第4話 去勢と安堵
ターニャは数十個の魔晶珠と魔晶に囲まれ、倒れていた。頭のそばに小さな血だまりができていた。そばに、青紫色のサソリがいた。尻尾に生えたトゲを杖の柄に空いた穴に引っ掛けるという手段で杖を持っていた。ターニャに何やら呪文を唱えながら、魔法を掛けている様子だ。
近づくと、サソリはミスペンに話しかけてくる。
「お前さんは、確かミスペンという名だったか」サソリは真っ赤な瞳で見上げてくる。
「レイベルビス、こんなところで会うとは」
「この子はかなり危ない状態だったが、少しマシになったぞ」
「今回も世話になったようだ。礼を言わないといけないな」
「何、回復はワシの人生だ。この子は未熟だが、いずれ立派な戦士になるだろう。何しろ、ワシが助けに来る直前、この子はエクジースティ10匹を倒したところだった。すべて片付けたところで力尽きたようだが、見込みがある。ラヴァール様はこの子に特別の目を掛けておるらしい。だからワシに、この子を回復しろと命令なさったんだろう。となれば、なおさら死なせるわけにはいかん」
ミスペンはターニャに手をかざし、少し回復術を掛けてやった。しかし、ほとんどその必要がないことに気づく。ターニャは全快に近い状態だった。が、にもかかわらず気を失ったままだ。
「どうして目を覚まさないんだ?」
「待っておればそのうち起きるだろう。だが、今は寝ててくれたほうが都合がいい。起きた直後に鎌で真っ二つにされる訳にはいかんからな」
「あぁ、あぁぁ……」
ターニャが目を開けた。
「では、行かせてもらうぞ。ちゃんとこの子がワシを攻撃しに来んようにしてくれよ」
「ああ。敵の数が多い、気をつけて」
「心配いらん、ワシには多くの仲間がいるからな」
ミスペンが復サソリの背中を見送ると、ターニャが目覚める。
「あっ、サソリ! あいつ、頂点の弟子の!」
「あいつは味方だ。お前を回復してくれたぞ」
「嘘でしょ? そもそも、なんで頂点の弟子がここにいるの?」
「ラヴァールと頂点の弟子が我々を助けに来てくれた」
「なんで!? 嘘でしょ。ここにあたし達がいるってわかったの?」
「話は後だ。他の連中が苦戦してる、戻るぞ。向こうはエクジースティだらけだ」
「なんで? どうでもいいでしょ、あんな奴ら」
「私は戻るつもりだが、お前ひとりではすぐ死ぬぞ」
タイミングを計ったかのように、向こうからエクジースティが数多く現れる。
「この、化け物……うじゃうじゃと!」
「無理するな。相手の動きをよく見て戦え」ミスペンは術で1体ずつ処理しながら、血気にはやる少女を諫めた。
「指図しないで!」
いつも通り言い方はキツいものの、さすがにエクジースティにやられて懲りたのか、ターニャは敵陣に突っ走っていくことはしなかった。
すべて倒し、新手がいないか周囲を警戒すると、エクジースティに倒されたはずのカエルが走ってきていた。
「ミスペンさん!」
「ドーペント、無事か!?」
「はい、頂点の弟子の皆さんが助けてくれました。いい人達です」
「ユウト達と一緒にいたほうがいい」
「それが、敵が多すぎてみんなバラバラになっちゃいました」
「何……! ラヴァールが助けてくれるはずじゃなかったのか!?」
「ラヴァールさんは他のところに行っちゃいました。頂点の弟子の皆さんも、みんなバラバラになりました。みんな、どこに行ったかわかんないです」
ミスペンは天を仰いで呆れた。助けに来たんじゃないのか? あのイタチ、強大ではあるがやはり何を考えているかわからない奴だ。
「あんなのアテにするなんて無駄よ。最初からわかってたわ」
