈夫!?」
「助けてー、ジャハットぉー」ボノリーはより激しく泣いた。
「この玉、なんだろう?」クイはボノリーの身体の上に置かれたままの、赤く光る珠を見つめた。
ドーペントがその後ろから走ってきて、ボノリーのボノリーの背中に張りついていた珠を引き剥がそうと手を伸ばす。しかし珠に近づくなり、彼は「あっ、痛い!」と手を引っ込めた。
「どうしたの、ドーペント!」
「よくわかんないです。痛いです」ドーペントは手をさすっている。
ピサンカージはせせら笑う。
「知らないようだから教えてあげるけど、紅珠ガイニ・ポエントインは魔法の珠だ。軽い気持ちで触ったら火傷するよ」
「どうしてボノリーにひどいことするんだよー!」
クイが抗議すると、ボノリーの背中にあった珠が彼女を離れ、クイとドーペントを立て続けに突き飛ばした。
「うわぁ!」「うっ……」
あっさりと倒される2人。さらに紅珠ガイニ・ポエントインは、横に倒れたクイの顔に上から押しつけられた。
「うわあぁぁぁぁ! 痛ぁぁぁぁい!!」
でたらめに暴れるクイ。しかしその顔は紅珠によって地面に固定されたままだ。羽が周囲に飛び散るのを見て、ピサンカージはさらに笑う。
「フフフ! そんな風に暴れても無駄なのに、面白いね。言っておくけど『ひどいこと』じゃない。これは弟子としての自覚を持ってもらうためなんだ。クイ、君も弟子だから、同じように自覚が必要だ。僕のほうがずっと弟子としての格が上だからね。よくわかっただろう?」
「うわぁー、痛いよぉー! ジャハット助けてー!!」
「ジャハットぉー!!」ボノリーもそれに呼応して叫んだ。
「クイさん! クイさん大丈夫ですか!」ドーペントはどうしていいかわらかず、オロオロしている。
「知らないのかな? ジャハットは頂点の弟子のひとりなんだけど、どうしてそれが助けてくれるとでも? 冗談はほどほどにしてほしいね」
テテは何もないところからフライパンとノコギリを取り出し、素人なりに構えてピサンカージをにらむ。その手はかすかに震えていたが、勇気をもって言い返す。
「あんた、許せない。あんたは魔獣と一緒だよ!」
「僕が魔獣と一緒? フン、それなら食い殺されても文句は言えないね」
ピサンカージの周囲を回る3つの珠が、同時にテテを襲った。
「かっ……」
珠を食らったテテは悲鳴も出せず、さらには、仲間とは違って倒れることも許されなかった。3つの珠はテテの腹と背中を前後から押さえつけていた。彼女は両手の武器を地面に落とし、焦点の合わない目で天を見上げるだけになってしまった。
「テテー! あぁー、誰かテテを助けて!」クイは泣きながら助けを求めるが、来てくれる者はない。
一方、珠から解放されたボノリーはまったく動けず、地面にうつぶせで倒れていた。ドーペントはカバンから小さな壺を出し、中に入っている青い軟膏をボノリーに塗った。
「あっ痛……痛い! 痛ーーい!!」ボノリーは一層激しく泣き叫んだ。
「すいません、ボノリーさん。我慢して下さい、これで治ります」
すると、テテとクイを拘束していた4つの紅珠が彼らを離れ、ドーペントのところへ飛んでいく。ドーペントは4つの珠によって腹と背中を二箇所ずつ押さえられた。
「うっ……うぅぅ!!」
彼は身動きが取れなくなった。のみならず珠は彼を宙に浮かせ、そのままピサンカージの所へ連れて行った。
ピサンカージは紅珠を操り、ドーペントを目の前の地面に降ろした。彼が紅珠に動きを止められながらも、大事に持っている軟膏の壺を奪い取った。
「あぁ……テテさんの……軟膏を……」
「ラヴァール様は、実は前々からテテの力に注目しておられたんだ。家だろうが料理だろうが、材料もないのにすぐに作ってしまう。この軟膏だって、材料なしで作るらしいね? どうやってるのか訊きたいとこだけど、あいにく本人はもう喋れそうにないね」
珠から解放されたテテは先ほどの場所で、ただクイやボノリーとともに地面に横たわっていた。
「……どうして、こんなこと……」
「何度も言わせないでほしいね、ラヴァール様のご命令だからだよ」
言いながらピサンカージは、さらに珠を強く押しつけた。
「あぁ! うぅぅ……!」
それを仲間の3人は、見ることすらできなかった。クイ、テテ、ボノリーの3人は地面に横たわったまま、動くどころか、目も開けられないからだ。
クイは涙を流し、力なくつぶやいた。
「ああぁ、ドーペント……ボノリー、テテ……。僕ら、ここで死ぬのかな。誰か、助けて……」
そこに、ダッダッダッ――足音がする。
「何をしてるんですか! ああ、皆さん! ひどい……ひどすぎます!」
女性の声がした。紫の髪をなびかせながら、彼女が走ってくる。
「あぁー! パフィオぉー!」地面に寝そべったまま、クイが泣いて名を呼ぶ。
「おや、君か」ピサンカージは軟膏の壺をそばに置いた。
「あなたがやったんですか?」
パフィオはピサンカージをにらみつけた。