第15話 懐疑
「食べ物……?」
ユウトは何も答えなかった。今までで最も渋い顔をしている。
「えっ? ユウト? なんでそんな顔するの?」
「ユウトは、レサニーグの村のみんなのことを、本当だったら焼いて食べるって言ったのよ。七面鳥は丸焼きにして食べるんだって」
「まさか……。そんなこと言ってないよね?」
クイの確認をユウトは黙殺した。表情も変わらない。
「……ユウト」エルタは言った。「いつか、あなたが私や、大事な仲間のことを殺して食べるかも知れないと思ったら……。そんな人と、一緒にいるわけにいかない。わかるでしょう?」
「お前、本当か? 違うんだったら、そう言えよ」ミスペンも無反応ではいられない。
「だって、レサニーグの奴ら、村全員で俺のこと、人殺しって言ったんですよ。村から出てけって。俺あいつらのこと、マジで許さないですからね」
「それでも、そんな発言はするべきじゃないわ」エルタが冷たく指摘する。「頭に血が上った結果だとしてもね。初めから、あなたのような人を村に迎え入れちゃいけなかったのよ。私達は。だから、こうなったの」
「えっ……? 何、ユウトが悪いの? カフが悪いんじゃないの?」
「ユウトさんは、悪い人じゃないです」
「カフを信じなかったらよかったんじゃない?」
ユウトの仲間のアリーア達にエルタが反論する。
「それとこれとは話が別よ。殺して食べるなんて、やることが魔獣と変わらないじゃない」
「だから、別にやらねぇって……」
「ユウト、お前にも落ち度はあるぞ」
ミスペンが指摘しても、やはりユウトは何も答えない。
「エルタ。ユウトがその発言を謝ったら、許してくれるか?」
「残念だけど、私は人間のことは信じないと決めたの」
「そうか。それを間違ってるなんて言えるわけがない。ユウトもレサニーグの一件で、この世界の奴に不信感を持つようになったんだ」
「もう、ユウトぉ! ユウトが変なこと言わなかったら、エルタが仲間になってくれたかもしれないのに!」
「俺は、悪くねぇぞ」ユウトは怒りを混ぜて返した。
「カフみたいなこと言うなよー」
「俺が……こいつと同じだって!?」ユウトの怒気がさらに強まる。
「ああ、怒らないで下さい……」
「いや、一応謝ったら?」
ユウトは迷った結果、「ごめん」と短く謝った。同時に一応軽く頭を下げたが、エルタとは目を合わせなかった。エルタはユウトの顔を見つめたまま、無言だった。
「許してくれなさそうですね……」
「だって、さっき言ったでしょう? 人間のことは信じないと決めたの」
それを聞いてユウトは、口を改めて真一文字に結んだ。『俺だって信じない』と心の中で強く念じながら。
「ともかく、エルタ。今回は引いてくれるか?」
「……そうね」
「そういえば、この人らって何?」
「あなた達を倒すために雇った、ハルタスという町の冒険者よ。気が荒いほうが役に立つと思ったんだけどね。あなたの力は誤算だったわ」
「一応、起こしておくか」
ミスペンはネズミ達の精神操作を解いた。
「んー? なんかいい夢見た気がするぞ!」
「そうだな。あれ? なんだ? ユウトがいるぞ。倒したはずなのに。あれ? ユウト倒したの、夢の中の話か? ケケケ!」
「あれ? コハク、どこ行ったんだ? ちょうちょのコハク! あいつ逃げたかな? ヒッヒヒ」
「行くわよ、あなた達」と、エルタは彼らに言った。
「どこに?」ネズミが訊く。
「どこでもいいわ。全部終わり」エルタが答える。
「終わったのか? いつの間に?」
「ちゃんと魔晶払えよ。ケケケ!」
「仕事してないから半額よ」
「なんだよ!」
「約束と違うぞ! ヒッヒヒ!」
「ぎゃっははーん」
文句を垂れながらも、彼らはエルタに連れられて去っていった。
レサニーグ村の件はまた一歩解決に近づいた。それは事実だが、ユウト達の間にはぎこちない空気が漂ったままだった。
「えっと、ユウト……。僕らのこと、食べないよね?」クイが恐る恐る尋ねる。
「食べねぇよ」ユウトはまだ声に怒気が混ざっている。
「本当に?」
「だって、お前ら食わなくたって、この辺にはいくらでも食いもんあるからな」
「なーんだ!」クイは笑顔になった。「そうだよね。ユウトはそんな悪い奴じゃないよね!」
「でも」代わりにテテが訊く。「本当に不思議なんだけど、なんでそんなこと言ったの?」
「だから、ムカついたからだって」
「ムカついたら、食べるの?」クイが言った。
「いや、そういうわけじゃねぇけど……」
「ユウト」ミスペンは厳しい顔つきで言った。「口は災いの元だ。感情に任せて後先考えずに喋ると、こんなことになる」
「……はい」
「ターニャ、お前もだ」
「はぁ!?」
「お前の場合は口じゃなくて直接殺そうとするから、もっと問題だな」
ターニャは歯を食いしばってミスペンをにらんだ。何かすれば精神操作が来るとわかっているからだろう、目つきと雰囲気だけで圧力を加えようとしているらしい。だが、もちろんそんなものでミスペンは動じたりしない。ただ呆れたように微笑んだだけだ。
「何よ、その顔は!」ターニャはより強くミスペンをにらんだ。
「もう、ターニャ。怖いってー」
ドーペントはユウトをまっすぐ見つめて言ってくれる。「僕は、ユウトさんのこと、信じますよ」
「ドーペントのことも食べないよね」テテが訊いてくる。
「食べねぇっつってんだろ」
「あぁ、よかった……」
「バッタも食べないよね?」クイが訊く。
「食べない」
「人間は食べない?」ボノリーが訊いた。
「食わねぇって」
「よかったー! じゃあユウトは何も食べないんだ。ご飯もなしでいいね!」
「いや、何も食わねぇわけじゃ……」
「というか、ボノリーっていつの間に帰ってきたの?」クイが訊いた。
「いたよ」ボノリーが答える。
「いや、いなかったじゃない」
「さっきからいたよ」
「さっき? いつ?」
ボノリーは質問に答えず、「テテは草か木かでいったら、草だね」と言った。
「わあ! ユウトと一緒だね!」と、クイは質問など忘れて笑った。
「あっそ……」
その時、「あっ、あれ!」とクイが言った。
町のほうから横一列になって、またあの12人が歩いてくる。
「ラヴァールさん達!?」
「うわぁ、来たー」
「今日何回目だよ……」
「なんの用だろ?」
「そういえば、贈り物くれるって言ってなかった?」
「あ、そうですね。何をくれるんでしょう」
「どうせろくなもんじゃねぇと思うけど……」
「とはいえ、さっきは助けてくれたからな。ちゃんと、ためになるものをくれる可能性はあるぞ」
「えー? なんだろ! 楽しみだなぁ」
しかし、徐々に近づいてくるラヴァール一行の硬い顔つきを見て、ユウトは妙な不安に襲われるのだった。