第5話 弱者の証
その頃、ユウトはエクジースティの群れと遭遇した場所で孤軍奮闘を強いられていた。倒したエクジースティは30か、それとも40か。包囲され、どこまでも新手が迫る中、戦果など到底数えられない。助けに現れたはずのラヴァールと頂点の弟子はとうに姿を消し、他の仲間はどこかに逃げていた。たった独りで、あとどれだけ相手すればいいのだろう?
「はぁ、はぁ……」
敵はいかに動きの遅い魔獣といえど、周りを3つの巨体に囲まれては回避するスペースもない。集中が切れたままのユウトは、太い前足での蹴りや尻尾の振り回しといった攻めを食らい続けた。
「くそっ、こいつ……!」
エクジースティの攻撃は一発一発が重く、強い衝撃があった。巻貝で強化された肉体はまだ耐えられるが、ユウトですら、耐え続けるのは厳しい。いや、肉体よりも精神力が問題だ。体力に問題がなかろうとも、根性が尽きて倒れてしまいそうだった。
その時、正面のエクジースティがユウトに噛みつこうと大口を開ける。
と――ある一瞬のできごと。
ユウトを取り囲むエクジースティがすべて、突然倒れたのだ。グアァァァ……という彼らの悲鳴が短いコーラスとなった。
突然敵が消えたことで、ユウトはその場に立ち尽くしてしまった。いきなり消えた? 何が起きた?
「はっ? えぇ……?」と気の抜けた言葉を発するのみ。地面を埋め尽くす魔晶の山と、敵がいなくなった草原を見ていた。そして、彼は思い出す。これとほとんど同じ状況に、先ほど出くわしたではないか。となると、助けに来たのは――。
直後、彼は後ろに何か気配を感じて振り返る。すると、あのイタチが横向きで目を閉じ、腕を組んで立っていた。
「うわぁ!」
思わずユウトは腰を抜かしてしまった。ラヴァールはあれだけの数の敵を瞬く間に葬っただけでなく、背後に横向きで立つ余裕すらあったのだ。なぜそんなことをしたのかは不明だが、逆にユウトはその行動から計り知れない威圧感を覚えた。
先ほど、ラヴァール達が現れる時に多くのエクジースティが一瞬にして消滅したことからもわかっていた。このイタチは強すぎる。ミスペンが言っていた通り、あるいはそれ以上だ。
ラヴァールは目を閉じたまま微動だにしないが、横を向いたまま余裕をもって言った。
「オレの弟子、ユウト。闇雲に剣を振るうだけでは、本当の強者は倒せない」
ユウトは、アキーリにいた時のように強気に言い返すことなど到底できなかった。こんな化け物に何も言えるわけがない。するとラヴァールは目を開き、横目でユウトを見た。とても鋭い視線だった。そして言葉を続ける。
「お前は大器だ。精進すればいずれオレと同じ動きができるようになる。常に学び、鍛えよ」
そう言い残し、ビュウと風を残して、ラヴァールの姿が一瞬で消えた。直後、遠くで頂点の弟子らしき誰かと戦っていたエクジースティ数十体が瞬く間に倒れ、魔晶になる。目では到底追えない動きだった。
「ハハハ……。嘘だろ、なんだよあれ。強すぎだろ……」
ユウトは腰を抜かしたまま、笑ってしまっていた。あんな相手を挑発してしまったのだ。向こうがその態度に本気で怒っていたら、そこですべて終わっていただろう。
だが、今起きたことを整理する暇などない。そこにまた次のエクジースティが押し寄せる。
本来ならすぐに剣を構えるところだ。が、ユウトは笑った顔のまま目を疑い、そして、はっきり口を開けて「ハハハ」と渇いた笑いをするだけだった。というのも、敵は10体、いや20体、それ以上エクジースティが大きすぎて後ろが見えないが、かなり多くの声がする。
「ゴアァァァァ!」
「グォアァァァァ!」
大地を踏み鳴らし、獲物をむさぼらんとする黒竜。ラヴァールにとっては一瞬で倒せるだろう。ユウトにとってもさしたる相手ではない、が……それは一対一で戦う時の話だ。
「ああ、もう……!」
