第10話 弟子
「ラヴァール、贈り物くれるって言ってたけど、何くれるのかなぁ?」
「楽しみですね」
「どうせろくなもんじゃないわ」
「僕はすごくいい物くれると思うなぁ。ボノリーもそう思うよね? ……あれ?」
クイは周囲を見回すが、ボノリーはどこにもいなかった。
「ラヴァールが来たからだな、いつもながら逃げ足が速い」
さて、12人がユウト達の前に到達すると、まずラヴァールは「オレの弟子達よ――」と演説を始めようとした。しかしクイは早速割って入る。
「ねえ、何くれるの?」
「オレの弟子、クイ」ラヴァールが答える。「残念ながら、今はその時ではない。町に泥棒が出た。お前達はオレの弟子として、これを捕まえるのに協力しなければならない。贈り物はその後だ」
「はぁ……?」
「えーっ! 勝手だなぁ! というか、僕っていつの間にラヴァールの弟子になったの?」
ラヴァールは同じ調子で答える。
「お前達は有望な戦士だ。一介の冒険者に終わる器ではない。それを、あのフォリールの戦いで確かめた。ゆえに、お前達は全員、オレの弟子となった」
「えーっ! すごい!」
クイは純粋に喜ぶが、テテは腕を組んで不満を隠さず言った。
「なりたいなんて誰も言ってないのに。いつもさぁ、こっちの話なんか聞かないよね」
ラヴァールの側近トリオは好き勝手なことを言い始める。
「フフン」まず、イソギンチャクのヘリトミネが鼻で笑った。「ラヴァール様の弟子になれたのに、何をブツブツ言ってるのかしら。弟子として直々にご指示を頂くというのがどれだけ光栄なことか、理解する頭がないみたいね」
そしてアシカのピサンカージが続く。
「平凡な彼らにはラヴァール様はあまりに偉大すぎる。とても理解できるレベルじゃないのさ」
「いいか、お前ら」最後にナスのダルム。「ごちゃごちゃ言わずにさっさと動け。お前らにラヴァールさんの命令を無視する度胸があるなら別だが……その時はわかってるよな?」
3人の言い草にユウト達は、皆嫌悪感を示す。
「腰巾着め……」
「あいつら、ムカつくなぁ!」
「なんだか怖いです」
側近3人の言い草は無視して、ミスペンはラヴァールに問う。
「ラヴァール。あなたこそ泥棒と聞いて、顔がいくつか思い浮かぶのでは?」
だが、ラヴァールはいつも通り顔色ひとつ変えない。代わりに、やはり側近3人が邪魔をする。
「ラヴァール『様』と呼びなさい!」
「ミスペン、弟子になったばかりの君が直接ラヴァールさんと話すなんて、無礼だと思わないのかな? しかも、呼び捨てとはね」
「そうだぜ。頂点の弟子ですら、ラヴァールさんと直接話せるのは俺ら3人だけだ」
しかしラヴァールは数歩進み出てきた。
「オレの弟子、ミスペン。お前の疑問にオレが答えよう」
「ラヴァール様!」頂点の弟子3人は、恐縮して引っ込む。それでミスペンはまたラヴァールに問いを向けた。
「ラヴァール、あなたはかなり顔が広いとみえる。このあたりのことは、我々よりあなたのほうが詳しいのでは? 誰が犯人か、心当たりはないのか?」
するとラヴァールは冷静に答える。
「今までオレが見つけた泥棒は、すべてこの手で捕らえてきた。そして……ダルムはそのひとり。かつてオレがダルムを捕らえた時、こいつはただの悪党だったが、今やオレの弟子として見違えるほどに強くなった」
ラヴァールに話題に出されたことで、ダルムは照れながらこれを受ける。
「実にお恥ずかしい……しかし、ラヴァールさんと会ったことで俺は生まれ変わりました。今ではラヴァールさんの弟子の中でも最強です!」
このダルムの自賛が他の側近のプライドに触ってしまったようだ。
「待て」まずピサンカージが止める。「いつ、誰が君を最強と認めたか言ってもらおうか」
「そうよ。弟子の中で最強なのはこの私、ヘリトミネよ」
「お前なんか、腕が多いだけだろ」ダルムは軽くあしらった。
「なんですって!!」
いきり立つヘリトミネ。ピサンカージは鼻で笑う。
「君達、野蛮な言い争いをする者に最強を名乗る資格はないよ。最強の弟子はこの僕、ピサンカージだ」
「笑わせんな。玉遊びしかできねぇアシカのどこが最強なんだ?」
