第6話 格の違い
森に逃げ込んだクイ、ボノリー、カフの3人が、何体ものエクジースティから必死に逃げていた。3人は頻繁に振り返っては、追ってくるエクジースティを見て悲鳴を上げる。
「ぎゃあああ!」
「うわあああ!」
「びゃああ~!!」
エクジースティはバキバキと木をなぎ倒しながら追ってくる。
「なんなんだよあいつらー!」カフは丸い身体を前に突き出すように走っている。先ほど攻撃を受けた傷はそのまま残っているが、特に気にしていないようだ。
「怖いよぉ~!!」ボノリーは泣きながら走っている。
「カフ!」クイは2人のそばを飛んでいる。「お前、さっきエクジースティにぶっ飛ばされたのに、なんでここにいるんだよぉ!」
「お前こそ、飛んで逃げたのに戻ってくんなよ!」
カフはヒステリックに声を張り上げた。それからカフとクイはしばらく言い合った。
「ボノリーは仲間なんだから戻ってくるよ!」
「鳥とビワ、どっちも弱いんだから足止めしろよ!」
「やだよぉー、なんで嘘つきのために足止めしなきゃいけないんだよ!」
「オレがいつ嘘ついたんだよ!」
「嘘しかついてないぞ!」
「オレは本当のことしか言ってないからな!」
「あれっ、ボノリーがいない!」
クイが振り返ると、ボノリーは地面で転んでいた。5体のエクジースティに襲われうになっている。
「うわぁぁぁ! どうしようボノリー! 誰か、ボノリーを助けて!」
その時、りりしい女性の声がした。
「クールバ・ヴェールダ・フォールモ!」
緑色の矢が雨のように飛んできて、エクジースティに刺さる。ボノリーを襲おうとしていた5体のエクジースティはすべて倒れた。
3人は息を呑んで、周囲を見回した。
「あっ……すごい! エクジースティが! 誰が倒したの?」
すると木々の間から、緑色の顔をした人物が現れる。幅広の葉を何枚もあしらった白いドレスを着て、頭からは若草色のカールしたツルが何本も髪のように伸びており、さらに側頭部には黄色い花と葉があった。手には緑色に光る弓を携えていた。
ボノリーはこの弓使いのキュウリに向かって走っていく。
「うわぁー! ジャハットぉー! よかったぁ、怖かったぁー!」
ボノリーはジャハットに抱きついた。いや、本人は抱きついているつもりなのだろう。ボノリーの身体の大きさに対して腕が短いので、ただ身体を押し付けているような格好だ。
「怖かったわよね。ほんとはあんたって、こんなとこに来るような子じゃないのに」ジャハットは優しく微笑んでいる。
「ジャハットぉー! ジャハットジャハットぉー!」
「可哀想に。もっと早く来たらよかったわ。ごめんごめん」ジャハットはボノリーの頭をなでた。
「んージャハットぉー! んージャハットぉー!」ボノリーは身体をより強くジャハットに押し付けた。
「君、ジャハットだよね。久しぶり」クイが言った。
「久しぶり、相変わらずみたいね。あんたもそんなに強くないのに、こんなとこまで来て大変だったでしょ」
と、ジャハットはさばさばした感じで、弓を背中にしまいながら言った。
「大変だったよー。ずっとエクジースティから逃げてたんだ。でもジャハットが助けてくれたから本当に安心した!」
「頂点の弟子だから、エクジースティくらい余裕よ」
「すごーい! でも、そういえばジャハットって、なんだろう? すごく緑だね。僕は緑の鳥だけど、君は鳥じゃないよね」
「私はキュウリよ」
「えーっ、キュウリなんだ!」
「前も言ったと思うけど……」
「そうだっけ?」
確かに言われてみると、ジャハットの顔には白いイボのような出っ張りや浅い縦の溝がいくつもあった。濃緑の肌は日光を受け、つやつやとしている。これらはキュウリの特徴に違いない。
その話をしている間に、エクジースティが倒されたことで地面に散らばった魔晶がくっつき、魔晶珠になっていく。近くの木々の間からひょっこりカフが現れて、その魔晶珠をこっそり拾い始めた。
それに気づいたジャハットが「あのメロン――」と言って、それで現場を見たクイが声を張り上げる。
「あーっ! カフ! 何してんだよ。それ、ジャハットがやっつけたエクジースティの魔晶だよ!」
カフはびくついて魔晶珠をその場に捨て、急いで離れようとした。
