第11話 白いアイツ、再び
「アウララ!」
「えっあれがアウララ!?」
地上の面々は、突如現れた白い生物を見上げてどよめく。
「あんたどこに隠れてたの!」ターニャは刺すような視線で彼を見上げる。
アウララは悪童らしい笑みをさらに強め、ターニャを見下ろした。
「ハハハ、隠れてただぁ? オレ様は世紀の大泥棒だぜ。どうしてお前なんぞに行き先をわざわざ言う必要があんだよ」
ユウト一行も、ラヴァール達もそれを聞いて一層騒ぐ。
「世紀の大泥棒!?」
「やっぱりあの人が、ミスペンさんが言ってた、『手鏡』を盗んだっていう……」
「なんかすごい悪い奴っぽい!」
「確かに白い猫みたいですね」
「いや、猫じゃない。ラヴァール様のおっしゃった通りだ。耳の間に小さな角がある」
「髭もないし、目の形も違うわ。本当に猫なのかしら?」
「猫じゃなかったら、一体なんだってんだ?」
混乱する地上の面々を見下ろして、アウララは満足そうだ。
「こっちでも有名人か。悪い気はしねぇな……でも、人様の顔をじろじろ見るもんじゃねぇぜ」
ラヴァールの側近3人は、アウララの下へと近づいていく。
「何が世紀の大泥棒よ、諦めなさい!」
「ラヴァールさんに楯突いて、ただで済むと思うなよ」
「悔い改め、ラヴァール様の弟子となるがいい」
3人を見下ろし、アウララは愉快そうにせせら笑った。
「人を悪者扱いしやがって。わかってねぇな、お前ら。オレ様は有効活用してやってんだよ。いいか? 金持ちはカネとか物を貯めこむだろ。それじゃ意味ねぇんだ。オレ様があいつらに、『盗まれる』っていうスリルを味わわせてやってんだよ。これ以上ない娯楽だろ?」
側近3人は怒気を強めてアウララを非難する。
「こいつ何言ってやがる。こんなふざけた考えの泥棒、俺でも見たことねぇぞ」
「ラヴァール様の前で泥棒の勝手な理屈を垂れるか。それがどれほど愚かなことか、すぐに理解するだろう」
「たわごとを吐いてラヴァール様の耳を汚した罪を償うことね!」
彼らが言い終わるのを待ってから、ラヴァールは数歩前進しながら腰の斧を抜き、アウララに向けて宣言する。
「次の弟子はお前だ、アウララ」
アウララはさすがに彼らの言い草には腹に据えかねるものがあったのか。少し真剣な顔つきになって答える。
「弟子にできる立場だと思うなら、やってみろ」
直後、アウララの姿がなくなった。
「えっ……?」
「消えたぞ!」
「一瞬で……」
全員、何が起きたかわからない。まず、ラヴァールの持っていた斧が、彼の手から消えた。
「ラ、ラヴァール様……斧が!」
「斧が、消えました……」
「ラヴァール、様の、斧が……」
「一体、いつの間に!?」
側近3人はうろたえる。ラヴァールは目を閉じ、静かに手を下ろす。武器を盗まれたにもかかわらず、彼は冷静だった。
「気をつけろ! これは――」
アウララが斧1本盗んで満足するはずがない。ミスペンが注意喚起をする間もなく、事は始まってしまった。
「あっ!! えっ、嘘!」次の異変はヘリトミネに起きた。
「どうした、ヘリトミネ!」
「ない! 私の武器が!」
「武器だって?」
「そうよ。私の中に入れてた武器がなくなったの。いきなり軽くなったわ!」
「ハハハ、軽くなったんならいいじゃねぇか」
「何笑ってるの、ダルム!!」
「そうだ、ダルム。腰を見てみるといい、笑ってる場合なのかな」
「何?」ダルムが腰を手で探ると、あるはずのものがない。「なっ、……なんだと!? 俺の曲刀を盗むとは、あの野郎……!」
被害を受けたのはラヴァールと3人の側近だけではない。
「あっ、なんで! まさか!」
ラヴァールの頂点の弟子のひとり、キュウリのジャハットが白いドレスを手でしきりに触っている。
「どうしたんだぜ? ジャハット」
「弓がない……! やられたわ」
近くで他の頂点の弟子も気づく。
「ああ、槍がありません」
「杖を……おのれ!」
タマネギのピンケとサソリのレイベルビスも武器を奪われたようだ。