ダルムの挑発に、余裕を見せていたピサンカージは一転して怒りを露わにする。
「僕の能力を、玉遊びだと……?」
「玉遊びじゃねぇか。やんのかテメェ、前から気に入らなかったんだよ」
「いい度胸だ。この僕と張り合うつもりか」
ヘリトミネが2人の言い合いに割って入ろうとする。
「ちょっと、私を無視するなんて許さないわ。誰が最強か、この場で決めてあげてもいいのよ」
「いいだろう、ヘリトミネ」ピサンカージが応じる。「3人の中で君が最弱だということがわかるだけだが、それでもいいならね」
「なんですって!!」
今にも三つ巴の戦いを始めそうなラヴァールの側近3人にユウト達は苦笑したり、困惑したりと様々な反応だった。
「なんだ? 仲間割れ?」
「あいつら、仲悪いんだな」
「あのイソギンチャク、仲間になんか言われた時の反応がいつも同じだね」
「確かに……」
その間も3人は口論を続けていたが、「静まれ」というラヴァールの一声が彼らを凍りつかせた。
「あっ……」
「あぁぁ!!」
「申し訳ございませんラヴァール様!!」
「ラヴァール様の面前でお見苦しい真似を!!」
「お許し下さい! どうか!!」
ラヴァールは淡々と応じる。「オレの弟子、ピサンカージ、ヘリトミネ、ダルム。今回は許そう」
「あぁ!! ありがとうございます!!」
「ラヴァール様に今後もついていきます!!」
「ラヴァール様にこの命、捧げる所存です!」
深々と頭を下げる側近トリオ。そしてようやくラヴァールは本題の泥棒の話に戻った。
「さて……気を取り直そう。オレの弟子、ミスペン。今回の泥棒は、オレの知らない奴だ」
「とは?」ミスペンは答える。「泥棒の姿くらいは見たことがありそうな口ぶりだが」
「その通りだ。オレは、泥棒の姿を見た」
「えっ……」
「すごい!」
ラヴァールは目を閉じ、泥棒について語る。
「オレが泥棒を見つけた時、奴はボチャネスの屋敷近くの路地裏にいた……そして、やたらとデカい袋を持っていた。おそらく、中には山のように魔晶や貴金属、武具が入っているはずだ。そしてオレは泥棒を見つけたらいつもやっていることだが、まず近寄り、観念するように言った。すると……奴の姿が、突然消えた」
「消えた!? どういうこと!?」
「オレの弟子、クイ。千人を超える弟子を持つオレですら、そんな泥棒がいるとは聞いたことがない」
ラヴァールの話に、ユウトの仲間に不安が広がる。
「あぁ……怖いです」
「やっぱり、捕まえたほうがいいと思います。町の皆さんも困ってますし、ラヴァールさん」
「でも、姿が消えたんだよね? 難しそうだね」
頂点の弟子もラヴァールのいる場所で言葉こそ発しないが、表情は硬い。と、ミスペンにターニャが訊いた。
「ミスペン、間違いない?」
「ああ。奴だ」
ミスペンが答えると、ラヴァールは「ほう……」と目を細め、2人を見た。その眼光が鋭さを増す。
「ラヴァール、もうひとつ訊きたいことがある」ミスペンは、さらに問う。
「なんだ」
「その泥棒は、白い猫に似てるか?」
「その通りだ。しかし猫とは違う。ふたつの耳の間に小さい耳か、もしくは角のようなものがある。それに顔つきも猫とはまったく似ていない。手足は短く、髭もない。尻尾は太く、背中には猫ではあり得ない、奇妙な模様がある」
「えーっ! そんな生き物聞いたことないよ」
「猫みたいですけど、猫には角はないです。ユウトさん、知ってますか?」
「なんか、聞いたことあるような……」
ミスペンはラヴァールに答える。
「ラヴァール、その話ではっきりした。泥棒は、アウララという生き物だ」
「やっぱり! あいつ、こんなとこまで来てるなんて」
ラヴァールは鋭い眼光のまま、ミスペンに問う。「アウララだと? 何者だ。詳しく教えろ」
しかしその問いにミスペンが答えることはなかった。
「こんな奴だよ」
突如、その場にいないはずの何者かの声がした。それは悪童というべき少年の声。見れば、彼らから少し離れた空中に、先ほどまさにラヴァールが説明した生物そのものが出現していたからだ。
白い猫に似た生物。身長は1m程度、青いベストを羽織り大きなリュックを背負っていた。顔はその悪童らしき声にふさわしく、挑戦的に笑んでいた。