「メロン。どこに行くの?」ジャハットが呼び止める。ジャハットやクイに対する時とは別人のように、低く責めるような声だった。
「えっ、なんですか?」カフはとぼける。
「あんた、色々やったらしいわね。その上、魔晶泥棒までやるつもり?」
「いや……いやいやいや」突然カフは卑屈にペコペコと頭を下げまくりながら言い訳した。「違うんです。違うんですよ。まさかまさか、頂点の弟子の魔晶を盗むなんて、するわけないじゃないすか。落ちてるから拾っただけなんです」
「カフ、バレバレだよ。さっきジャハットが倒したばっかりなんだから」
「えぇー、本当なのに! オレ、泥棒じゃないぞ!」
「カフっていうのね」ジャハットはカフに一層厳しい視線を向ける。
「えっ……」
「あんたのしたことについては、ラヴァール様から特別の罰が下ると思うから、覚えといてね」
カフは大口を開けて絶句した。
「ほら、カフ。悪いことするからだよ」
「えぇぇ……オレが何したんだよ! 最悪だよぉー! うわーん!」
すると、そこに再びエクジースティが現れる。数は10体以上か。
「しつこいわね!」
「うわあ! ジャハットなんとかして~!」ボノリーはまたジャハットに抱きつくが、ジャハットは優しくそれを引き剥がす。
「すぐ片付けるわよ。離れてて」
そしてジャハットはまた弓を構えた。矢をつがえていないのに、弓にはひとりでに緑色の光の矢が5本出現する。彼女は、「レークタ・ヴェールダ・フォールモ!」と唱えながら弓を引いた。
緑の矢が目の前のエクジースティに向かってまっすぐ飛んでいき、刺さった。エクジースティはその矢の圧になぎ倒されるようにして大地を揺らし、多くの魔晶が転がった。
「おーっ! 強い! すごいジャハット!」
「そんなの見たことないよ!」
ジャハットが周囲を見回すと、カフはもういなかった。「あいつ、逃げたわね」
「あいつ、本当になんなんだろ。嘘ついてユウトを騙したんだ。そのせいでユウトは人殺し扱いされて、すごくつらかったのに謝らないし!」
「心配要らないわ。ラヴァール様はすべてを知っておられる」
エクジースティは次から次へと現れる。すぐに7体のエクジースティに囲まれた。
「数が多いわね……」
「まだ来るよ、どうしよう!」
「うえぇぇー、ジャハット助けてぇ~!」
「あなた達も、自分の身は自分で守って!」
「ボノリーの魔法、効かないよぉ」
「僕も頑張ったけど、全然駄目だったんだ」
その時。りりしい青年の声がこだました。
「クーグロ・アラ・インフェーロ!」
光線の雨がエクジースティに降り注ぎ、新手は倒された。
「うわあ、すごい! 誰の攻撃?」
「サイハよ! 来てくれたんだわ!」
「えっ、サイハ?」
彼らの前に、オレンジ色の鳥が降りてくる。クイと似た体格だが、色はまったく違う。オレンジ色の体色に翼はダークグレー。頭部は黒だが、目とくちばし付近を中心に、横に太い白のラインがある。
「うわぁ、サイハだ!」
「確かに私は頂点の弟子がひとり、ヤマガラのサイハ。しかし、お前のような弱者に軽々しく名を呼ばれる存在ではない」
「感じ悪いなぁ! ユウト送ってきた時もそうだったけど!」
「頂点の弟子はお前のようなただの冒険者とは根本から格が違う。悔しければ強くなれ」
「なんだよ! もう!」
「助けてもらったんだから、感謝したら?」ジャハットは笑顔で言った。
「うん。ありがとう……」
「フン。まだ敵は残っている。行くぞ、ジャハット」
サイハは返事も聞かず、ひとり空へ飛び立っていく。
「ビレート・アラ・インフェーロ!」遠くで何か唱えているのが聞こえる。彼が空からどこかへ光線を撃っているのだろう。
「クイと似てるのに、強いんだねー」
「サイハは努力家よ。昔は弱かったけど、今はすごく速く飛ぶの。今はラヴァール様でもない限り追いつけないわ」
「えー。じゃあ僕も強くなれるかな?」
「サイハはラヴァール様と会う前、毎日、一日中修行してたらしいわよ」
「うわぁ! そんなの無理!」
「でも、それだけ修行したおかげで、ラヴァール様から特別の目を掛けていただいたの。あなたもエクジースティを簡単に倒せるようになりたかったら、逃げてばっかりじゃ駄目よ」
「うぅー、僕が逃げてばっかりって、なんでバレてるんだろう……」