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果てなき時空のサプニス  作者: インゴランティス
第1章 逃避へのいざない
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第7話 説明できないオカヤーケのあれこれ

「オレが高いぞ!」


「いや、そこは低いな」


「なんだとぉ~?」


 カフはドゥムと、どちらがより高い場所に座っているかという無意味な争いをしながら笑っている。


 両者は、座る位置を微妙に変えながら「こっちが高いだろ」「いーや、こっちだね」と言い合う。


 それにエルタが「どうでもいいわ」と乾いた突っ込みを入れる。


「2人とも、そういうの好きだよね」レドが言った。


「それで? ドゥム。どうするんだ?」ダイムが訊く。


「ああ」ドゥムはつまらない高所の取り合いをやめて答える。「魔晶も稼いだし、一回レサニーグに帰ってもいいけどな」


「でも、せっかく飯持ってきたんだから食おうよ」


「賛成ー!」


「よっし、はやく食おう」


 あんなに高いところにこだわっていたカフは、すぐに低いところへ走っていった。


「カフ、どこに行くの?」レドが呼ぶ。


「あん? どこで食うんだっけ」


「どこでもいいわよ」エルタは興味なさそうだ。


「なんだよー! 高いとこで食うならそう言ってくれよ!」


「お前はいつもそんな感じだな」バースが呆れる。


 結局、高くも低くもない平らなところで持ってきた料理を広げ、青空の下食事を取る。


「んー、美味い!」


「美味しいねー」


 先輩冒険者が昼食として持ってきたのは、日本でいう惣菜パンに匹敵するものだった。


 焼きそばパンやホットドッグなどユウトがよく知っているものもあれば、卵焼き、天ぷら、ドリア、ナポリタンスパゲティーなどをパンに挟んだ変わり種も数多くあった。


 ユウトはそうした変わり種のパンを避け、知っているものばかりを食べていたが、先輩は新たな味への挑戦を勧めてくる。


「ほら、食え」


 横から、カフがユウトにパンを渡してきたのだ。見た目状はただの大ぶりのバターロール。しかし、手に持つと中に何か固いものが入っている感触を感じる。


「これ、何?」


「スイートころもパン」


 そうカフが答えるのを聞いて、ユウトは『なんだそりゃ』と突っ込みたくなった。


 彼が聞いたことのある言葉だけを組み合わせてはいるが、全体として聞いたこともない変な響きだ。


 名前からは、甘いことくらいしか想像できない。『ころも』とはなんだろう?


 食べてみると、バターロールの中にサツマイモの天ぷら。


 芋と天ぷらの衣の食感が、どちらもパンと合っていない気がする。


 そして、スイートという名前に反してそれほど甘くないし、むしろ醤油とダシの味がよく効いている。


 それだけに、この天ぷらはパンじゃなくてご飯と一緒に食べたくなる。


「どうだ?」

 カフは得意げに訊いてくる。


「ああ……美味い」ユウトは笑顔なく答える。


「よーし! お前は気に入ると思ってたんだ!」カフは嬉しそうだ。


 わざわざ感想を求められたら否定するわけにいかないが、このパンはユウトにとってなかなか簡単には受け入れられないものだった。


 決して不味いわけではないが。


「でもさ。やっぱりすごいなー、ユウトは」レドは、どこか憧れを込めた目をして言った。


「ああ。お前がいなかったら、ちょっと危なかったな」


 ドゥムは、獣の顔なので普段との違いはわかりづらいが、声色から推測するに、ややはにかんでいるようだ。


「ま、オレのおかげでもあるよな」カフは得意げに言った。


「カフ、お前はほとんど寝てたぞ」バースが突っ込みを入れる。


「さっきはあの体たらくだってのに、よくもまあ言えるな」とダイム。


「それがこいつの良さだけどな」と、ドゥム。


「だろ?」カフは得意げにウィンクする。


「そんな態度は、調子に乗らせるだけだ」


「ダイムは厳しいな」


「でも」レドが話を戻す。「ユウトって聞いてた以上の強さだねわ。冒険者になって初日で私達の戦いについてくるだけでもすごいのに、こんなに活躍するなんて。そんな人は見たことがない」


