第8話 贈り物?
激戦の末、とうとう襲ってくるエクジースティは一体もいなくなっていた。ユウト達は草原に集まり、多くは地面でへばっていた。パフィオは遠くを見ながら、ずっと泣いていた。
ユウトは泣いているパフィオを慰めたかったが、エクジースティに囲まれて攻撃を食らい続けたのと、ラヴァールや頂点の弟子の圧倒的な強さを見せつけられたショックは決して小さなものではなく、仲間とともに草の上に寝転んでいるしかなかった。しかし、無傷だったとしてもパフィオに何を言ったらいいのかわからない。
彼の近くでは、ドーペントとテテが肩を寄せ合うようにして激戦の苦しみを声にしていた。
「あぁ……はぁ……」
「いやー怖かった……もう駄目。立てない」
「あぁー、すごく大変でした……」
「んージャハット……」ボノリーは疲れて寝言を言っている。
ミスペンが歩いてきて気遣う。「ユウト、大丈夫か?」
「あ――」ユウトは横になったまま、返事らしい返事が何も思いつかなかった。
「そうだ! ユウト、軟膏塗らないと」ユウトの近くにいたテテが立ち上がる。
「いや、私が治したほうが早そうだ」
ミスペンはユウトに近づいて手のひらをかざし、緑色の光でもって傷を癒した。
「ありがとうございます」ユウトは上体を起こし、他の者達と同じように地面に座った。それ以上の余力はなかった。
「ユウトさんがこんなに血だらけになるなんて。やっぱり、エクジースティは強いです」
「ああ」
ドーペントの優しさが心にしみた。ユウトの心の中ではあの頂点の弟子のひとり、チェレッカの言葉が思い出されていた。エクジースティを強いというのは弱い奴だけ、エクジースティ100体倒しただけでも足りない――。そんなとんでもないレベルの強者と比べてしまえば、自分など素人同然だ。ラヴァールに期待されているということだが、冗談じゃない。どうしてあんなのと出会ってしまったのだろう。弱い魔獣だけ倒していれば、それで十分だったのに。
離れた場所では、体育座りをしてうなだれるターニャをクイが慰めていた。
「泣くなよ、ターニャ~」地面にぺたんと腰を落として座ったクイは、翼をターニャの肩に当てる。
「泣いてない!」ターニャは肘でその翼を払った。
「わあ、どうしたの」
彼女のところにも、回復のためミスペンが来る。
「ターニャ、どうした? なんで泣いてる――」
「放っといて!!」これまでの戦いでため込んだ感情をぶつけるかのように、ターニャは大声で怒鳴った。
「うわぁ、怖いよターニャ」クイは、座ったままなのに少し飛び上がりそうだった。
エクジースティを甘く見ていたのはユウトだけでなく、ターニャも同じだった。本当に倒すべき相手と再び会う時まで、何にも負けるわけにいかない。特に魔獣などには。エクジースティの予想外の強さに無力感を覚えずにいられない。ただ、それを彼女自身、決して認めたくはなかった。
泣いているパフィオにドーペントが歩いていき、慰める。
「パフィオさん、大丈夫ですか……?」
「すごく、悲しいんです。すごく……」
「でも、泣かなくていいですよ。だって、パフィオさんがエクジースティをやっつけてくれたおかげで、僕もテテさんも、他のみんなも助かりました」
するとパフィオは一層強く泣いた。
「えっ! パフィオさん? すいません、間違ったことを言いましたか?」
「いいえ、ドーペントさん。間違ってるわけじゃないんです。何も間違ってないんです」
「じゃあ、なんで……」
そんなやり取りを離れた場所で聞いていて、ユウトは彼女のために何かできないか考えたが、何も浮かばなかった。パフィオが泣いている理由をどうしても理解できなかったのだ。
するとミスペンがハッパを掛けてくる。
「ほら、ユウト。パフィオが悲しんでるぞ」
「えっ? 俺が行くんですか?」
「こんな時に元気づけてやれなくてどうする」
ユウトはその言葉に後押しされ、パフィオの近くまで歩いていく。だが、離れたところで見ていても何も思いつかなかったのだ。近づいたところで、やはり掛ける言葉は何も浮かんでこなかった。
すると、近づいたユウトに、逆にパフィオが尋ねてくる。
「ユウトさん……。ユウトさんはどうして戦うんですか?」
「えっ、俺は……あー……」
「戦わなくていいと思います。あの山はエクジースティさん達の家だったんだと思います。わたし達が行ってしまったせいで、エクジースティさんの家を滅茶苦茶にしてしまいました。すごく後悔してます」
「そういうことだったんですか……」ドーペントが深く得心したように返す。
「パフィオ、優しすぎるよ」いつの間にか近くに来ていたテテが言う。
「優しいことが、いけないことなんでしょうか?」
「いけないことじゃないけど……。ユウト、何か言ってあげてよ」
ユウトは、こんな時にパフィオの涙を止めてあげられたらいいのにと思ったが、それは難しかった。慰めることも、彼女を肯定することもできない。彼の中には、パフィオの言葉に共感できる部分がないからだ。彼は、魔獣を倒すのが冒険者の仕事だし、魔獣は冒険者に倒されるしか能がないくらいとすら考えていた。もちろん、優しい彼女にそんな気持ちを口にするわけにもいかない。