ラヴァールに助けてほしいところだが、もうどこにいるかわからない。ユウトはどうにか立ち上がり、剣を握ったものの、ここまで体力と精神力を消耗してしまっていた。近づいてきたエクジースティを1体も倒しきらないうちに膝は砕け、剣を手放し、腰を地面に落とした。
「だぁっ……」
どうしてこんなに根性がないのだろう。もう立ち上がる気力もない。思わず出た声すら情けない。ラヴァールがまた助けてくれれば――と思うばかりだった。だが、そんな都合のいいことは起きない。
倒れたユウトを4体のエクジースティが見下ろし、口を開ける。食べるつもりだろう。魔獣の口の中は真っ黒かった。
その時。
声質が違う2人の女性の声がした。
「フルーガ・ステーロ!」
「イーアム・ドールムぅー」
強く、空気をつんざくような強い声と、甘くゆったりした声。その直後、大きな斬撃と氷雪の嵐が同時にその場を襲い、エクジースティを薙ぎ払った。何事かと顔を上げたユウトが見たのは、2人の人物の背中。
どちらも丸っこい身体をしているが、その片方は背丈と大差ない巨大な剣を肩に担ぎ、ボロボロのスカーフが風になびいていた。この体剣を背負う人物は赤い背中に黒い円形の模様がドット柄になっていて、てんとう虫だと一目でわかった。もう片方の人物は、まん丸いピンク色の身体の頭には鮮やかなピンク色の花が咲き、下半身では何枚もの緑色の葉がスカートを形成していた。おそらく桃だろう。
敵がいなくなったことを確認し、2人は振り返ってユウトを見下ろす。優しく微笑む桃とは対照的に、てんとう虫はいかにも強者然とした、真一文字の口と鋭い眼光が特徴的だった。
「どうしたんだい。立ってみな」
てんとう虫が言った。その強さと威容を前に、ユウトは助けてもらったことも忘れ、「すいません」とかすれた声で答えることしかできなかった。
「なんだい、その声は」てんとう虫は威容を崩さずに言った。「どいつもこいつも、エクジースティは強い強いと馬鹿の一つ覚え。あんなので苦労するのは弱い奴だけだ。あんたはラヴァール様に目を掛けていただいてんだから、しっかりしな」
ユウトは言葉を失ってしまう。エクジースティが、弱い? 目の前のてんとう虫は、あっさりと言い切れるだけの強さを持っているということだ。頂点の弟子は、そんなにも強いのか。ラヴァールの千人以上の弟子の最上位の11人というのは、伊達ではないということだ。
「だらしがないね。なんか言ったらどうだい」
「チェレッカ~。怪我してるから無理だよぉ」桃が言った。
「まったく、エクジースティごときで情けない」てんとう虫はしかめ面をして、また背を向ける。
桃はニコニコしながらユウトに近寄り、「だいじょーぶ?」と手を出す。ユウトはそれに応え、立たせてもらった。桃はゆるい顔つきだが、かなりの腕力で、ユウトひとりくらいなら難なく抱き上げられそうなくらいの力を感じた。
てんとう虫の剣士に『なんか言ったらどうだい』と言われた以上、ユウトは努力をアピールすることにした。
「あの。俺……一応、100体くらい倒したんですけど」
「あっそう。足りないよ」
てんとう虫は冷たく吐き捨て、ユウトは耳を疑うことになった。足りないって……どうして? レサニーグでは1体倒しただけで英雄扱いで、未だにドーペントはそのことで尊敬してくれているのに。
「わっちは頂点の弟子のホク、こっちはチェレッカだよ」対照的ににこやかでほんわかした桃は、気さくに名前を教えてくれた。
「こんな奴に名乗る必要はない。行くよ、まだ敵は山ほどいる」
「ほーい」
チェレッカとホクは去っていった。
「はぁ、はぁ……。キッツ……」ユウトは額の汗を拭いながらつぶやいた。「100体でも足りないって、あいつら、どんだけ倒してきたんだよ……。つーか、この世界ってそんなエクジースティ山ほどいるのかよ?」
つぶやき終えたユウトは、せっかくホクに立たせてもらったのだが再び膝を屈し、地面に座り込んだ。もう戦う気力はない。なんとかミスペンと合流して守ってもらわなければ。最低でも回復が必要だ。こんな情けない姿をパフィオに見られるのは死んでも嫌だ。