「甘やかすほどでもないがな。まだ隙だらけだ」ダイムが言う。


「まーた、ダイムはそんなこと言って!」レドが言う。


「そうね……。村に来る前に何をしてたのか、すごく気になるわ」


 と、エルタは若干低めのトーンで言った。ユウトを見る目は他のメンバーよりも冷静な気がする。


「だよな、ユウト」カフが訊いてくる。「オカヤーケってとこにいたんだろ? そこで何してたんだ?」


「いや、岡山」


「え? オカヤーケでオカヤマしてたのか」


「いや、そうじゃなくて、俺は、岡山にいたんだ」


「あれ? オカヤーケって言ってたぞ」


「いや、岡山なんだって」


「ん?」


「ユウトに昨日聞いたのはもっと長かったぞ」


「そうだったな。色々難しいの言ってたな」


「岡山県小田郡矢掛町矢掛町(やかげちょう)」ユウトは答える。


「ほら、それだ。全然わかんねぇ」


「長いね」


「どれが本当なんだ?」バースが言った。


「うーん、どれも本当っていうか……」


「じゃあオカヤーケだな!」


「オカヤーケじゃないけど」


「えー! なんだよ。どれも本当って言ったのに!」


「まあ、どれでもいいわ」


「向こうでもよっぽど強かったんだろ?」ドゥムが訊く。


「すごい冒険者だったんじゃないの?」レドは目を輝かせる。


「こいつ、こっちに来るまでは冒険者も何も知らなかったろ」ドゥムが言った。


「あ、そっか」


「それで? 向こうでは何をしてた?」バースが訊く。


「んー、いやぁ……」

 ユウトは苦笑して、これ以上訊かないでほしいという雰囲気を発したが、この6人はまったく気づかないらしい。遠慮なく迫ってくる。


「いやぁ、ってなんだ?」


「教えてよ」


 仕方なくユウトは答えた。「何もしてなかったんだよ」


「何も?」エルタが訊き返す。


「大学落ちてからは予備校行って、ずっと寝てた」


「ヨビコー?」レドは目を大きくする。


「そのヨビコってのはアレか、みんなで集まって寝るとこか?」カフが訊く。


「いいや。寝てるのは俺だけだよ」


「どういうこと?」エルタが訊く。


「なんて説明したらいいんだろうな。授業がムズすぎんだよな。国立入るための授業にしちゃったから……」


「ジュギョー?」レドはまだ丸くした。


「修行?」カフは丸い身体を傾けた。


「なんの修行だ?」ドゥムが訊く。


「いいや、修行じゃない。化学とか数学とか、英語とか」


「何それ?」レドは目を細くした。


「何って、……それがそもそもよくわかんねぇから困るんだ。何のためにやるのかも知らねぇし」


「ユウトの世界って本当ややこしいよな」ドゥムが言った。


「そうだな。俺の世界は、ややこしい。確かに……」


「もっと教えろよ」カフはユウトにより近づいた。「オカヤーケってどういう場所だったんだ?」


「だから、岡山だって」


「もうどっちでもいいだろ?」ドゥムは言った。


「ユウトはそんなに強いのに冒険者もしないで、ヨビコで寝てたってこと?」


 レドはまた目を丸くした。彼女は先ほどユウトが言ったことを繰り返しただけだが、改めて言われると恥ずかしい。


「うーん、だから……そう」


「ずっとヨビコにいたのか?」カフが訊く。


「いいや。予備校の前は高校」


「コーコー……」ドゥムがユウトの言葉を繰り返す。といっても高校が何かを知らないので、単純に『コーコー』という音を発しただけだ。


「いつオカヤーケに来たんだ?」バースが訊く。


「コーコーに来てからオカヤーケに来たの? それともヨビコ?」レドもそれに続く。


「いや、高校も予備校も岡山にあるんだけど……」ユウトは答えたが、彼らの疑問を深めただけらしい。


「は? えっ?」レドは目を大きくする。


「どれがどれなんだ?」バースは腕を組む。


「だから、あれだろ」カフが言う。「ヨビコの中にコーコーがあって、その中にオカヤーケがあるんだろ」


 ユウトは予備校の中に高校があり、高校が岡山県全体を包み込んでいるところを想像して、思わず「ハハハ」と笑ってしまった。


「おい、笑うなよな!」カフが言った。


「本当に難しいところから来たようだな」バースは何か考える仕草をしている。


「何ひとつ理解できねぇぞ」ドゥムは首を傾げる。


「んー、もう、ちょっとこれ以上はうまく説明できねえ」ユウトは苦笑した。


 ユウトは地名と教育機関の違いを言葉で説明できるほど、両者を理解できていなかった。


 しかも、彼がこちらに来る前の経歴や所属についてそれ以上尋ねられるとなおさら彼らを混乱させることになりそうだった。


 例えば高校時代何をしていたかと訊かれた場合、『ソフトテニス部でずっと補欠だった』ということが真っ先に思い浮かぶ。


『ソフトテニス部』と『補欠』が何かをこの6人に理解させようとすると、どれだけの苦労が求められるか、想像もつかない。


 ただはっきりいえるのは、大したことをやっていなかったという事実だ。


 そして、その大したことをやっていなかった自分に、この6人はしっかり耳を傾けてくれるし、否定することもない。


 それは、今までの生活で自己嫌悪に陥っていた彼にとって、いささかの癒しになった。

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