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果てなき時空のサプニス  作者: インゴランティス
第1章 逃避へのいざない
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第8話 漆黒の巨体

 そうして会話に興じていた7人。しかし楽しい空気は、地響きによって破られた。


「えっ?」


「なんか、地面揺れてるぞ」


「この感じ、まさか……」


「あっ! みんな、あれ見て!」


 レドの声で、全員が彼女の指の差すほうを見る。


 遠くの森の上に黒い何かが少しだけ出ていた。その黒い何かは、わずかに上下運動しているようだった。


「えっ?」


「なんか、黒いのがあるぞ」


「あれ、なんだ? 前からあったっけ?」


「いや、なかったはずだ」


 そんな話をしている間に、上下運動する黒い何かは少しずつ大きくなっていった。


「えっ、あいつ、近づいてきてないか?」


「まさか……」


「みんな、気をつけて」エルタが言った。「あれは……エクジースティよ!」


「エクジースティ!?」


「おい、嘘だろ……あれ、山だろ?」


 そのカフの声を否定するかのように、黒い何かは森を突っ切り、7人の前に姿を現した。


 エクジースティ。


 それは大仰な名に相応しい禍々しさと威容を備えた、高さ10メートルほどの漆黒の巨体。


 トカゲとは似て非なるいかめしい顔つきにコウモリの翼、鋭い爪を持つ大木のように太い四肢、急峻な山脈に似たギザギザと波打つ鱗――。


 それはまさしく、ユウトが幼い頃から何度となくゲームで目にしてきた、ドラゴンそのものだった。


「この世界、ドラゴンまでいるのかよ?」

 ユウトは、どこか他人事のようにつぶやく。


「逃げるぞ!」

 カフは真っ先に敵に背を向けようとする。


「今なら間に合うわ」

 エルタもそれに続こうとした。


 しかし、ドゥムは敵をまっすぐ見据えて弓を握る。


「いや。飯も食ったし休憩もした。今の俺達ならやれるぜ」


「本気で言ってるの?」エルタは依然逃げようとしている。


「強敵だろうと、負けるつもりはない」ダイムはドゥムの隣に来て、武器を構えた。


「そうだな、何より……ワシらには今までにない味方がいる」バースは自信をもって言う。


「確かに!」レドはユウトを見た。彼女だけではない。6人の仲間は皆、期待を込めた眼差しでユウトを見つめていた。


「えっ? 俺?」


 レドがユウトの肩を指で小突いた。「ひとりしかいないでしょ!」


「よっし、みんな行くぞ!」ドゥムが号令を掛けると、レドとカフが「おーっ!」と声を合わせ、先輩冒険者は揃ってドラゴンに似た魔獣エクジースティめがけて進む。


 続いてドゥムとダイムも走る。エルタもさらに後から空を飛んだ。


「大丈夫なのかよ……」棒立ちでそれを見ながら、ユウトはつぶやいた。


 巨大な怪物の襲撃という危機の最中ではあるが、ユウトは中華包丁を地面に置き、スマホをポケットから出す。こんな瞬間は二度とないかもしれないと思ったからだ。


 先ほどの戦いでスマホに傷がまったくついていないことを確認し、カメラアプリで写真を一枚撮った。撮れた写真を確認する前に、後ろから声がする。


「何してる?」


 言われてユウトは振り返る。ワニの回復役、バースだ。


「ああ、ごめん」ユウトはスマホをポケットに入れた。


「遊んでる場合じゃないぞ。お前があいつを倒すんだ」


 バースに返事をする前に、ユウトは仲間の戦いを見た。


「パーフ・トゥララ・プルーヴォ!」


「トゥロポスフェーロ!」


「ディスバーティ・カイ・ディジーギ!」


 先ほどのように、各々が長ったらしい技名を叫びながら攻撃している。


 攻撃はエクジースティに効いているのかどうかもよくわからない。


 そして、エクジースティのごつごつと太い前肢による攻撃はどうかというと、踏みつけを受けたドゥムが悲鳴を上げていたり、引っかきを食らってレドやカフが吹っ飛んだりしていた。


