第9話 白い泥棒
くたくたに疲れてプルイーリに帰ってきた一行は、昨日泊ったのと同じ宿屋に向かっていた。が、何やら町が騒がしい。
「泥棒だー!!」
「泥棒が出たぞー!!」
「大事なものが盗まれたんだ!」
「大変だー!」
こんなことを数多くの者達がわめいているのが聞こえる。ユウト達は互いに見合わせる。
「泥棒……?」
「何かあったみたいだな」
「えー……あたい、もう疲れたよ。これ以上面倒は嫌なんだけどな」
そんな話をしている間に、泥棒だ泥棒だと騒いでいる連中が、古ぼけた家々の間からとうとう姿を現した。それは槍を手に持つ者達。彼らは一様に金色のベストのような服をまとっていて、槍の柄も金色だった。この町の兵士なのかもしれない。ユウト達を目にすると、彼らはわめきたてる。
「あー! なんか怪しい奴らがいる!」
「怪しいぞー!」
ユウト達は一様に、嫌な予感を覚えた。
「えっ、見つかったよ」
「ミスペン、逃げよう!」
「もう遅い」
ミスペンの言う通り、槍を持った彼らは一直線に走ってくる。
「おい、お前ら。泥棒か?」
「違う」
ミスペンが答えると、兵士らしき者達は意外にも素直だった。
「えー、違うのかー」
「なんだよ!」
「じゃあ泥棒はどこなんだろうなー」
ホッとしたが、ユウトが余計なことを言ってしまう。
「泥棒は、わざわざ自分から泥棒って言わねぇよ」ユウトは突っ込みのつもりだったのだが、兵士らしき者達はキョトンとしている。
「ん? なんでだ?」
「どういうことだ?」
「つまり、お前らが泥棒ってことか?」
「違うよ!」
「ユウト! 余計なこと言わないでよ」
「えっ、俺が悪いのかよ?」
面倒になりそうなので、ミスペンがごまかす。
「なんでもない。我々はこの町にただ寄っただけだ」
すると、また兵士らしき者達は素直になった。
「なーんだ」
「やっぱり泥棒じゃないのか」
「泥棒は白い奴だ。見たか? 見たら教えろ!」
「白い奴……?」
「そう、白い奴が盗んだらしいんだ。現場を見た奴がいる」
素直になったかと思われた兵士らしき彼らは、なぜかまたユウト達を疑い始めた。
「で、お前らか? 泥棒は!」
「違うよ!」
「でも見たことない奴らだし、怪しいぞ」
「あたい、昨日酒場の階段直したんだけど」テテが言ったら、兵士の視線は彼女に集中した。
「なんだって!?」
「あんたら、大工だったのか」
「なーんだ」
場の空気は穏やかになった。とりあえず疑いは晴れたようだ。それで兵士達は去ろうとしたのだが、そこで「あれ?」とクイが言う。
「どうしたの、クイ」
「あそこにいるの、カフじゃない?」
クイは翼で、ある方向を指した。その先ではボロボロの家の前でメロンとカマキリが言い合いをしているという光景があった。
「うわ、本当だ。あんなとこで何してんだろ」
「カマキリのアクリスもいる」
「見つけなくていいよ、あんなの」
そんな話をしている間にカフはアクリスにまた峰打ちビンタをされ、逃げられてしまった。失意のカフはその場に呆然と立ち尽くした。
「また殴られてるね」
「なんの話してたんだろう」
ここで、プルイーリ兵のひとりが言う。「あれ? あいつ……色白だな」
「えっ?」
ユウト達は全員が耳を疑ったが、逆に兵士は盛り上がった。
「そうだ、確かに!」
「気づかなかった!」
「あいつだぁー!」
「あいつを捕まえろぉ!」
兵士はカフのいるところまで突っ走って取り囲んだ。彼らの怒声が遠くまで響いてくる。
「お前が盗んだんだろ!」
「盗んだ物、出せよ!」
彼らに大声でカフが言い返す。「なんでだよ! なんでオレなんだよ! オレ、メロンだぞ!」
しかし兵士は納得しない。
「どっちかっていうと白い!」
「オレ、緑なんだよ!」
「言い訳するなー!」
そしてまたカフの怒声が続く。
「うわー、腕持つな! なんだお前ら。オレ、この町来たばっかりなんだぞ! やめろよ! よそでこの町の悪い噂ばらまくぞぉ!」
聞く限り、カフは兵士に捕まったらしい。
