第13話 黒いアイツ、再び
シマウマは上目遣いで、とても緊張しているように見える。レサニーグ村でユウトが面倒を見てやった駆け出し冒険者のひとり、エイウェンだ。村にいた頃は裸だったが、今は茶色い革のコートを羽織っている。冒険者らしい格好ではあるものの、未だ背も低く、駆け出しというに相応しい彼にはあまり似合っていなかった。
「何? ユウト。あいつ、知り合い?」
「いや、えーと……」
「ケケケ、ほら言ってやれよエイウェン! お前らの村で、ユウトは何をしたんだ?」
「ユウトは極悪だったんだろぉ? ヒッヒヒ!」
悪人面の2人に押され、エイウェンは口を開いた。
「おっお……おい! ゆっユウト……駄目だぞ! 悪いことするの、いけないんだぞー!」
ユウトはエイウェンをにらみつけ、「なんだよお前?」と返した。決して声は大きくないが、本気で怒っているのは伝わったのだろう。エイウェンは気圧されてしまい、それ以上喋らなくなった。
「お前、こんなとこまで追っかけて、まだ言ってくんのかよ? ふざけんなよ」
これを後ろで聞いていた悪漢どもは盛り上がる。
「おっ! 悪い奴だなユウト。そのまま殺すか? ケケケケケ!」
「またお前の被害者が増えちまうなぁ! ヒッヒヒ! お前、こいつの面倒見てたんだろ? なのに殺したんだよな、仲間をよォ」
ユウトは憤った。
「俺は誰も殺してねぇっつってんだろ!!」
彼は普段の穏やかで控えめな姿からは想像もつかない、怒りをそのままぶちまけるような大声を出した。しかし悪漢どもはそんな怒声など慣れっこなのだろう、怖気づく者など誰ひとりおらず、むしろ攻勢を強めてきた。
「おっ? おぉー! 殺すんだな? そんなこと言って!」
「悪人だ悪人だ! ケケケケ!」
「またユウトの被害者が増えるな!」
「そうしたらお前はもうどこにも行き場なくなるぞ! ヒッヒヒ!」
「ぎゃっははーん!」
とうとうミスペンはこのやかましい集団に左手のひらを向けた。悪漢らは全員、簡単に眠りについてしまった。ネズミもペンギンも、その他知らない大勢の者達も、皆、草原の上に寝転んだ。ユウト達の前に、立っているのはアゲハ蝶一匹だけになった。
「あっ……あれ? みんな寝ちゃった……いやぁーー!」
集団の後ろのほうにいたらしいこの蝶だけは精神操作が効かなかったが、すぐに飛んで逃げていった。他は地面に寝そべったまま、各々、適当なうわごとを言っている。
「牛乳、くれぇー」
「あぁー、石ころー」
「ケケケ……踏んでやる……」
「ヒッヒヒ……」
「ぎゃっ……ははーん……」
そして精神操作を掛けられたのはエイウェンも例外ではない。彼もまた、地面に寝そべっていた。
別に彼まで眠らせる必要はなかったが、悪漢が彼の後ろに大勢いたので、まとめて掛けたほうが都合がよかったのだ。
「すごーい! ミスペン!」
「ミスペンさんがいなかったら大変でしたね」
「本当うるさいね、こいつら」
「殺せばすぐなのに……」
「ユウト」テテはユウトの背中を指で突いた。「あたいらがいるんだから、そんなに怒んなくていいよ」
「……ああ」ユウトはまだ怒りが収まっていないようだった。
テテはエイウェンを見下ろす。
「……で、このシマウマって?」
「こいつはエイウェンって名前で、俺がレサニーグにいた時面倒見てやった駆け出し冒険者」
「なのに、どうしてユウトのこと悪く言うんだろうね」
「知らねぇよ」
「この子って寝言とか何も言ってないけど、ミスペン、別に殺したわけじゃないよね?」
「ああ。寝てるだけだ」
その時、エイウェンが小さく寝言を言った。
「ユウト……みんな……仲良く……」
