第14話 一応の雪解け
ミスペンやユウトの話に、エルタとエイウェンは耳を傾けてくれた。
「オカヤーケ……もとい、岡山にドゥムとダイムが行ったってことね……。それをユウトが罠を掛けて殺した……と、カフが勘違いした?」
「ユウトは、何も悪いことしてなかったんだ……」エイウェンは安心しているようだった。
「ユウト。ひとまず、ドゥムとダイムが生きてる可能性はあるのね?」
「運がよかったらね。俺の世界って、こっちにいるような生き物がいないから。2人がどうなったかは、俺にはわかんねぇ」
「えっ……ちょっと怖いけど。でも、生きてるかもしれないんだよね? よかった……。ドゥムとダイム、もう会えないかと思った」
そして、エルタはカフを見た。カフは不満げにユウトをにらんでいた。
「……カフは、ユウトが呪いを掛けたって言ってたわね」
「もし呪いなんか掛けられるんなら、俺を人殺し扱いした奴ら全員呪ってやったよ。そしたら、お前もとっくに死んでるからな」
「ああ……ユウトさん、そんな言葉遣いは……」
パフィオが涙目になって、ユウトは少し申し訳なくなるとともに、やりづらさも感じた。本当はもっと強い言葉を使いたいところなのだ。
「エルタ」ミスペンが総括に入る。「例の件は全部カフと、ドゥムとダイムが起こしたことだ。カフは予想外のことが起きて混乱したのと……自分が原因だというのがバレたくないから嘘をついたんだろう」
「そうなんでしょうね」エルタが答える。「だから、さっきもあなた達が脅したとか言って、正直に話すのを避けたんでしょう」
「なんで、こんな嘘つきの言うこと信じたの?」クイが首を傾げる。
「こいつは村にいた時は、まともだったんだよ」
だが、エルタは同意しなかった。彼女は「いいえ」と言った。
「えっ?」
「カフはまともじゃないわ。ユウト、あなたが知らないだけ」
「マジで?」
「カフは、誠実な人じゃなかった。ユウトが村にいた頃は、割とおとなしくしてたけど……前は色々やってたのよ」
「前も同じようなことあったの?」
「結構前だけど、カフが村の食料をひとりで黙って食べてたことがあったわね」
「そんなことがあったの?」
「他にも、村に溜めた魔晶を盗んだこともあったり……」
「えーっ! 泥棒だよ!」
「しかも、それで責められた時に人のせいにしたり、誰かに脅されてやったことにしたり、泣いてううやむやにしたり……そんなことを繰り返してたのよ」
「どうりで……。こいつ、ずっと変わってなかったんだね」
「じゃあお前、なんであの日、カフを信じたんだ?」
「当たり前でしょ。問題は起こすけど、それでも、ずっと一緒にいた仲間だもの」
「エルタって……冷たい人かと思ったけど、仲間想いなんだね」
エルタはそれには反応しなかった。
「でも、もうわかったわ。カフ、あなたはもう仲間じゃない。あなたを仲間だと思ってたのは、あなたがどれだけ泥棒をしても、嘘をついても、一緒に魔獣を倒して魔晶を稼ぐ仲だったからよ。でも、今回は違う。あなたは、レサニーグを壊したの」
「壊したって? レサニーグの村、なくなっちゃったの?」
「そういうことじゃないわ。気まずくなって、村の人はほとんど出ていったの。私もね……」
「カフ、あなたはユウトの次くらいに出ていったから、知らないでしょうね!」
「そうだったんだ……」
「そもそも、ユウトの巻貝を盗んで、ドゥムとダイムを誘ってユウトの世界に行こうとしてたなんて。それなのにユウトに全部罪をなすりつけて。どういう神経してたら、そんなことできるのかしら。今回の件は私にも責任があるわ。だって、あなたを甘やかしたせいでこうなったんだから!」
「おお……言ったねー!」
「僕らが言いたいことを全部言ってくれたよね」
カフは何も言えないが、黒い眼でしきりにエルタを見つめ、何かを訴えかける。
「何か言いたいのね? ミスペン、喋れるようにしてあげて」
「もういいんじゃないの?」
「これが最後だ」
「エルタ! エルタ、こいつらの言うこと信じるな!」
「何? じゃあ、私を納得させられるような何かがあるってこと? ミスペンの説明は、今のところ信じられるわ。でも、一応あなたとは長い付き合いがあったから、一回話だけは聞いてあげる」
するとカフは、また同じ主張を繰り返す。
「だから、ユウトがスマホを使って呪いをに掛けたんだよ! ドゥムとダイムに!」
「はぁ、お前いい加減にしろよ! それさっきも言ったろうが!」
「うわぁー! 嫌だぁ! オレ、呪われた! オレも死んじまうんだ! うわぁー!!」
カフはパニックを起こしてどこかに走っていく。だが、すぐにピタッと止まった。ミスペンの左手のひらは例によって彼の背中をとらえていた。
「逃げられると思ったか?」
カフはぎこちなく歩いて戻ってくる。
「えっ……違うよ。ハハッ」
笑ってごまかそうとするカフだが、ここで彼の顔つきが突然動揺したものに変わる。精神操作で喋れなくなったようだ。動くことも喋ることもできないとわかったカフは、涙を流し始めた。