「ユウトさん、助けてあげます?」ドーペントが訊いた。カフを心配しているのは、仲間達の中でも彼だけのようだ。
「なんで?」ユウトはそっけなく答える。
「カフさんはそんなに悪い人じゃないと思うんですけど」
「お前、すごいな。あんなヤバい奴、俺、会ったことねぇよ」
「そうですか……」
「あれ? カフの奴、こっちに来るよ」
クイに言われて見ると、メロンが全速力でユウト達のほうへ突っ走ってきていた。その後ろから兵士が、もたもたと追ってくる。
「マジかよ……」
近くまで来たカフは、ユウトにつかみかかりかねないほどの圧で頼み込んできた。
「助けてくれよユウト! 一緒に戦った仲だろ? なあ!」
「今更よく言えるな。罰が当たったんだよ」
「そうだよ、嘘つき!」
「捕まって反省したほうがいいんじゃない?」
するとカフは泣き出し、かんしゃくを起こして怒鳴り返した。
「ちっくしょー!! なんだよ。お前らなんかエクジースティに食われたらよかったのに!」
「あー、言ったね?」
「お互い様だっての」
「もういいよ、馬鹿野郎ぉー!!」
捨て台詞を吐きながら、カフは別方向へ逃げ出した。彼の後を兵士が追っていく。
「追いかけろー!!」
「逃がすなー!!」
「泥棒ぉー!!」
カフは丸い身体と短足でどこどこ走っていく。決して速くないのだが、兵士は槍を持っているせいか、彼よりもさらに遅かった。しかも互いの槍が絡まったり、身体同士がぶつかったりして、そのたびに立ち止まり、お前のせいだとか言い合っている。カフは捕まらなさそうだ。
騒がしい集団は去っていき、ユウト達は静かな街路に取り残された。
「あいつら、何?」ターニャが不愉快そうに言った。
「ずっと手に槍持ってて、邪魔じゃないのかな」テテは顔をしかめている。
「走りにくそうだよねー」クイは笑っている。
「危ないしな。お互い刺さんねぇのかな」ユウトが言った。
「そうですね。そう考えたら、すごく危ないですね」ドーペントがうなずく。
彼らの疑問に、ミスペンが答える。「おそらく、この町の兵士だろう」
「兵士って何?」
「町を守ったり、あるいは……支配者のために戦う奴らだ」
「へー、初めて聞いた。そんなのいるんだね」
「今になって急に出てきたよね。あんなの、いなかった気がするけど……」
「普段は金持ちの屋敷にこもっているのかもしれないな。それより、泥棒といったら心当たりがあるんだが」
「心当たり?」
「白い泥棒っていうったらあたしも知ってるけど……まさかアイツがここに?」ターニャが腕を組む。
「さあ。だが、嫌な予感がする」
案の定、兵士はカフを捕まえられず、口論しながらユウト達のところに戻ってくる。
「あのメロン、逃げ足速いなぁ」
「違うだろ、お前の槍が邪魔なんだよ」
「お前の身体がデカいからだろうが!」
「はぁ!?」
「なんだお前!」
「やるのか?」
「何を?」
「あぁ?」
「やるのかって、何をやるんだよ?」
「忘れた!」
こんな言い合いを、なぜかユウト達の前で繰り広げた。ユウト達が放置してどこかへ行こうとすると、兵士のひとりがついに話しかけてくる。
「おい! よそから来た、なんかよくわかんねぇ奴ら。どっちが正しいと思う?」
「知らない」ユウトはそっけなく答えた。
「なんで僕らに訊くの?」クイは翼を緩やかに動かし、不満をアピールする。
「ミスペン、もう行こう。付き合ってらんないよ」テテは少し眠そうだ。
「ああ……」
去ろうとする一行を、兵士は引き留める。
「待てよ。泥棒のこと知ってるだろ」
「そうだぞ! お前ら、泥棒の知り合いだろ? あのメロンを捕まえろよ」
「別に知り合いじゃない、あいつは単なる敵」ユウトは先ほどよりも語気に少し力を込めて答えた。
「えー、敵なのか。じゃあお前らがあいつを捕まえろよ」兵士のひとりは、なぜか楽しそうに命令してくる。
「関係ねぇよ、もう」
ユウトは、一応周囲を捜してみた。もし目に映る範囲内にカフが隠れてたら知らせてやろうと思っていたが、あいにくあのメロンは近くにいないようだった。
「君らって何? 町の平和、守ってんの?」