「仲間を捜すぞ。エクジースティと戦えるのはユウトとパフィオだけだ、他は放っておくと危ない!」
そこにまたエクジースティが大勢現れた。
「あーっ! 来ました!」
「ドーペント、下がってろ」
術でエクジースティを攻撃する。ターニャはひとりで敵に走っていく。
「でも、僕もユウトさんと一緒に頑張ってきたんです。術を使えば……」
「お前の術じゃ無理だ、さっき何が起きたか思い出せ。ターニャも、前に出すぎだ。孤立するぞ!」
ミスペンも術で次々と倒していくが、それ以上の速さで敵が増えていく。これでは、他の仲間も厳しいのではないか――思った時。
「ポーヴォ・エカペーラス!」
声が聞こえると、地面から直線状に次々と赤い針状の結晶が噴き出していく。ミスペン達を襲う多数のエクジースティを貫いた。すべてのエクジースティは立ったまま消滅し、赤い結晶が消えるとともに、大量の魔晶が地面に降り注いだ。
「なんだ!?」
「何、この攻撃は……」
ターニャとミスペンが見回すと、黒とグレーの二色の体毛を持つ鼻の長い獣――バクがいた。このバクは、さらに彼らの近くにいる別のエクジースティを狙う。
「食らえぇー! ポーヴォ・イーラス!」
叫びながら、バクは敵陣に駆けながら拳を突き出していく。彼の拳は赤い結晶で覆われていた。ラヴァールほどではないがバクの動きは非常に速く、一撃でエクジースティを殴り倒していく豪快なものだった。
ミスペン達はこのバクの戦いぶりに目を奪われてしまった。
「な……何、あいつ!」ターニャは警戒し、大鎌の柄を両手で強く握りしめた。
「手を出すな、ターニャ。頂点の弟子だ!」
「ああ、助かりました。頂点の弟子が来てくれるなんて感激です!」
「頂点の弟子なんてくだらない。あんな魔獣なんか、あたしだけで十分じゃないの!」
ターニャが言い終わる頃には、バクは付近のエクジースティをすべて撃破していた。そしてラヴァールと同じように、バクはミスペン達の前に降り立つ。彼より体重があるせいか、ドン! とまともな落下音を立てながら。
「ターニャ! お前がエクジースティと戦うなんて早いぜ。このギャゴーンに任せるんだぜ」
「あんたは何? ケダモノ!」
挑発するターニャをギャゴーンはせせら笑う。
「ケダモノだって? でも弱い奴に言われてもなんとも思わねぇぜ!」
「助かった。我々だけでは危なかった」ミスペンが言った。
「ありがとうございます!」ドーペントはお辞儀する。
「んんー?」バクのギャゴーンは2人の顔をよく見る。「素直だな、お前ら。嫌いじゃないぜ。オレは頂点の弟子のひとり、ギャゴーン! オレのこと、覚えとくんだぜ」
言い残し、ギャゴーンは走り去った。重そうな身体の割にはかなりの俊足だ。
「何、あいつは……」ターニャは顔をしかめて嫌悪を表しつつも、口角は少し上がっている。安堵の想いを隠しきれていなかった。
「しまったな。彼を引き留めておくべきだった。あんなに早く行ってしまうとは」
「そうですね。追いかけますか?」
「あれほど足が速いとなると、追いつけないだろう。レイベルビスと合流したほうがいい、彼は自力で戦えないようだしな」
ターニャはミスペンとドーペントに侮蔑的な視線を向けてから、足早に遠ざかった。だが。
「ターニャ!」ミスペンは名を呼びながら、手のひらを反抗的な少女の背中に向けた。彼女は立ち止まり、向きを変えてミスペン達のほうへ戻ってきた。怒りに満ちた顔で。
「あんた、なんのつもり!!」ターニャは精神操作のおかげで身体は一切動かせないが、喋ることはできる。
「お前がまたエクジースティにやられたら、回復するのは私かレイベルビスだ。最初から一緒にいたほうが早い」