「カフ、なんで? せめて嘘をついてたことを認めて謝れば、この件も水に流せたかもしれないのに」
「こんなことばっかりしてたら、本当に独りぼっちになっちゃうけど、いいの?」
「こいつには何言っても無駄だよ」
「そうね……カフ。あなたとはもう、金輪際会うこともないわ」
カフは精神操作のせいで動けず、言葉も話せないが、彼はさらに激しく涙を流した。
「あなたのせいで大勢の人が傷ついて、振り回されたの。反省してちょうだい」
カフの涙がさらに激しくなるが、それに触れる者はいない。
「エルタ、ありがとう。君がこちらの話を信じてくれたおかげで助かった」
「全部あなた達に同意するわけじゃないけどね」
「というか、そもそもレサニーグの時にしたって、カフの話なんか滅茶苦茶すぎるんだから、なんで信じたんだよ?」
「そうだよ。カフ、悪い奴なのに」
「古くからの仲間のほうが信用できるわ。何も知らないで、何も持たずに村にいきなり来た誰かよりはね」
「ムカつくな、お前……」
「やめろ。抑えろよ」
「そうですね。お互いにもう関わることもないんだったらいいですよ」
そして、エイウェンに移った。
「あの……」エイウェンが言った。「ごめんね、ユウト。おれ、ユウトにひどいこと言っちゃった」
「許してあげよう、ユウト」
だが、ユウトはすねたままで何も答えなかった。
「すまんな。いずれこいつがお前達の言葉を受け入れるように、我々から言い聞かせておこう」
「ちょっ、やめて下さい。許すとは言ってないです」
「もういいだろう。お前が許さないとこの件は終わらないぞ」
ユウトは何も答えなかった。
「やっぱり、許さないってことですか」
「君らって、ユウトとは仲よかったの?」クイがエイウェンに訊く。
「ユウトはボクが駆け出しの冒険者だった頃、戦い方を教えてくれたんだ」
「そうだったんですか……」
「おれの戦い方はカフを手本にしたんだけど、いっつもやめろって言われてた」
「えーっ! カフを手本にしたの?」
「なんで?」
「うーん……なんでだろ」
「カフもエイウェンも、よく敵にひとりで突っ走って、勝手にやられるんだよ」
「村を出た今でも直ってないのかしら?」
「うーん、そろそろやめるよ……」
エイウェンは、今までカフの戦い方を真似していたせいなのか、反省の色がないカフの代わりに必要以上に縮こまった。それを見て、クイが言った。
「ユウト、許してあげようよ」
「許してあげましょう」
パフィオにも促され、ユウトは「えっ。はい」と答えた。
「それとユウトさん」パフィオは続ける。
「えっ……?」
「さっきこのシマウマさんにひどいことを言いましたよね。謝ったほうがいいと思います」
「あ。えー……あー……」
「どうしたの、ユウト。えー、あーって何?」エイウェンは答える。
「ユウトはね、パフィオに話しかけられるとこんな風になっちゃうんだ」
「えっ……なんで? ユウト、レサニーグにいた時はそんな感じじゃなかったのに」
ユウトの態度が変わらないので、ミスペンは仕方なくフォローした。
「すまないな、お前の気持ちは伝わったぞ」
「うん……。おれ、レサニーグに戻らないと。村のみんなに本当のことを教えるよ」
「アキーリとかにもユウトのこと悪く言ってる人がいっぱいいるから、それが間違いだって言っといて」
「うん、わかった」エイウェンは元気にうなずいた。
「優しい子じゃないの、ユウト」テテが言う。「カフはどうしようもないけど、他の人は案外いい人が多かったんじゃない?」
「そうですね。仲直りできそうで、よかったです」ドーペントは嬉しそうだ。
「ユウト、この際だからみんな許そうよ」
クイの発言に、ユウトは『はぁ?』という感情を顔だけで表した。
「ユウトさん」パフィオはユウトの前に出てくる。「そんなに頑固にならないで下さい。もう、解決したんです。皆さんと仲直りしましょう」
「……はい」ユウトは、やはりパフィオに言われては反射的に答えるしかなかった。
「はいって言ったね?」
「やったね! これで仲直りだね!」
「よかったー」
ユウトは納得できない顔のままだが、アリーア達の勢いでもって、とりあえず解決した雰囲気になった。
ミスペンはエルタに訊く。
「……エルタ。ひとまずこの件に関しては、終わりということにしてくれるか?」
「あなた達が何もしないならね」
「それなら問題ない。カフはどうする?」
「好きにしてちょうだい。彼とはもう他人同士よ」
カフはまだ涙を流し続け、エルタに何かを訴えかけているが、やはり誰も気に掛けない。
「でも、エルタ」クイが言う。「仲間になってくれたりしないの? ユウトと仲直りすればいいよね?」
「無理よ。たとえユウトがなんと言ったとしてもね」
「えっ、なんで?」
「ユウト。あなたはその理由を知ってるでしょう?」
「どういうこと?」
「村を出る時に、あなたが言ったことを自分で覚えてるかしら。私達が、食べ物だって言ったでしょう? その言葉を無かったことにするわけにはいかないわ」
このエルタの発言が、また場の空気を重くさせた。