「いっぱい魔晶集めたのに、1個もないぜ!」
「泥棒め、許せん!」
バクのギャゴーンとヤマガラのサイハも、荷物が空になっていることに気づいたようだ。
そして、アウララの犯行がラヴァール達だけでとどまるはずがない。
「うわーっ! 首輪がなーい!!」
「えっ、僕の弓が……」
ターニャの背中が軽くなる。背後を手で探ると、大鎌がない。
「嘘っ、どうやって!? まるで気配が……」
一方、テテもユウトに教えてくれる。「ユウト、盾とか無くなってるじゃないの!」
しかしユウトは何も答えられなかった。そんな風に指摘されずとも、荷物が突然一気に軽くなったから、盗まれたことにすぐ気づいていた。アウララの非現実的なまでの盗みの速さに、頭が真っ白になっていたのだ。腰に差した剣と背負った盾が消えており、さらにカバンを開けると、先ほどの戦いで集めた魔晶と魔晶珠が、ひとつ残らずなくなっていた。
さらには、周囲で泥棒を探し回っていたボチャネスの手下も、手に持っていた金色の槍や、身に着けていた金色のスカーフを盗られて騒いでいる。
「ねえ、あのアウララっての、思ってたよりずっとひどいじゃない! こんなに悪い奴だったの!?」
「私もここまでとは予想してなかった。アウララの奴、こんなにも盗みが速いとは……」
「ミスペン、なんとかして! 精神操作で!」
「だが、奴がどこにいるかわからん!」
「ラヴァール様! あのアウララにどうか罰を!」
「お願いします、ラヴァールさん!」
「ラヴァール様のお力をもってすれば、あのような輩、すぐにひれ伏すはず!」
「言うまでもない。アウララはオレの弟子だ、今から罰を下す」
すると、ラヴァールにアウララが答える。「ああそうかい、さっさと罰をくれよ。こっちは退屈なんだよ」
側近3人は先ほどとは違う、本当の怒りをもっていきり立った。
「アウララ! どこにいるの! 姿を見せなさい」
「俺らの武器はいい、ラヴァール様の斧を返せ!」
「ラヴァール様への狼藉など言語道断。必ず後悔することになるだろう、その前に観念するべきだ」
すると、返事代わりに多くの武器が、近くの空中に突然出現した。剣や斧や弓などがガシャーンと、ひとかたまりになって地面に落下する。
「あぁぁぁぁーー!!」
ヘリトミネが、周囲全員の鼓膜を破りかねない金切り声を挙げながら、落とされた武器に向かってのそのそ寄っていく。
「うるせぇぞヘリトミネ!」「まったく、気品のかけらもないイソギンチャクだ」
ダルムとピサンカージの文句も聞かず、ヘリトミネは多くの触手を操り、武器の山を探り始めた。ダルムや他の多くの頂点の弟子も、町の兵士も、山に群がってそれぞれ探り始める。
そんな彼らをどこかで見下ろして、透明のアウララは笑った。
「ハハハハハ! いいなお前ら、オレ様の力わかったろ。世紀の大泥棒だぜ? つーか、お前らよくこんなガラクタばっか持ち歩くよな。重いのなんのって。こんなのよく振り回すよな……やっぱ化け物と戦うなんざ奇行は、貧乏人にお似合いだぜ」
するとラヴァールの側近トリオが空を見上げて激怒する。
「取り消せ、アウララ!」
「そうよ。私の武器コレクションを否定するなんて!」
「お前のはどう見たってガラクタだろうが」
「なんですって!!」
「いいから早く武器どけろ。お前のが邪魔で、俺の曲刀がどこかわかんねぇ」
「ラヴァール様の斧も見つけないと。おいバンスター、ピンケ! 何をしてる、お前達がラヴァール様の斧を捜せ」
口論しつつも、彼らは地道に盗まれた物からそれぞれの持ち物を取り返していった。ミスペンは仲間とともに、その光景を遠巻きに眺めた。ほとんどは柄と切っ先が金色の槍と、青緑色の剣や斧などといった武器だ。この青緑色は錆びた銅でできているようだが、誰がそんなものを使っているのだろう――思っていると、サソリのレイベルビスが歩いてくる。
「ミスペン。お前さんは落ち着いとるが、何も盗られとらんのか?」
「私は武器は何も持ってないからな」
「なるほど。その服を剥がされんでよかったな」
