第7話 戦いのさだめ
その頃、テテも森の中、別の場所でエクジースティに追われていた。
「ちょっと、みんな……どこ行ったの! パフィオともはぐれちゃったし! 最悪!」
振り返る。幸い、追ってきているエクジースティは1体だけだ。ラヴァールや頂点の弟子が、さも簡単な相手かのようにエクジースティを処理するのを彼女も見ていたので、ひとつ思い切って応戦を決意する。
「んもぉ……あたいだって!」
テテは背中の羽をバタバタ展開し、エクジースティに向かって高くジャンプする。そのジャンプ力はエクジースティの背丈を追い越すほどだった。
「えーいっ!」
彼女はエクジースティの頭めがけてフライパンとノコギリを思い切りぶつけたが、まったく効かずに弾かれた。テテは地面に落ち、武器も落としてしまう。
「え、硬っ……なんで?」
エクジースティが大口を開けた。真っ黒い口の中に並ぶ牙が、テテに迫る。
「あぁぁ……!」
もはや動くこともできないテテ。しかし、力強い誰かの声が響き渡る。
「スフェーライ・カーポイ!」
直後、紫色の何かが横からエクジースティの脇腹に突っ込んできた。
「ングゥゥ……!」
エクジースティはテテへの攻撃をやめ、突っ込んできた何かを確認しようとする。テテは、それが紫色のタマネギだということを確認した。頭からネギがたくさん生えていて、ネギのうち2本は、それぞれ1本ずつの槍を、エクジースティに刺したままの武器の柄を巻きつけるようにして持っていた。脇腹に武器を刺したまま、黒い竜に取りついている。そして別の人物の声が続いた。
「静謐なる、夜の炎。ノクト・セン・ルーモ!」
テテの後方から飛んできた黒い炎がエクジースティの顔に命中し、黒い巨体は横に倒れた。
「はぁぁ……死ぬかと思った……あぁ……」テテは全身震え、泣いている。
タマネギがテテに駆け寄って「大丈夫ですか?」と気遣う。
「ありがとう。あんたのこと、忘れないよ」テテは涙を拭く。
「怪我、してないですか?」
「ちょっとすりむいたくらい」
「起きられます?」
「うん、大丈夫」テテは立ち上がる。
「僕は頂点の弟子のピンケです」
「はい。ご丁寧にどうもね。頂点の弟子って、あんたみたいなのもいるんだね」
「それで、あっちはバンスターっていいます」
その名を聞いたテテは顔をしかめる。「バンスター……?」と、聞こえた言葉を繰り返す。
「あれ? お知り合いですか?」
テテが答える前に、もうひとりの頂点の弟子がやってくる。テテの知っている通り、黒いローブを着た虫だ。
「いつまでそんなのと喋ってんの。もう助けたんだし、放っとけば?」黒いローブを着た虫はまぶしいまでの笑顔で言い放った。
「え……でも……」
「だって、ちゃんとラヴァールの命令に従ったでしょ? エクジースティ、倒したよね。それ以上のことなんかしなくていいよ。弱いのと喋ったら、おれっちまで弱さが移るし。ラヴァールの目は節穴なんだから、見てないとこでそうやって弱いのを助けたりしたって意味ないんだよ」
「でも……助けないと、可哀想……」
ピンケの弱々しい反論など存在していないかのように、バンスターはそこらを適当に歩きながら、大声で好き勝手言い始める。
「あーあ、こんな弱い奴ら助けるなんてつまんないよね。ラヴァールって、どうしてこんなことばっか命令してくるんだろ。おかしいよね? 弱い奴は死んどけばいいのにね」
「あんた……ひどいんじゃない?」テテは我慢できず、口を開いた。
「だって、弱いんだからしょうがないよ。助けてもらっといて優しさまで期待するの? それはおかしいよ。助けてあげたんだから、その分言いたいことは言わせてほしいよね。それが公平じゃない?」
テテはバンスターの言っていることが理解できず、ただ憤ることしかできなかった。すると、彼は笑顔のまま続ける。
「頂点の弟子って、なんだろうね。馬鹿なネーミングだよね。毎回横一列になって歩いて出てくるの、なんなんだろ。誰が言い出したんだろう。もしかしてラヴァール? 本当、馬鹿だよね。あいつが考えそうなことだよね」