ユウトはそれを寝言でなく、面と向かって言われたような気がして、とても複雑な気持ちになった。エイウェンにとってもレサニーグの件は大きなものだったのだ。寝言で直接名前を出されるほどだから、きっと自分はさぞ頼られていたのだろう。
その寝言を、仲間も近くで聞いていた。
「この人も、きっと悪い人じゃないですよ」
「どうかな」
そこにパフィオが来て「ユウトさん」と名を呼んだ。
「あっ……はい」
「レサニーグの人達のこと、信じてあげて下さい。カフさんは悪い人かもしれないです。でも、他の人達は勘違いしてるだけだと思います。エイウェンさんと仲直りしましょう」
「あっ……はい……」ユウトは言われるままに、ゆっくりうなずいた。だが、彼の内心ではそんな簡単に整理をつけられるはずもなかった。パフィオの頼みといえども。
そして、仲間は今も各々寝言を続ける100人を超える謎の悪漢どもを見やった。
「あいつらって何? 仇討ちに来たわけ?」
「うーん、なんなんだろう? うるさいし……ユウト、何か知ってる?」
「知らねぇ。エイウェンだけは知ってるけど」
「どういうことなんだろ? 何が起きてんの?」
「ミスペン、わかる?」
「……不吉な感じがする」
「どういうことですか?」
「あのネズミやペンギンがなんのためにエイウェンを使ってユウトを脅すような真似をしたのか、目的がわからん」
「確かに。普通の冒険者だったら、ユウトとかミスペンに勝てるわけないよね。パフィオもいるし」
「それに、この人数の多さはなんだ? 誰かがこの人数を集めた? もしかすると、どこかに黒幕が……」
言いながら、ミスペンは心当たりがあるのに気づいていた。
「まったく、役に立たないわ」上から、女性の声がした。
「誰!?」
「まさか――」
すぐに黒い鳥がどこかから飛んできて、一行の前に降り立った。
「エルタ!!」ユウトがその名を呼んだ。飛んできたのは黒い翼に赤い顎。七面鳥のエルタだ。
「あなた達は結局、人間だからユウトの側についたわけね」エルタはミスペンとターニャを順に、真っ黒い目で見やった。彼女はユウトを見なかった。
「なんだお前! 悪い奴だな!」クイが跳ねている。
エルタはそれに答えず、ミスペンに言う。
「酒場の前にいた、あなた。おかしな力を持ってるのはわかってたけど、まさかこれだけ揃えた人数まで一度に倒すなんて。腕利きの冒険者って聞いたから雇ったのに。それをこんな簡単に……」
『おかしな力』とは精神操作のことか。この鳥はミスペンがアキーリのユウトの家の前で大勢を精神操作した現場にいなかったはずだが、ラヴァールの取り巻きにでも聞いたのだろうか。いや、それよりもっと話すべきことがある。
「ユウトの無実は証明された。こんなことをする意味はないぞ」ミスペンは返す。
「証明? どういうことかしら」
「カフと話をしたんだ」
「カフ? へえ……何を聞いたのかしら」
エルタは驚かない。
「すべてカフの嘘と勘違いだ」
「あいつは、そんなこと言ってなかったわ」
「エルタもカフと話したの?」と、テテ。
「そうよ。出てきなさい」
後ろに立つ木の一本の裏から、メロンがおずおずと出てくる。
「……やあ」
「カフ! どっか行ったと思ったのに、まだこんなとこにいたの?」
「冷たいぞ、お前ら。仲間だろ?」
ユウト達はカフに冷たい視線を向けるだけだった。
「カフから全部聞いたわ」エルタが言う。「あなた達は昨日、カフと話したんでしょう? カフを脅して、嘘つき呼ばわりしたっていうじゃない」
「えーっ? 何言ってんの?」
「違うよ! カフが嘘ばっかり言うからユウトがひどい目に遭ったんだ!」
「まったくもう、毎回適当なことばっかり言うよね。あんたって」
「なんで正直に言わないの?」
「おっお前ら……! だから、エルタ。見ろよ、こいつらひどいだろ? オレが本当のこと言おうとしてんのに!」