「そこまでやる奴じゃないことは、とりあえず安心したほうがいいのかもしれん」
ドーペントが来た。
「レイベルビスさん、さっきはターニャさんを回復してくれてありがとうございます」
「そんなことはいい。お前さんら、ここで突っ立っとる場合か? 持ち物を盗られたんなら、取り返しに行ったほうがいいぞ。アウララの奴が何を考えとるかわからんし、町の兵隊も黙って持って行くかも知れん」
「弓はもう古いから、そろそろ買い換えようと思ってたんです」
「なるほど」
ミスペンはレイベルビスに、気になっていることを尋ねる。
「レイベルビス。我々が盗られたものは何個かしかない。あんな山ができるほどの大量の武器を、誰が持ってるんだ?」
「町の兵士の槍もかなり混ざってるが、青いのはヘリトミネの武器だ」
「あの青いのが? 錆びてるようだが……」
この声を、武器を捜しながらもしっかりとヘリトミネは聞いていた。
「何よ、ミスペン。失礼ね! 錆びてて何が悪いの? 私の大事なコレクションよ!」
すると隣にいたダルムが鼻で笑う。
「何が大事なコレクションだ、早く買い替えろ」
「なんですって!! 緑青ろくしょうよりいい素材なんてないじゃない!」
「んなこと言ってんのお前だけだ」
さらに、山の反対側にいたピサンカージも続く。
「君が何を思って錆びた銅の武器を使い続けてるのか知らないけど、それがラヴァール様の弟子が持つにふさわしいと思ってるなら、君の感性を疑うよ」
「なんですって!! ピサンカージ、あなた許さないわ。私の武器で好きなだけいたぶってあげる。そうすれば、緑青の美しさに気づくはずよ!」
側近3人が口論しているところに、とことこクイが歩いてきた。
「ねえ、僕の首輪どこ?」
「黙ってなさい! 今、緑青の美しさについてこのアシカに教えてるとこなのよ!」
そんな言い合いをよそに、多くの面々は武器の山から、それぞれの持ち物を捜す。武器の山は消えてなくなり、ユウト一行の装備も無事戻ってきた。
「ユウトさん。剣と盾、返してくれてよかったですね」と言いながらドーペントは取り戻した弓を手でさすっている。買い替えるつもりとは言っていたが、やはり大事な武器には変わりないようだ。
「うん……」ユウトは複雑な気分で答える。
周囲で町の兵士達が、槍だ、スカーフだと喜びながら去っていく。彼らの声もあって、全体的には解決したような雰囲気になってしまっているが、実のところ、何も終わっていないことにユウトは気づいていた。
「ユウトさん、どうしましたか? 落ち込んでますか?」
「だって……魔晶が無ぇだろ」
「魔晶? あ……確かに! どこに行ったんでしょう?」
「決まってるでしょ」近くにいたジャハットは恨みを込めて答える。「あの泥棒、金目の物だけ盗んだのよ」
「魔晶だけを盗むとは、まったく効率のいい。奴が言う通り、武器は重すぎるし売っても安い」オレンジの鳥、サイハが続く。
「腹の立つ野郎だぜ、許せないぜ」と、バクのギャゴーン。
「ラヴァール様が必ず成敗して下さるだろう。しかし、もし奴が目の前にいたら私が仕留めてやる。泥棒などという卑怯な真似を許すわけにはいかん」
他の仲間も、その頃には多くが気づいていた。
「アウララ! 魔晶を返しなさい!」
「そうだよ。返してよ! あんなにエクジースティ倒したのに、全部盗んだなんてひどすぎる!」
その時、あの白い悪童の声がした。
「魔晶ってのはコイツのことか?」
アウララは近くの空中に、ぼんやりと霧のように出現した。彼は得意げに、魔晶珠1個を見せつけるように、軽くお手玉していた。
「あっ、アウララ――」
テテの声がした直後、アウララの姿はなくなった。彼の能力で見えなくなったわけではない。
「ぬおあーっ!!」
アウララの悲鳴がプルイーリの町に響く。そのアウララの白い身体は宙高く舞い、クルクル回転した。さらにミスペンが、空中で回るアウララに手のひらを向け、念じる。