クイが訊くと、この兵士らしき者達が口々に答える。
「そうだぞ。というか……ボチャネスさんの命令で動いてるぞ」
「ボチャネスさんはすごく偉くて怖いから、逆らっちゃ駄目だぞ」
「ボチャネスって、あの金ピカの家の人?」と、またクイが訊いた。すると兵士は前のめりになってきた。
「知らないのかよ? ボチャネスさんはこの場所にプルイーリの町を作った凄い人だ」
「呼び捨てにしたらバズーカ食らうぞ!」
「バズーカ?」
「ドカーン! ってやられちゃうんだ」
「こんなの初めてなんだ。絶対捕まえなきゃ!」
今度はミスペンが訊いた。「そんなことより、泥棒について教えてくれないか?」
「白い奴だよ」
「それはさっき聞いた。他の情報は?」
「泥棒は白い奴で、しかも大泥棒だ」
「大泥棒? 普通の泥棒と何が違うの?」クイが訊く。
「いっぱい盗んだんだ!」
「情報が薄いな……」
「じゃあ、特別に教えてやろう。ボチャネスさんの持ってた魔晶と宝物が、一気に全部なくなったんだ。大変だぞ!」
「ボチャネスさん怒ってるよ。あの人いっぱい宝石持ってたんだけど、全部盗られちゃったんだ」
「ボチャネスさんを怒らせたら大変なんだ! みんなバズーカで吹っ飛ばされちゃう!」
兵士は熱くなっているが、「でもさぁ」とクイが口を挟む。
「なんだ?」
「盗まれたのってお金持ち?」
「そうだぞ。ボチャネスさんだからな、もちろん大金持ちだ」
「それって、関係ないんじゃない?」
「関係ない?」
「どういうことだ!」
「だって、盗まれたのが金持ちなら、普通の冒険者にとっては別にどうでもいいんじゃないの?」
これを聞いて、騒いでいた兵士は我に返ったように沈黙した。互いの顔を見て話し合う。
「……あれ?」
「確かにそうだ」
「俺ら、何してたんだっけ?」
「よくわかんねー」
「ま、いいや。帰るか!」
「帰ろう帰ろう」
「腹減ったー」
少し歩いていったところで、兵士のひとりが気づく。
「……待て。ボチャネスさん、犯人見つけないと給料半額って言ってた」
「うわ、そうだった!」
「やべー!!」
兵士達はまたユウト達の前に戻ってくる。
「なあ、さっきのメロンは?」
「えーっと、どこに行ったんだろう」
「全然わかんないなー」
ここで、テテが素朴な疑問を呈する。
「でも、なんでメロンにこだわるんだろ。全然白くないのに」
これを聞いた兵士達は、また我に返る。
「あれ? 確かに」
「緑だ」
「んー? なんで緑の奴を捕まえようとしてたんだろ」
「知らない」
「帰ろうぜ」
「俺、ステーキ食いたい」
「俺はお茶漬けがいいな」
どうでもいい話をしながら、彼らは帰っていった。
「何がしたかったの? あいつら」ターニャは呆れている。他の、一行のほとんどもそうだった。
「面白い人達でしたね」パフィオは微笑んでいる。
「白じゃなくて緑だって、カフが自分で言ってたのにね」と、クイ。
「適当な奴らだよな」ユウトはあくびを噛み殺して言った。
「カフは悪い奴だけど、でも、さすがに泥棒は無理でしょ」テテがユウトに訊く。
「うん。あいつはやろうとしても無理だよ」ユウトが答えた。
「だよね。ひとりでいっぱい盗むなんて、できないよね」
「もういいよ」クイが退屈そうに言った。「盗まれたのはボチャネスっていうお金持ちでしょ? 別に、気にしなくていいと思うけどなぁ」
「でも、盗まれたのがお金持ちでも、悪いことは悪いことじゃないでしょうか……」
パフィオは悲しそうな顔をして言った。ミスペンは彼女の髪を優しくなでてささやいた。
「君は本当に優しい人だ。大丈夫、心配する必要はない。泥棒はきっと捕まる」
ユウトはミスペンを、後ろから不満そうに見つめることしかできなかった。いつか好きな人に、こんな言葉を掛けられるようになりたいのだが……いつになるだろう。
さて、ここで横一列になって、街路の奥から歩いてくる集団がいた。人数は12人。こんな連中は彼らしかいない。
「あれは……」
「ラヴァールさん達です!」
「いつもいつも、あたいらがいるとこにしっかり来るよね、あいつら」