ユウトは前に出た。
「じゃあ、言ってみろよ」低い声でカフをにらみつけ、要求する。
「うわぁ! 脅してる! オレのこと殺す気だ!」
「だから、そうやってあんたがユウトを悪者扱いして、全然ちゃんと喋らないじゃないの!」
「喋ろうとしてるだろ!」
「もういいよ、お前マジで!」ユウトは声を荒げた。
「うわぁ! ユウトに殺されるぅ!!」
「ユウトさん、そんなに怒らないで下さい。わたし、悲しいです」
「あっ……すいません」
ここでエルタは割って入り、一度場を整理する。
「話がこじれてるようだけど、あなた達を信用する気はない。まずカフの話を聞くわ」
「おぉ! エルタ、話聞いてくれ! お前だけなんだよ!」
カフはいきなりテンションを上げて喜ぶが、ユウトの仲間は不安がる。
「えっ……カフの話聞くの?」
「大丈夫かな……」
「カフ」ミスペンは釘を刺した。「エルタに説明してもいいが、また嘘をつくようならわかってるよな?」
「うわぁ!!」カフは過剰に「だから、だからエルタ! こいつらひどいんだよ、こうやって大勢で囲んで、オレを嘘つき呼ばわりしたんだ。オレを動けなくさせたりして! オレを殺そうとしたりしたんだぞ!」
「あんた、ちゃんと喋れって言われてんのに、何回同じこと言ってんの?」
「クイが嘘ばっかり言うから悪いんだよ!」
「オレは一回も嘘なんか言ってないぞ! だから、ユウトがみんなに呪いを――」
ミスペンが手のひらを向ける。カフはそれ以上喋れなくなった。
「あー、よかった。静かになった」
「やっぱり、こいつに喋らせたら駄目ですね」
「エルタ、聞いて。このメロン、嘘ばっかり言うんだ」
エルタは白い眼を向ける。
「あなた達、そうやってカフを黙らせて、脅したの?」
「違うよ!」クイは翼をばたつかせる。「本当にカフって適当な嘘ばっかり言って、話がゴチャゴチャになるんだ」
「あんたって、レサニーグでカフと仲間同士だったの?」
「そうよ」
「だったら、カフがこういう奴だって知らないの?」
エルタは少し答えにくそうに言った。「……レサニーグの仲間とは付き合いは長いわ」
「えーっ? じゃあ、レサニーグの時はいい人だったの?」
「いい人? ……仲間よ」
「なんか、その間、気になるね」
「エルタ。君もこいつと同類か? その場しのぎで嘘やごまかしばかり言って、自分の身を守ることしか考えないなら、これ以上話すことはない」
エルタは少し考え込むように目を閉じてから、何か覚悟を決めたように言った。「じゃあ、いいわ。カフとあなた達の間に、何があったか聞きましょう」
「よかったー」
「ユウト、いいな? お前しか知らないことはお前が喋れよ」
しかしユウトはうつむいて、何も答えない。
「ユウト、つらいのはわかるけどさぁ」
「昨日全部喋ったから、いいんじゃないの?」
「でも、俺は、こいつのことも信用できない」
「……お互い様よ」エルタは冷たく返した。
ミスペンはほんの少し溜息をついて説得する。
「ユウト、そんなことを言ってる場合じゃないだろう。ケリをつけたくないのか?」
「勘違いで仲悪くなっちゃっただけでしょ?」
「こいつは、カフと組んで俺を村から追い出そうとしたんです。俺のこと、最初から疑ってたって言ってましたし」
すると、パフィオがユウトのすぐ前までやってくる。
「お願いします。ユウトさん」そうつぶらな瞳で言われては、ユウトも折れざるを得ない。
「あっ……わか、り、ました」
かくしてユウト達は事の顛末をエルタに話して聞かせた。それはカフとの話し合いだけでなく、レサニーグ村であの日、本当は何が起きたのかも。せっかくこの場にいるので、エイウェンも起こして聞かせることにした。