「ちょっ、あんた――」
しかし彼の陰口は止まらない。
「頂点の弟子も変な奴しかいないしさ、付き合ってらんないよ。みんな頭おかしいよね。特にヘリトミネなんて最悪だよね。もし明日の朝起きた時、おれっちがあいつになってたら、洞窟にでも隠れて一生出てこないよ。恥ずかしいからね」
あまりの陰口の連打に、テテは呆れて何も言えなかった。それを見てバンスターが笑顔のまま付け加える。
「あ。おれっちがこんなこと言ってるって誰にも言わないでね」
「……バンスターはこういう人なんです……」申し訳なさそうにピンケが言った。
「ピンケ、君はそんなこと言ってるけど、同類だよね? だって、ずっとおれっちがこうやってする話に付き合ってくれるし。そうだよね?」
「……うん……」
「あんた、事情は知らないけど、こいつと一緒に戦うの嫌でしょ」テテがピンケに言った。
「でも……ラヴァールさんがバンスターと組めって言うから……」
「もう行こうよ。弱いのと関わるのって、時間の無駄だよね。品位が下がるよ」バンスターがぼやきながらピンケを連れてどこかに行こうとするから、テテはピンケを呼び止める。
「ピンケ、あんた、絶対こいつとは離れたほうがいいよ」
「……いやぁ……ラヴァールさんが……」ピンケは困るだけだった。
その頃、別の場所でパフィオはエクジースティをパンチ一発で倒し、袖で涙を拭いた。
「ああ……ごめんなさい。殺したくないんです……なのに、どうして……」
しかしパフィオの涙が治まるまでまってくれはしない。周囲から多くのエクジースティが迫ってくる。
「あっ! 来ないで下さい……殺したくないのに。殺したくないんです……」
「グゥオアアァァァ!!」エクジースティがパフィオを威嚇しながら前足や尻尾で攻撃しようとする。
「えぇーいっ!」パフィオはエクジースティ一体の懐に入り込み、アッパーを一発。そして他のエクジースティも同じようにパンチで攻めた。
「ガァァァァ……」エクジースティは軽く吹っ飛んで横に倒れ、消滅して魔晶になった。
「あぁ……また、殴っちゃいました……。こんなに、やっつけちゃいました。ごめんなさい……」パフィオは涙を拭った。
敵がいなくなり、あたりが魔晶ばかりになったパフィオの目の前に、しゅたっとラヴァールが降り立った。
「あっ! ラヴァールさん!」
彼は至って冷静にパフィオを称える。
「オレの弟子、パフィオ。いい戦いぶりだ」
「えっ……わたし、弟子なんですか?」
「そうだ。お前には未来がある。いい冒険者になるだろう」
「でも、わたし、戦いたくないんです」
「足元を見ろ」
ラヴァールに言われ、パフィオは視線を地面に落とす。そこにあるのは、数えきれないほどの魔晶珠。彼女が多くのエクジースティを倒した証。
「それが答えだ」ラヴァールは続けた。「いかに戦いを拒もうとも、戦いがお前を逃がすことはない。そして、お前は必ず勝つ。あとは戦果をつかめばいい」
「でも、戦いたくないんです……」パフィオは懇願するように、涙で輝く瞳でもってラヴァールを見つめたが、この戦いの権化には通じないらしい。
「拳で戦うよりもいい方法がある。お前には武器が必要だ。己に合った武器を選ぶのも戦士に求められる資質だ」
「ラヴァールさん、魔獣さんと戦いたくないんです。そのための方法は知らないんですか?」
「オレの弟子、パフィオ。そう言いながら、お前は現に戦っている。これがお前に与えられしさだめ。戦いにいざなわれているのだ。後は武器を取り、強さを求めるのみ。他に選択肢はない。お前にはメイスかハンマーがいいだろう。必ず最高の戦士になる」
言い残し、伝説の冒険者は彼女の前から消えた。ゴウという一陣の風を残して、一瞬で。そして、遠くでエクジースティが次々と倒れていく。彼が目にも止まらぬ速さで斬っているのだろう。パフィオは息をつき、また涙を袖で拭いた。