遠くで見ていたミスペンは、しびれを切らしパフィオのところに来る。
「君をこの旅に連れてきたのは間違いだったかもしれない」
「いいえ!」パフィオはミスペンの言葉をはっきり否定した。「旅に一緒に来れたのはよかったんです。皆さんと一緒にここまで来られて、楽しかったです。もし誘っていただかなかったら、ずっとアキーリにいたでしょうから。でも……。魔獣さんの家を荒らさないで旅することって、できないんでしょうか」
「そうか……。いつか、魔獣と戦わなくていい方法がわかればいいが。君が戦わなくて済むようになればいいと思う」
「はい……」
パフィオの傷ついた心は、ミスペンのおかげでいくらか癒せたようだ。
ユウトは、その会話をただ見ているだけだった。今回も不合格だ。パフィオを慰める言葉が、自分の口から何も出てこないのが恨めしかった。彼女に対して言いたい言葉も、取りたい態度も、すべてこの片目と片腕のない術士に先を越されてしまう。人間として、すべてが足りない。
その時、遠くから男の声がする。
「お前ら、よくやったなぁ!」
この声は遠くの山にぶつかって反響し、やまびこになって何度も聞こえた。
「えっ? 今の誰?」
「多分、ダルムって奴」
「あのナスか」
そして声のしたほうを見ると、一列に並んであの12人が、ユウト達に迫ってきていた。中央にはラヴァール。皆、疲労困憊のユウト達とは対照的に、戦いすらしていないかのように颯爽と歩いている。
「うわぁー! ラヴァールだぁ!」
「頂点の弟子もいるー!!」
「バンスターの奴、さっき好き勝手言っときながら、ちゃんと一緒に歩いてるじゃないの……」テテは不満げにつぶやいた。
ラヴァールと頂点の弟子はユウト達に近づいてくると、いつも通りラヴァールの腰巾着3人から話し始めた。
「弱くてどうしようもないあなた達に朗報よ」イソギンチャクのヘリトミネは偉そうに言った。「今からラヴァール様が、直々にお褒めの言葉を下さるわ。喜びなさい!」
「これだけの戦いはなかなか経験できない。君達のような不出来な弟子にはもったいない体験だ。何しろ、ラヴァール様とともに戦えたのだから」ピサンカージもおなじみの上から目線だ。
「一生の思い出だな。ま、どうせてめぇらは最後まで大したこと無ぇ弟子のままだから、ただの一生の思い出で終わりだがな……さあさあ、ラヴァールさん。どうぞ!」
ナスのダルムの呼び込みに応え、ラヴァールは数歩前に出た。
「オレの弟子達よ。これだけのエクジースティを相手に、お前達は果敢に生き延びた。生きてこの難局を越えた事実は、お前達が正しい道を歩んでいる証だ。オレはお前達を見くびっていたかもしれん。お前達のことは不出来な弟子と思っていたが、予想よりは多少マシだった」
「多少マシ程度かよ……」ユウトはつぶやいた。
「オレは、お前達に贈り物をすることに決めた。お前達がさらに先へ進み、本当の戦士となるための大事な贈り物だ。楽しみにしながら、プルイーリに戻ってくるといい」
言い残し、ラヴァールは後退して横一列に戻ると、12人全員でくるりと向きを変え、一緒に歩いて町へ帰っていった。
「なんだったんだろ、ラヴァールって。敵か味方か、よくわかんないね」クイは首を傾げた。
「でも、ここまで助けに来てくれたんですよね。ラヴァールさん達が来なかったら、危なかったです」
「ラヴァールは相変わらず何考えてるかわかんないけど、頂点の弟子の中には、いい人もいたしね」テテもうなずく。
「はい。僕がエクジースティの攻撃でやられそうだったのを、サソリの人が助けてくれました」
「レイベルビスか。彼はターニャのことも助けてくれた。なかなか立派な人物だ」
「僕もね、ジャハットと会ったよ。ジャハットもいい人なんだ。すごくボノリーと仲がいいんだよ」
「そうなんだ。ちょっと会いたかったな」
「カフの奴、戻ってきてないよな?」ユウトは周囲を見回す。
「あいつはジャハットがやっつけたエクジースティの魔晶を盗もうとしたんだ。それをジャハットが怒ったら、なんか逃げてったよ」
「あいつ、泥棒やるまで落ちたのかよ……」ユウトは溜息をついた。
「そういえばボノリーさんもいませんよ」
「いつも通りだけどね……」
その時、クイの身体が膨れ、波打ち始める。
「うわぁ、僕の羽の中で何かがもごもごしてる!」
「えっ! どうしたんですかクイさん!」
「どうしよう! 僕の身体、どうしちゃったんだろう!」
クイの身体のもごつきが激しくなっていく。そして直後、ボノリーがクイの羽の中から顔を出した。
「やっぱり……」テテが呆れる。
「ボノリーだ! びっくりしたなぁ」
ボノリーはクイの羽の中で目を細め、気持ちよさそうに「ジャハットー」と言っている。
「僕はジャハットじゃないよ。クイだよ」クイは少し困った様子で答えた。