地面に落ちてきたアウララは、すやすや眠っている。世紀の大泥棒を自称する白い猫の悪行は、ひとまず止まった。その前に、片手斧を持つラヴァールとミスペンがいた。
「まだ生きてるみたいだな」
「黄色の血、か……」
ラヴァールがつぶやいて、ミスペンはアウララをよく見た。確かに、彼の姿をよく見ると、ラヴァールの斧が刻まれてできたらしい胸の傷から出ていたのは赤い血ではなかった。ベージュの液体だ。
「あぁ~、お宝、宝石、掛け軸ぅ……」
アウララは地面で、泥棒らしい寝言を垂れている。
「これが、アウララ……」
「やっぱりこいつ、殺しましょ」
ターニャは背中の鞘から大鎌を抜いてアウララに歩いていくが、ラヴァールは止める。
「オレの弟子、ターニャ。それは許さん」ラヴァールの腰には、あの斧が戻ってきていた。
「はぁ?」
「よほどのことがなければ命は奪わん。こいつはオレの弟子に決まった。盗みのような行いに二度と手を染めぬよう、オレが導く」
「おお……ラヴァール様!」
「また、こうしてラヴァール様の弟子が増えたのですね。感激です」
「だが、こいつは頂点の弟子にはふさわしくないだろうな。なんたってラヴァールさんの斧を盗んだんだ」
ターニャもその場に近づいてきた。
「なんて生き物? こいつ」
「なんという生き物かは知らないが、アウララはこことは別の世界から来たんだ。その世界には、こいつの同族が山ほどいた」
ユウトはミスペン達の後方から、アウララという謎の生物を見つめた。ミスペンから聞いた話の通りだが、実際に目にすると可愛いような、少し不気味なような。奇妙な見た目の種族だと思った。こんな生き物が無数に住む世界があるのか。
アウララの荷物を確認する。ところが、今しがた奪われた武器しかない。町の金持ちから盗んだであろう物品はどこにもなく、そして興味深いことに、『手鏡』もここにはなかった。
「ふーっ、武器を取り返したわね」
ヘリトミネは錆びた銅でできた大量の武器を触手で持ち、確認している。剣、斧、槍、弓……あまりにも多い。こんなものを持ち歩くだけでかなりの負担だろうに。本人は緑青が美しいからこの素材を選んだと言っていたが、その割にはどれも刃の曇りや欠けが目立っており、質より量という印象が拭えない。
「だが、こいつはもっと多くの物を盗んだはずだ」
「その通りだ。オレの弟子、ミスペン。ボチャネスから盗んだ金品を捜さなければならない」
「どこかに隠したんでしょうか?」
「可能性はあるな。オレの弟子達よ、手分けして探すぞ」
「はい!」
ラヴァールは瞬時に姿を消した。頂点の弟子11人もアウララの盗んだ物を探すため、思い思いの方向へ散っていった。
それを見送ってから、ユウト達はアウララの処遇について考える。
「どうする? ずいぶん悪い奴みたいだけど」
「どこかに閉じ込めたりとかできない?」
「難しいだろう。こいつはなんとかして脱出するはずだ」
「じゃあ殺すしかないじゃない」
騒ぎを聞きつけた兵士がぞろぞろと、その場に押しかけてきた。先ほどとは別の者達らしい。
「どうしたどうした!」
「なんか泥棒が出たんだってな!?」
「メロンか? メロンだな?」
ユウト達もラヴァール達も、総じて『やれやれ』という雰囲気でもって迎えた。
「遅いよ、あんた達」
「もう泥棒捕まえたよ!」
「捕まえた!? どこにいるんだ?」
「そこで寝てるよ」
「ん? 誰が寝てるって?」
「何もいないぞ」
言われて見ると、アウララがいたはずの場所には誰もいなかった。彼が流したベージュの血が、地面にわずかに残っていただけだ。
「何っ……」
「消えた……アウララが、いなくなった!」
「やっぱり! あんな奴さっさと殺しときゃよかったのよ!」
ミスペンは眉をひそめた。まずいことをしたかもしれない。どうしてもっと強く精神操作を掛けておかなかったのだろう?
今のところアウララの悪行は泥棒だけだが、透明になれる能力は本当に厄介だ。彼はもはや、こちらの能力を知っている。もしかすると、彼を始末するチャンスは今回が最後だったのかも知れない――。