「くそっ! 持ちこたえろ!」


 バースが仲間に呼びかけながら前線に走っていき、仲間に回復魔法を掛ける。


「活力の光、天より降り注ぎすべてを復さん。マルファーリ・チーオン!」


 エクジースティに吹っ飛ばされたカフに空から朝日のような光が差してきた。


 バースは続いて、レドとドゥムの回復に移る。エクジースティの攻撃を受けても、決して彼らは死んでいるわけではない。


 見た目の印象に反してそこまでの威力はないし、動きもウールソより多少速い程度だ。


 ユウトの中で何かが『やれそうだ』とささやいた。俺ならきっと、あの怪物を倒せる。


「行くか……。もう行くしかないな」彼はつぶやいた。


 さすがにドラゴン相手に現実の人間が生身で挑むのは無謀だろう。


 しかし、ドラゴンはドラゴンでも魔獣だ。なんとかなるような気がしていた。


 もしもの時は逃げるしかないだろうが、そう判断した時は手遅れかも知れない。ともかく、今は行くしかなかった。


 ユウトはエクジースティの横に回り込み、古い中華包丁の刃などたやすく折ってしまいそうなそのゴツゴツとした脇腹に得物を走らせる。


 すると、意外なほど簡単に切れ込みを入れられてしまう。やはり魔獣だ。エクジースティの鱗は見た目ほど固くない。


「グオオォォォ!」


 威嚇とも悲鳴ともとれるエクジースティの叫び。ユウトはすかさず次の技を打ち込む。


「雷光双閃っ!」


「グアオォアアァァ……!」


 エクジースティは山の向こうまで響きそうな大声をあげた。ユウトに首を向け、噛みつこうと口を開く。


 ユウトは走ってその動きをかわしつつ、また横に回り込み、思い切って攻撃する。


 中華包丁を振るたび、この巨大生物の鱗に、斬撃の軌道と同じまっ黒い線が面白いように入っていく。


 そして、渾身の一撃。


「電瞬裁破!!」


「ゴアアアアァァ!!」


 エクジースティがかつてない咆哮を上げた。それの膝は力を失い、ビルが倒壊するかのように巨体は地面に崩れ落ちた。


 そしてその巨体は崩れ落ちた後、二度と動かなくなった。


 そして霧のごとく消え、巨体があった場所には百や二百ではきかないほどの、おびただしい量の魔晶が転がり落ちた。


 その場が一旦、静寂に包まれた。


「えっ?」


 誰かの感嘆があって、彼らは徐々に起きたことに気づいていく。そして互いに見合い、ある時一転して歓喜に包まれた。


「やったぁーーー!!」「やったぞーー!!」レドとカフが同時にジャンプする。


「勝った……本当に勝ったんだ!」ドゥムもガッツポーズして喜びを爆発させる。


「エクジースティを倒したの? 信じられない!」冷静なエルタもさすがに驚いている。


「まさかな……」


「誰が? 誰がやったんだ?」


「ユウトだ」バースが言った。「ワシが見てたから間違いない。ユウトがトドメを刺したぞ!」


「ユウトが?」


「やっぱりすごい!」


「さすがだな、オレが見込んだだけのことはあるぞ」


「お前ひとりが連れてきたわけじゃないだろ」


 皆が褒めてくれるが、当のユウトは狐につままれたような気持ちだった。


 あれほど、強い強いと言われていたエクジースティなのに。あまりにも余裕すぎる。


 そして、彼らは足元に転がっているものにようやく気づく。


「あーっ、すごい! こんなに魔晶が!」


「うわ、本当だ! 見たことない! すげーぞこれ!!」


 魔晶の山に群がり、飛び跳ねて喜ぶカフとレド。ドゥムは魔晶を両手で山のように抱え上げ、信じられないというようにじっと見ている。


 ダイムは6本の足で魔晶をつかみ、それが本当に魔晶だということを確かめているようだ。


 ユウトはスマホを出しながら数歩下がると、彼らの飾らない姿を前にシャッターを切った。


 カシャッという音でレドが反応する。


「ん? ユウト、何してんの」


「ああ。写真撮ってる」とユウトは答える。


「シャシンとってる? なんだそれ?」

「魔晶取らないのか?」

 ドゥムとバースが訊いてくる。


 彼らにとっては当然なのだろう。


 彼らにとって生活の糧である魔晶がこんなにもたくさん手に入ったのに、新入りが離れた場所で突っ立って、何かわからないことをしているのだから。


「ああ、でも今は、一応写真……」

 やはりユウトはどう説明したらいいかわからないから、言葉を濁した。


「ん?」「どういうこと?」「気になるなぁ」


 皆、魔晶を置いてぞろぞろ近づいてくる。


 その間に、魔晶の山は互いに融合して8個の魔晶珠と、50個ほどの魔晶に変わったが、そんなことにも気づかないくらい、皆がこの『シャシン』に興味を示している。

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